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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第六章 京都会合編

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51話目 集う者たち


 春陽が差し込む、小野小道具の店内。

 店内の扉に飾られている竹製の振鈴しんれいが景気よく鳴った。振鈴と言うが、これには付喪神が憑いている。付喪神は大きな目玉を瞬かせた。


 店内にいたキヨは付喪神を見やった。扉が完全に開ききるまでの、一瞬の緊張。だが、付喪神はただ目を開閉させるだけで、特に変わった動きを見せる訳ではなかった。


 付喪神は自身が置かれた宿り木とも呼べる家に、害を成す者を判別する世にも珍しい物だ。――何故、そのような物を店先に置いているのか。それはキヨだけが知っている。


 キヨは目の前に現れた人物を見やると、ふっと目元を緩ませた。そして、歓迎の言葉を口にする。


「よく来たねぇ」


 安堵の表情を浮かべたキヨを目にした見藤。これまでの経験上、底知れぬ何かを感じ取り――、背筋に悪寒が走る。ぴたり、と動きを止める。そして次には、気まずそうに頬を掻いた。


「あー……。その、斑鳩から聞きマシタ」


 そう言いながら、見藤は手にしていたガーメントバッグを見やった。その中には、キヨから言いつけられていた上等なスーツが一式入っている。そして、背負っているのは数日分の身の回り品が入ったバックパックだ。


 斑鳩から告げられた、まじない師名家が一堂に会する会合。名家当主の付き人としての役割になるものの、その末席に顔を列ねようというのだ。

 当然、見藤はしっかりと準備をしてきた。そして、見藤本家から自身の存在を隠匿するため、という目的も兼ねている。もちろん、それをキヨに知られるつもりはない ――が、彼女のことだ。それすらも、織り込み済みなのだろう。


 見藤の手荷物を目にしたキヨは満足気に頷いた。そして、手にしていた荷物を置くと、見藤の元へ歩みよる。心なしか、彼女の表情は軽い。


「ほぉ……。それなら、私から言うことは何もないねぇ」

「いや、それは――。説明を」

「ほほ、冗談だよ」


 仏頂面の見藤を目にしたキヨは、目元を緩めた。


(本当にこの婆さんはっ……!!)


 心の内に悪態をついた見藤。だが、その心は表情カオに出ていたのだろう。キヨは含み笑いを浮かべている。そして、見藤が求めた説明を口にする。


 古より、朝命を受けていた呪い師名家。その役割は多岐に渡り、星読みから始まり、呪詛返しや祈祷など。陰陽道を基盤に力を振るった者たち。それが呪いとして、現代にも名残りとして存続している。


 現在、名家と呼ばれる家は六つ。隠匿を司る芦屋、認知や情報操作を得意とする斑鳩、怪異を囲い封印を得意とする見藤、政界に影響力を持つ賀茂、現代企業の傘を被り暗躍する道満。そして、情報を司る小野だ。


 それらの名家が一堂に会する会合。会合と言うからには、集まる目的がある。

――名家の代替わり、後継の顔見せ、他家への牽制だ。それに加え、数年に一度の各家の()()を知らせる目的もある。

 時に、呪い師という生き物は虚栄心が強く、傲慢である。――と、キヨが説明を終えるや否や。見藤から深い溜め息が漏れた。


(はぁ……、俺には無縁だと思っていたんだが)


 正直な所、関わらずに余生を送りたかったというのが見藤の本音だろう。しかし、次のキヨからの言葉に、そんな憂いは吹き飛んでしまった。


「まぁ、会合は明日だ。今日は早く寝てしまいなさい」

「明日!?」

「なんだい、そんなに驚いて。日取りを確認して来なかったのは、お前さんでしょう」


――確かに、そうであった。と見藤はばつが悪そうに頬を掻く。


(いくら何でも急すぎるだろ!?……外堀を埋められたな、これは)


 見藤は喉元まで出かけた言葉を、無理矢理飲み込んだ。



 翌日。キヨは持ち出す物があると言って、一足先に店へ出向いていた。もちろん、見藤も身支度を終え、遅れてではあるが合流しようと店に到着する。

 店先でキヨを待つ見藤は時間を持て余していた。不意に空を見上げると、遠くの空には曇天が広がっている。


(ひと雨来そうだな……)


 見藤は視線を戻し、心の内に呟いた。心なしか、これから起こるであろう事象を予見したように思えるのは気のせいだろうか、と今度は険しい顔をする。

 大きく溜め息をつく見藤。


「……はぁ、肩が凝りそうだ」


 すると、唐突に声が掛けられる。それは霧子のもので、彼女は霧から姿を現した。


「我慢なさい。似合っているわよ?」

「……そう、言われると。まぁ、やぶさかでないな」


 霧子の言葉に、見藤は笑みを溢した。

 彼の風体はいかにも上品且つ精悍な男性。顎にたくわえられていた無精髭は姿を消し、少し伸びていた前髪は綺麗に後ろに流されている。身に纏った上等なスーツが、元より精悍な顔を引き立たせる。だが、その格好に似合わず、辟易とした表情を浮かべている。


 見藤は袖口に縫い付けられた本水牛のボタンをひと撫ですると、隣に佇んでいた霧子に声を掛けた。そして、そっと手を取る。


「霧子さん」

「なぁに?」

「今回ばかりは事情が違う。俺に()()()()()()()……絶対に、出て来るな」


 出て来るな、と強い言葉で言い切った見藤。それは、ことの大きさを霧子に伝えるには十分だったようだ。

 霧子は静かに頷く他なかった。ただ、彼女は物言いたげな表情を浮かべていた 。

 すると、そこへ――。


「おや、まぁ。様になるものだね」


 不意に背後から声を掛けられ、見藤と霧子は声の主を振り返る。そこには、伝統紋様が描かれた風呂敷を手にしたキヨが佇んでいた。

――風呂敷の中身、今は聞かない方が良いだだろう、と見藤は視線を逸らす。


 キヨの出で立ちは、いつも通り着物を纏っているものの。家紋入りの礼装は、着物に明るくない見藤が見ても、いかにも高級品であることが窺える。


 一方、キヨは見藤を見やった。長身の体格を活かしたスーツを身に纏い、精悍な顔立ちを惜しみなく晒している。しっかりと結ばれたネクタイを彩るネクタイピン。それは小野の家紋を印象に残すデザインをしている。不意に、ネクタイピンが光を反射した。

 その姿は、見藤の成長を改めてキヨに感じさせたようだ。口元に手をやり、顔を綻ばせながらキヨは口を開く。


「ふふ、立派になったもんだ」

「いや、あの……。俺も、もういい歳だ」

「年寄りはいくつになっても、やんちゃ坊主だと思っていたいもんさ」


 キヨの言葉を否定する見藤だが、その心情は気恥ずかしいものがあったようだ。視線を逸らしながら、気まずそうに頬を掻いてみせた。

 

 キヨは霧子の姿を目にすると、目元を緩ませて一言。


「少しの間、この子をお借りしますね」


 軽く会釈をしながら、霧子にそう言った。キヨなりの、霧子への敬意と怪異である彼女へ畏怖の念を表したものだったのだろう。そして、見藤と霧子の関係性を理解しているかのような口振りだった。

 見藤はキヨの言葉の意味を理解したのか。少しだけ照れくさそうに首の後ろを掻いた。そして、霧子はというと――。


「う」

「おや、まぁ。可愛らしく照れて」


 微笑ましそうに言ったキヨとは反対に、霧子は言葉に詰まり俯いた。彼女は赤面し、耳まで赤くなっている。くん、と控えめに見藤の一張羅であるスーツの裾を引っ張った。

 そんな霧子を目にした見藤は、これでもかと言う程顔を綻ばせたのだった。


 束の間に享受する、平穏。しかし、その次にはキヨと見藤の表情は険しいものへと変わった。


「迎えだよ」


 キヨがそう言うや否や、現れたのは車体に家紋を刻んだ一台の高級車。脇に停められた車から降りてきたのは、斑鳩家の血筋を思わせる外見的特徴を備えた人物だった。

 運転手は見藤とキヨの元まで辿り着くと、被っていた帽子を取り一礼した。


「お迎えに上がりました」


 その一言に、二人は頷いた。見藤が風呂敷に包まれた荷物を譲り受け、先導して車のドアを開ける。キヨはもう一度霧子に会釈をすると、車に乗り込んだ。


 見藤はキヨが乗り込むのを見届けた後、ドアを閉めた。そして、霧子に視線を送る。それは先程、言い付けたことを必ず守るように、と霧子に視線で諭したのだった。霧子と目が合い、彼女が頷くのを見届けた後、見藤も車に乗り込んだ。

 

 車は発進する。後部座席に座る見藤とキヨは視線を交えることなく会話を進めていた。


「ただ不機嫌そうに、私の後ろに立っておくだけでいい。要は番犬だねぇ」

「……番犬」


 キヨの言葉を反芻し、ぽつりと呟いた見藤。膝に抱えている風呂敷に包まれた荷物をとんとん、と軽快に叩く。そして、額に手を当てて、窓の外を見やる。桜が風に舞い、流れゆく景色をじっと眺めていた。


 そうして、しばらく車に揺られた後、停車する。目的地に到着したようだ。

 キヨは窓の外を見るや、そっと口を開く。彼女の表情が生き生きとしているように見えたのは、見藤だけだろうか。


「行こうかね、化かし合いの舞台に」


――そうして、物々しい出立となったのだった。


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