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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第六章 京都会合編

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53話目 余興、開幕


 斑鳩と共に歩みを進めた見藤。そして、立食会場とは異なる会場へと案内される。周囲を注視すると、移動しているのはごく僅かな人間だけだ。どうやら、余興と謳われる催しに顔を連ねるのは、現当主とその付き人の役目を担う者の数名であるようだ。


(……これは気配を消すのは難しいか。黙って静観するのが得策だな)

 

 見藤は横目に斑鳩を見やる。彼の表情は険しく、これから起こり得る事象を予見しているように思う。そして時折、無線で外部と連絡を取り合っている。

 見藤は胸に抱いた不安を掻き消すように、手の平に爪を立てた。



 会場に足を踏み入れるや否や、見藤に声を掛けたのはキヨだった。


「おや、来たね」

「……」


 彼女に返す言葉はなく、見藤は口を閉ざしたまま。ひとつ、軽い礼をした。

――この場より、キヨと見藤の関係は現当主と付き人となり、容易に言葉を交わす間柄ではなくなる。

 それは、本家と分家という垣根がない斑鳩家も同じであるようだ。斑鳩は険しい表情のまま、斑鳩家当主と合流している。


 既にキヨは用意されていた腰掛けに鎮座していた。それは他の当主達も同様だ。付き人役目の面子が会場を見渡せば、目に入るのは錚々(そうそう)たる面々。各名家、現当主の姿だ。彼らは各々、威厳ある風格を惜しみなく晒している。ただ、見藤家だけは異なるようだ。

 

 付き人の役目を担う者は家によって様々で、壮年から老齢まで年齢層は幅広い。故に、中には当主達が纏う貫録に物怖じしている者も見受けられた。だが老齢ともなると、いかに荘厳な会合の場と言えど、心中に波風を立てる程のことではないようだ。


 見藤はキヨの背後に佇み、配置に着いた。各々の名家当主、そして付き人の役目を担う者達をじっと注視する。


(芦屋のとこは随分と年老いている……。先代から当主を支えているんだろう。にしても斑鳩から聞いてはいたが、芦屋家当主は一番若いな)


 芦屋家当主の背後に控えるのは、老齢の紳士。彼の背筋は真っ直ぐ伸び、当主達にも引けを取らない貫禄を醸し出している。若い芦屋家当主も、そんな彼を頼りにしているのだろう。彼に向ける眼差しは柔らかい。


 見藤は視線を横にずらす。芦屋家の隣には斑鳩家が。そして、その隣には見藤家が鎮座していた。


(斑鳩家は言わずもがな、警備もあって付き人の数が多い。寧ろ、斑鳩が筆頭……。いや、あいつは次期当主なんだ、当然か)


 見藤の視線に気付いたのか、斑鳩は肩を竦めて見せた。そして、斑鳩はちりと、隣の見藤家へ視線を向けるよう目配せをする。


 斑鳩によって、誘導された見藤の視線。そこにいたのは、車椅子に体を預ける見藤家当主と――。先程、見藤が立食会場から連れ出した、あの妙齢の女性だった。


(……、付き人の役目だったのか。ますます、余計なことをしちまった)


 見藤はぴくりと眉を動かした。彼女が見藤家の者であると分かっていたものの、まさか現当主が軒を連ねるこの場で早々の再会となるとは思ってもみなかった。


 そもそも、付き人の役目を担う者は斑鳩のように、次期当主としての立場を持つ者。または、芦屋家の付き人のように、当主が信頼を置くもの――即ち、本家での発言力や影響力を持つ者だ。キヨには身内と呼べる者が見藤しかいないため、この場合は特例だろう。


 見藤は険しい表情のまま、じっと見藤家を注視する。すると、現当主の背後で控えていた彼女は見藤の視線に気付いたのだろう。――会釈をした。

 まさか、彼女が他家の者に対してそのような行動を起こすとは。見藤は一瞬、目を見開いた。


 彼女の行動を目にしたのは見藤だけではなかった。キヨは訝しげに眉を(ひそ)め、小声で見藤に尋ねる。


「お前さん。あの娘さんに何かしたのかい」


 現当主から何か物事を尋ねられれば、必ず答えなければならない。見藤は辟易としながら、端的にその答えを述べる。


「いいえ」

「そうよねぇ」


 見藤の答えに納得したのか、キヨは扇子を口元にあてがった。会合が始まってからというもの、依然としてキヨの思惑は読めない。

 そして、見藤の視線は隣へ向けられる。小野家の隣には賀茂家、道満家が鎮座している。両家の当主は堂々たる姿をしており、いかにもまじない師界隈を牽引していることが伺える。ただ、それに伴う不穏な空気は否めない。


(流石は重鎮という訳か……。付き人も、それ相応の風格だな。数も多い)


 見藤が目にした他家の構成は、この界隈における勢力図のようなものだろう。

 賀茂家と道満家が牽引し、それに続く斑鳩家と芦屋家。小野家は情報を武器に台頭、最も衰退の一途(いっと)を辿っているのは見藤家だ。


 繁栄していれば、賀茂や道満のように現代社会に持つ影響力は強まり、その氏を名乗る人間の数は多くなる。そんな中で、怪異の情報、事件・事故の抑制や事後処理の斡旋。

 まじないに使用する道具の売買だけで、台頭している小野家は異質とも言えるだろう。――それを、ひとりで統括しているキヨの手腕も。


 見藤は視線をキヨの背に戻す。すると、見藤が周囲を仔細しさいに眺めているうちに、皆それぞれの配置に着いたのだろう。案内役が場の進行を始めた。


「そでは皆さま。これより余興の場を設けておりますので、ごゆるりとお楽しみ下さい」


 この言葉を合図に、荘厳であった雰囲気は一変。家、派閥の垣根を越えて、和気あいあいと雑談を始めたのだ。ただ、見藤から見れば笑顔の仮面を貼り付けているに他ならない。


(キヨさんの言ってた、化かし合いか……)


 目の前の光景を辟易とした面持ちで眺める見藤。微動だにせず、ただキヨの背を守る。

 そこで唐突に音頭をとったのは賀茂家だった。


「此度の会合。珍しい物を持ち寄り、皆の目を楽しませようと、こうして余興を催した。どうだ?」


 賀茂家当主の言葉に、各々の反応は分かれた。キヨと芦屋家当主は仕方がないとでも言うように肩を竦め、斑鳩家当主は豪快に笑う。そして、道満家と見藤家は苦い顔を見せたのだった。


「して、どこの家から見せようか?」


 これは――――、挑発だ。各々の反応から(かんが)みるに、既に格と言うものが浮き彫りになったようにも見受けられる。見藤はじっと、ことの成り行きを静観していた。


 そうして、声を上げたのは斑鳩家当主だった。


「がっはっは!! すまんが、斑鳩家は呪物を持たない。よって、(みな)が期待するような珍しい物も持ち合わせていない。そのような物を持てば、怪異や呪い師共を監視する役目から逸脱してしまうからなぁ!!」


 彼は豪快に笑いながらも、腹の底では刃を研いでいるようだ。賀茂家当主の挑発に乗らない意を示した。――寧ろ、賀茂家当主は斑鳩家の秘密をこの場で暴こうとしたようにも見える。

 だが、斑鳩家当主は持ち前の豪胆さと、豪快さでこの盤上をひっくり返した。彼は更に、言葉を続ける。


「監視する役目を持つ者が、呪物と言う()()を持てば公平性を失うわ!!」


 豪快に言ってのけた斑鳩家当主。その言葉を受けて、背後に控える斑鳩は肩を竦めた。

――斑鳩家は完全に隠匿したのだ。世間において高まる怪異の認知操作だけでなく、監視者としての役目を持つ斑鳩家。そんな名家で起こった内輪揉め。その際に生み出された、呪物とも呼ぶべき妖怪『犬神』。

 

 犬神は蟲毒を踏襲して生み出された呪法によって、この世に生まれる。そもそも蟲毒は、平安の時代には扱いを禁じられた呪法だ。その呪法を、法の下の正義に名を掲げる斑鳩家が行ったとなれば――。他の名家からの糾弾は免れないだろう。


(だが、斑鳩の身に憑いた犬神は既に消滅している。うまくやったな、斑鳩)


 見藤はちらりと斑鳩を見やった。すると、彼も同じことを考えていたようだ。見藤と斑鳩は互いに視線を交え、鼻を鳴らした。

 

 見藤はそこでふと、思い出す。斑鳩が持っていた呪い師の目を欺く木札。恐らくそれは、この場の為に用意されていたのだろうと、推察する。

 だが、見藤の呪いが芦屋家当主に効果が薄かったように、他の名家当主程の実力者ともなれば、犬神の存在を見破られた可能性があった。見藤は自らの決断が功を奏したことに胸を撫で下ろす。


(あの時、犬神を落して正解だったな……)


 目の前で繰り広げられる、腹の探り合い。見藤は静かに息を殺していた。


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