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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第六章 京都会合編

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54話目 余興、佳境


 突如として、芦屋家当主を襲った呪詛。それは事前に仕掛けられていたのか――、余興として持ち出されていた代々道満家に伝わる土器の呪符から放たれた。


 それは明らかな加害。しかし、当の道満家当主は一体何故、呪詛が放たれたのか。理解が及んでいない様子だ。先程までの威勢は姿を消し、顔面を蒼白にして狼狽(うろた)えている。

 彼はやっと口を開いたかと思えば、力なく言葉を溢した。


「当家は何も――」

「……その言葉を真に受けるとでも?」

「嘘ではない」


 芦屋家当主からの糾弾に、道満家当主は身の潔白を訴えた。だが、状況証拠だけ見て言えば、道満家から芦屋家に向けた立派な加害だ。芦屋家から報復を受けるに十分な動機を作ってしまったのだ。

 これでは、斑鳩家と賀茂家の衝突どころではない。大きな事件になるだろう。だが、そこで声を上げたのは当事者ではない賀茂家当主だった。


「では、後ほど詳しい調査を行うとしよう」

「待たれい」


 この場を収めようとしたのか、賀茂家当主が指揮を執る。だが、それを制止する声が響き渡った。――斑鳩家当主だ。


 斑鳩家当主は険しい表情のまま、賀茂家当主を睨み付けた。後ろに控える斑鳩もまた、目の前で起きた事件に懐疑的な表情を見せている。すると、そんな彼らの反応は予想の範疇だったのだろう。賀茂家当主は平然と尋ねる。


「何かな、斑鳩家ご当主殿?」

「それ程の脆弱な呪詛であれば、時間経過と共に痕跡は薄れ消えていく。即時、証拠品の回収を願いたい」

「それは出来ぬ相談だな」

「いかにして、そう言うのか」


 斑鳩家の要求を一蹴した賀茂家当主。彼はさも当然と言うように、鼻を鳴らして見せた。


「今は余興とは言え、会合真っただ中だ。会合中、斑鳩家による司法は介入できない掟だろう」


 賀茂家当主の言葉に、疑念を抱いたのは斑鳩家だけではないだろう。見藤も、そのうちのひとりだ。


 『掟』というのは事実だろう。こうしてまじないという怪奇なものを扱う、社会より隠匿された集団。それを司法で縛るというにも限界がある。だからこそ、斑鳩家があるのだが――。かつて、不都合な事案でもあったのだろうか、と見藤は怪訝に思い、眉を寄せる。


(……とんだ屁理屈だな。いや、それ込みで狙ったのか。そもそも、主犯格が道満家だというのも怪しい。名家当主を狙った呪詛だというのに、賀茂家と見藤家の反応が胡散臭い。それに、若くして当主の座に就いた彼を加害するには弱すぎる呪詛……。これは道満家を(おとし)める為の茶番か、それとも蜥蜴の尻尾切りか……。どちらにしろ黒だろう、はぁ……面倒臭い)


 見藤は辟易としながらも、冷静に推察する。――キヨが言っていた化かし合いとは、これ程までに陰鬱なものなのか。

 ちらりと、斑鳩を見やった。すると、斑鳩も同じことを考えていたのだろう。ことが終われば、賀茂家を糾弾する方法に思案を巡らせているようだ。


 賀茂家当主はこともなげな様子で口を開く。そして、芦屋家当主に微笑を向けた。

 

「芦屋家御当主も、その掟はご存じであろう」

「えぇ」

「では、一旦。この場は穏便に済ませよう」

「……」


 最早、彼に許されたのは肯定と承諾だけなのだろう。芦屋家当主は美麗な顔を僅かに歪ませながら、頷く他なかった。

 一連のやり取りを傍から伺っていた道満家当主は、並列した机から身を乗り出しキヨを見やった。


「まぁ、飛び火した呪詛に関しては申し訳ないことを ……。小野家御当主には陳謝を」


 道満家当主の口から出たのは、被害を受けた芦屋家当主への謝罪ではなくキヨに向けたものだった。それほどまでに、芦屋道満を先祖に持つ者同士が袂を分かつことになった溝、怨恨というのは根深いものらしい。

 すると、形だけの謝罪を口にした心理的解放感からなのか。道満家当主は更に言葉を続ける。

 

「にしても、小野家は良いものを持っている。脆弱とは言え、呪詛から当主を庇うなど―― ()()()()をしているな」

「ほほほ、飼い犬に手を噛まれないか怯えているようじゃ――。当主の座は務まらないからねぇ」


 キヨの嫌味は道満家当主に通じなかったようだ。彼は呑気に頷き、キヨの神経を逆撫でする。


(やけに直接的な物言いだな……。キヨさん)


 見藤は一連のやり取りを目にし、小さく溜め息をついた。もちろん、誰にも気取られないように。


 そして、余興は再開される――。


「さて、仕切り直しと行こうか。賀茂家からは、これを」


 賀茂家当主がそう言葉を口にすると、再び案内役が会場に姿を現す。先程と同じように、桐箱に保管された余興の見世物となる物を運んできた。台座に置かれた桐箱の蓋を丁寧に開ける。


 桐箱の中に保管されていたのは、角だった。それは根本が欠けているものの、保存状態は大変よいものだと見て分かる。漆黒ながらも、光を反射し艶やかな色めきで見目を楽しませる。

――これは、何らかの動物の角なのだろうか、と周囲は一様に眺めている。

 だが、次に賀茂家当主が発した言葉に、会場はまたもや騒然となる。


「 ――鬼の角だ」


 賀茂家当主は下卑た笑みを浮かべながら、自慢げに言ってのけた。恐らく、これが彼の本性なのだろう、と見藤は鼻を鳴らす。――虚栄心、傲慢、実力はともかく、家の名を傘にして権力を振りかざす。到底、当主の器ではないと見藤は早々に興味をなくした。


 だが、会場に集った名家の反応は様々だった。腰巾着と揶揄された道満家当主は、先程の失態を挽回しようと調子のいい言葉を並べている。自らの家の当主が他家に取り入ろうとするさまを、目の当たりにした道満家の付き人役の表情は暗い。


 見藤家は変わらず、その光景を眺めているだけだ。斑鳩家は総員、なにかことが起こらないよう目を光らせている。そして、芦屋家も同様か。


 賀茂家当主は周囲に言葉を投げかける。


「世にも珍しい逸品だと思わんか。先日、偶然にも手に入れたのだよ」

 

 不意に、奥歯を噛み締める音が微かに見藤の耳に届く。――キヨだ。彼女は感情を押し殺している。

 見藤はそっと横目にキヨの顔色を窺う。彼女は扇子で口元を隠しつつ、目の奥では静かに怒りを抱えている。


「はぁ……、あの榊木(さかき)さんも油断大敵、という訳だね」


 聞き取れるか否か、それほどまでに小さな呟き。見藤はその言葉が示す答えに辿り着く。


(……あの鬼の角、もしかして)


 見藤は昔、キヨから聞かされた話を思い出した。

――小野家は鬼の守護を持つ。そして、小野家は地獄において裁判官の補佐を担ったという伝承を持つと言われる小野篁(おののたかむら)を先祖としている。それが現代まで続く、小野家と鬼を繋ぐ(えにし)となっている、という話だ。


 キヨが口にした、榊木(さかき)という名は獄卒である女鬼人の名だ。――となれば、考えられることはひとつ。目の前に余興として持ち出された鬼の角。

 賀茂家当主の言葉からすれば、それは何らかの事象をきっかけに獄卒の鬼の角を手に入れた、ということだ。そして、キヨはその経緯を知っている。だからこそ、ここまで怒りを露にしたのだろう。


(それに、鬼の角なんて代物。人の手に余る……)


 見藤は眉を寄せ、眉間に皺を深く刻んだ。


 時に、人の手に渡った妖怪の肉体の一部は、奇絶怪絶な力により人の世に混乱を招く。妙薬の原料とされる説や、妖怪の祟り、さらにはこうして名家の力を誇示することにも使用される。それは、斑鳩家当主の言葉通り、()()になる。


 だからこそ、各名家は先祖代々受け継がれてきた呪物を保管し、意図的に新たな呪物を手にすることを禁じた。ただ、情報を司る小野家だけは掟から除外されている。時に、人の世に害を及ぼす怪異を封じる場合があるからだ。だからこそ長年、小野家は中立の立場を取っていたのだが――。


(――これじゃあ、斑鳩家への宣戦布告にも捉えられるぞ)


 見藤の考えは斑鳩も同じであったようだ。見藤の視線に気付いた斑鳩は視線を交えると、頷いてみせた。

――何とも直接的で大胆かつ、愚劣なことを起こしたものだ。


 見藤はキヨの背に視線を向ける。表情を見ずとも気配で感じるキヨの怒り――、それが収まることはない。

 見藤が怪異に対して寛容なように、キヨも同様だ。それは、地獄と所縁(ゆかり)のある小野家に生まれたキヨだからこそ、鬼達と共に多くの時間を過ごしてきたからだろう。そんな彼女に()()()として、提示された親しい鬼の体の一部。――キヨの怒りは計り知れないだろう。だが、彼女はことの流れを静観している。


 見藤は巡る思考の中で、冷静に現状を把握していた。


()()を没収するにしても、斑鳩家と賀茂家の対立どころか――、全面対立になる。キヨさんが黙っている、そうなることは避けたいんだろう……。現状、世間で起こっている奇妙な事象が白澤(はくたく)、獏を捕縛後も尾を引いている。家同士の揉め事を起こしている場合じゃない)


 目の前の光景を冷静に思案する見藤と対照的に、斑鳩家からは非難を示す視線が賀茂家に注がれていた。筆頭である斑鳩は、自身よりも後ろに控える若い衆を視線と気迫で抑えている。


 だが、それも織り込み済みなのだろう。賀茂家当主、並びに背後に控える付き人達も平然としていた。そのような場の雰囲気など、取るに足らないことのように賀茂家当主は笑みを浮かべなら口を開く。


「さて、残るは芦屋家だな。これは、楽しみだ」


 その視線の先に、芦屋家当主を見据えた。

 視線を一身に受けた芦屋家当主は、僅かに歪ませていた表情から一変。美麗な顔に似つかわしい笑みを浮かべたのであった。


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