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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第五章 楽欲編

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48話目 鶴首して待つ盲愛③


 見藤が赴いた土地は八尺様の社を奉る神社がある場所。最近になり、祭りの催しが急がれる地だった。その証拠に町のあちらこちらには、祭りの開催日を知らせる貼り紙が点在していた。


 見藤はその地を踏んだ瞬間に察した。――霧だ。

 季節外れの霧が周囲一帯を覆っていた。確証を心の内に噛み締めるように、見藤は強く口を結ぶ。


(――彼女はここに、いる。きっと、待っている)


 凍てついた風が頬を撫でるように、過ぎ去っていく。風に流された霧はまるで見藤を誘っているかのようだ。

 冷たい風に体温が奪われないよう、見藤はマフラーをきつく巻きなおし、コートをただす。そして、八尺様を祀っているという神社を目指し、見藤は足を踏み出した――。



(ここだ……!!)


 辺り一面、霧が漂う神社。()()はここにいると直感が告げていた。

 見藤は取り乱し、(つまづ)きそうになりながらもやしろまで駆けた。社に近付くにつれ周囲には濃霧が立ち込め、視界を遮る。だが、見藤にとっては霧子の存在を告げるしるべとなっていた。


「はっ、……やっと――」


 上がった息を整えながら、社の前まで辿り着く。


 切れた(えにし)の糸。ほつれた糸を補填するかのように、久保と東雲から霧子に繋がるえにしが細切れながらも枝分かれし、見藤を霧子の元まで導いたのだろう。

 その細い縁を手繰り寄せ、しっかりと握ったのは紛れもなく見藤であり、彼を待ち望んだのは霧子だ。


 彼女は可能な限り、現世に己の存在を示すよう姿を現していた。集団認知の禍害を経たにも関わらず己の身を晒し、見藤が霧子を見つける手がかりを残したのだ。そうすれば、きっと見藤は探し出す、それを信じて――。


 神隠し。それは、ほんの少し縁の糸が繋がれば、自ずと怪異はその人間に目星をつける。


()()()()


 澄んだ声が、見藤の耳に届く。心なしか、その声は嬉しさを滲ませている。

 ――その声音に、見藤は得も言われぬ感覚を覚える。


 見藤は目を見開き、ゆっくりと視線を上げた。つい先ほどまで、何もなかったはずの社の前には亭々たる影が佇んでいる。濃霧がその姿を覆っているものの、彼女の声と気配は間違いなく霧子のものだ。


「霧子さん」


 見藤が口にした名は、音が掠れ渇望に充ちていた。一歩、社に続く階段を上る。

 木の軋む音がやけに大きく響いた。辺りの霧が見藤の体に纏わりつくが、空気の流れが生まれたためにそっと離れていく。


「迎えに、来た」


 また一歩、階段を上る。


 見藤の言葉を耳にした霧子は体をもたげ、人の姿をかたどった。そうして、彼が階段を登りきり、二人が向かい合った時――どちらからともなく、手を差し出して見藤の手の平に、霧子が手を重ねる。


 互いに向かい合えば、自ずと見藤の視線は少し上がる。少しだけ上目遣いになった見藤の深紫色の瞳が揺れ、そっと言葉を溢す。


「霧子さん、俺は――」

「本当に、いいの?戻れなくなるわよ」


 それは霧子からの、最後の忠告だった。

 ――怪異を愛した男が辿る末路。霧子は一度、それを目にしている。そして、人を愛した怪異の末路も言わずもがな。


 その言葉を受けても、見藤の盲愛は霧子へ向けられている。彼は困ったように笑うと、胸の内の決意を冗談めかして話す。


「今更だ。それに……、腹は括ってあった。妙な邪魔が入っただけだ」

「……」


 どうにも何か事が起きないと自分達は関係を深められないようだと、見藤は皮肉に笑う。

 それには少なからず、怪異と人という異なる存在がここまで深く結び合うことへの何かしらの警告なのか、介入なのか。それは神のみぞ知るというやつだろう、とどこか他人事のように頭の片隅で考える。


 見藤は一際深く息を吸うと、そっと口を開いた。深紫色の眼でしっかりと霧子を見つめて――。


「俺は、霧子さんとのえにしをもう一度、結びたい」


 その言葉を聞いた霧子は少しだけ唇を噛んだ。


 切られた縁を結び直す――、それは久保と東雲が僅かながらに紡いだ縁だけでは、すぐに切れてしまうだろう。

 見藤と霧子が紡いだ、二十年余りの月日、名で結ばれた縁、深紫色の眼を対価にした契り――、それら全てを無に帰されたのだ。それほど強い縁を再び結ぼうとすれば、自ずとその方法は限られてくる。


 霧子の花紺青(はなこんじょう)の瞳が不安そうに揺れている。


「い、いいの……? そう、思ってくれる?」

「どうして?」

「だって、触れ合うことが怖いのだと ――」


 言い淀んだ霧子の言葉の先を察したのか、見藤は首を横に振り、否定する。

 霧子だけが知る、見藤の過去。その心の傷はまだ癒えていないはずだ――、霧子は憂わしげな表情を浮かべる。


 見藤は彼女の手を自身の胸に押し当てた。鼓動が早く、視線は熱を帯びている。――期待している、この先を。だが、その視線に相反するように霧子の手を握った手は冷たく、僅かに震えている。


 ――霧子はそれに気付かぬ振りをした。


 見藤はそんな霧子の思惑を知らず。しかしながら、彼女の意思を尊重しようと、おずおずと言葉を続ける。


「ただ、霧子さんは……。その、構わないのか……、俺と本当の契りを交わすこと」

「私はそれを、望んでる」

「ほん、とに?」

「……い、一度しか言わないわよ」

「……」


 霧子のその言葉を聞いた見藤は堪らず、己の胸に当てていた霧子の手を引き、抱き締めた。

 霧が出た日の朝のような澄んだ香りが見藤の胸をいっぱいに満たす。そうして、互いの鼓動が、うるさく聞こえた。


 霧子は抱きしめられ嬉しさ半分、恥ずかしさ半分と言ったところか。言葉が見つからず口ごもり、薄い唇は少しだけ震えている。顔を真っ赤に染め、眉は下がり花紺青の瞳は揺れている。


 そんな霧子を見れば、唇を寄せたくなった見藤はそっと鼻先を寄せた。それに応える霧子。二人の唇が離れれば今度は互いに視線がかち合い、どちらともなく、そっと体を離した。

 社の扉が一人でに開き、霧子が見藤の手を引く。彼はその引かれた手を、振り払う訳もなく。


 ――ぱたり、と社の扉は閉じられた。


後はご想像にお任せします、というヤツですね、えぇ。


【お知らせ】

いよいよ11月ですね。そうです、私事ですが仕事の繁忙期がやってきています(既に)

繫忙期は年明けまで続くため、誠に勝手ながら更新ペースを週3回→2回に戻します。

何卒、よろしくお願い致します。

その分、年末年始は投稿頻度を増やしますので何卒!!

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