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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第六章 京都会合編

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52話目 挙行の儀②


 それから、どのくらい時間が経過したのか。一向に会合が進展する気配はない。こうして、付き人の役目を担う者まで待機を命じられている。


 流石に斑鳩も違和感を抱いているようで、スーツの下に仕込んでいる無線で斑鳩家の者たちに連絡を取っている。だが、結果は何も変わらず。外部に異変はない、とのことだった。


 見藤の目にも、異変と呼べるようなまじないや、のろいが使用された痕跡は映らず。斑鳩の視線に、ただ首を横に振るだけだった。大きく溜め息をつき視線を上げる。すると、ふと目につく人の群れ。


 それは斑鳩の目も惹いたようで、見藤と同じ方向に視線を向けている。群がるような人の隙間から覗く中心人物。それは妙齢の女性だった。

 見藤は興味をなくし、視線を逸らした。だが、斑鳩はそうではなかったようだ。


「なんたって、あの子に固執するんだろうな。こうもあからさまだと、こっちまで嫌な気分になる」


 斑鳩は怪訝そうに見藤へ言葉を掛けた。彼は人の親だ。娘を持つ身からして少なからず、思う所があったのだろう。その一言に、見藤は彼らしいと鼻を鳴らす。


 見藤は斑鳩の言葉を受けて、再び人の群れに視線を向けた。すると、ふと目につく彼女が身に着けている家紋とその特徴。そして、辿り着く答えは人の群れの思惑と彼女の境遇。見藤は盛大な舌打ちをかまし、口を開く。

 

「……ちっ、斑鳩」

「おん?」


 あからさまに機嫌を悪くした見藤に、斑鳩は首を傾げた。

 見藤は斑鳩に視線を向けることなく、事実だけを淡々と述べていく。だが、彼の表情は少しだけ哀愁を感じさせるものだった。

 

「見藤家は目がいい、怪異がよく視える。それに怪異を囲う、封じることにも長けている。ひとり分家筋の――、ましてや本家筋の女性を自分の家に招き入れることが出来れば……。後は言わなくても分かるな?」

「――聞いて損した」

「それに、家の意向なんだろう。彼女は振袖で会合に参加している」

「お相手探しって訳かよ。全く……」


 見藤が示した答えに、斑鳩はこれでもかというほど顔をしかめる。そして、眼光鋭く目の前の状況を見据えていた。


 一方の見藤は口を閉ざした。関わらないようにしなければ、会合に参列した意味がない。故に、見藤は目の前の面倒事を静観するのが得策か。それとも、斑鳩に押し付けてしまうのか――。

 見藤が決めかねているうちに、斑鳩は無線に連絡を受けたようだ。


「悪い、少し席を外す。あの子、どうにかしてやれそうか?」

「……俺には関係ない」

「そうは言うがよ――。お、了解した。すぐに向かう」


 斑鳩はそう言い残し、足早にその場から立ち去った。遠ざかる彼の背を恨めしそうに見やっていた見藤。視線を手元に戻そうとしたとき、やはり例の人の群れが視界に入る。

 人の群れから覗く、彼女の困惑した表情。目の奥底にちらつく、恐怖。見藤の目に留まった。


――見藤の中に、重なる記憶があった。彼女は()()()だ。


 人の目に怯えながらも拒否する術を持たず、起きていることを受け入れるしかない無力感。目前の光景を目にしたとき、腹から沸き上がるのは怒りだった。


 見藤は気付けば、一歩踏み出していた。歩みを進める間に、家紋が刻まれたネクタイピンを外すと、乱雑にポケットに仕舞い込む。そして、下卑た視線を遮り、彼女に声を掛けていた。


「……こちらへ」

「あ、あの……」

「貴方には触れません。ついて来られそうなら、そうして下さい。ここから移動して、風に当たれば少しは気が楽になる。……他人から差し出された食べ物は、口にしない方が良いでしょう」


 彼女の戸惑う視線を受けながらも、見藤は要件のみを淡々と口にする。見藤は内心、自分自身に驚いていた。これほど感情の籠っていない声音が、自らの口から出るとは思ってもみなかったのだ。

 だが、そんな見藤の冷たい声音に臆することなく、寧ろ彼女は縋るように頷いてみせた。見藤の耳に届く叱責や罵倒は、彼にとって心底どうでもよかった。


――見藤の中に、唐突に沸き上がったもの。それは、同じ境遇であろう彼女に手を差し伸べる義侠心か。いや、それすら烏滸(おこ)がましく、彼の行動原理は()()()の自分を救うことだ。


 彼女が立ち上がったのを見届けると、見藤は足早に会場を後にする。人の群れが散るのを、背中越しに確認すると短く息を吐いた。


 そうして、会場から脱する。見藤は近くを通りかかった配膳役に、水と冷えたおしぼりを持って来るように指示を出した。必死に後を着いて来た彼女へ、休憩用に用意されていた長椅子へ座るよう促す。


「しばらく、ここで休むといいでしょう。ここは斑鳩家の警備の目がある。下手なことは出来ないずだ」


 端的にそう伝えると、すぐさま見藤はその場を離れるため踵を返した。背後から引き留める声がする。礼の一言でも伝えようとしているのだろうか。だが、彼にとっては(かんば)しくない状況だ。


 足早に廊下を進む、見藤の顔色は悪い。血の気が引き、指先は小刻みに震えていた。


(わざわざ、あの家と接点を持つようなことを……これじゃあ、本末転倒だ。くそったれ)


 心の内に悪態をつき、己を律する。――彼女に過去の己を重ねてしまった。

 霧子と肌を重ねたが故に、過去身に受けた因習を乗り越えたつもりでいた。だが、それは心から愛した霧子と深めた絆であったからだ。いざ、未だに続く因習を目にすれば、過去の悔恨を思い出してしまうのは必然だった。


 見藤は額に浮かんだ冷や汗を乱暴に拭う。何度か深呼吸を繰り返し、ようやく指先の震えは止まった。そして、ポケットから家紋が刻まれたネクタイピンを取り出す。小野家の家紋が刻まれたピンは、見藤の元で輝きを放っていた。


 すると、廊下にまで響き渡る案内役の通達。


「これより、会合に先立ちまして余興の場を設けております。付き人お役目の方々はこちらへ――」


 その声に見藤は、はっと顔を上げ、立食会場へ足早に戻る。すると、出入口で斑鳩と丁度よく合流する。

 斑鳩は見藤の姿を見るや否や、安堵の表情を浮かべた。


「当主達の方は何事もなかったようだな。一先ず、ひとつ目の山を越えた」

「そうか、」


 斑鳩の言葉を聞いた見藤は短く息を吐き、目を伏せた。キヨの身に何もないのであれば御の字だと、胸を撫で下ろす。

 斑鳩は安堵の表情を浮かべた見藤を目にし、そう言えば、と話題を変えた。

 

「さっきの件、外の警備から聞いたぞ。上手くやったな」

「……上手いことあるか、非難轟々だ。こっちは目立ちたくないって言うのに……」

「ははっ、真逆なことをさせちまったな。だが、斑鳩家(俺たち)が手を出せば、もっと拗れただろうよ」

「……斑鳩」

「おいおい、そう睨むなって」


 睨みをきかせる見藤に、斑鳩は肩を竦めた。どうやら、斑鳩には警備を担っていた斑鳩家の人間から、一連の出来事が伝わっているようだ。

 斑鳩の言うことはもっともだ。だが、見藤からすれば迷惑千万だった。それでも、咄嗟に動いてしまったものは仕方がないと、諦めたように見藤は首を振った。


 これより、現当主達が顔を連ねる場に赴かねばならない。斑鳩は、気を引き締めろ言わんばかりの視線を見藤へ送る。


「おい、行くぞ?」

「あぁ……」


 力なく返事をした見藤。これ以上、面倒事が起こらないよう、願うばかりであった。


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