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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第五章 楽欲編

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46話目 泡に消えた楽欲④


 その後、見藤は一人。無事に館外へ避難したはいいものの。館内スタッフや、消防隊員にその濡れた格好や手掌の傷を見られ、救護されることになってしまった。

 幸い、避難する最中に割れたガラス片で手を切ってしまったと説明するだけで済んだ。例の得体の知れないモノとの対峙は誰にも知られていないようで、少し安堵する。

 見藤は手当を受けながら、少しだけ視線を上に外し、疲労を享受した。


――その間に巡る思考。

 偶発的に遭遇した怪異、というには疑念が大いに残る。例の黒いもやが神の残滓であるならば――、それも人間の男と契った古の女神。その稀有な存在の残滓が霧子を狙い、襲った。

 それはかの女神が成せなかった願いへの未練か、悔恨を晴らそうとしたのか。想像の域を出ない話ではあるが、ひとつ確実なことがある。


(駄目だ、情報が足りない……。確実にまた、何かが起こっている)


 それが何なのか、検討もつかない。


(これ以上、何もこうむらないといいが……)


 見藤の心の内に呟いた言葉はひっそりと消えた。


◇ 


 疲労にこたえる体を引きずりながら、見藤は一人事務所に帰り着く。結局、あれから救護処置を受け、事情を聞かれ、開放されたのはすっかり辺りが暗くなってからであった。

 濡れた髪や服は急遽、特設された救護場である程度乾かしたため寒さに震えることはなかった。だが、不快感は否めない。早く風呂にでも入って、着替えてしまおうと呆然と考える。


(あ、しまった……斑鳩に通達しなきゃならん事案だ……。キヨさんにも、連絡を)


 疲労に揺られる思考では、電話をひとつ掛けるにも億劫になる。見藤が遭遇した稀有な事故。それが、神の残滓という未知なる存在に起因したというならば怪異事件・事故を総括する斑鳩。そして、情報を総括するキヨへ情報共有するのも、見藤の役目なのだ。――依然、治まらない頭痛が、見藤の胸中を煩雑はんざつな思いで埋め尽くす。


(……駄目だ、明日にしよう)


 すると、事務所の中から固定電話が鳴り響いていることに気付く。それは切れることなく、鳴り続けている。

 見藤は耳障りな音だと辟易とした表情を浮かべながら、扉を開いた。余計、音が大きく聞こえ痛みを助長させる。それは固定電話に近付くにつれて顕著になる。


「ちっ……、誰だ」


 舌打ちをしながらも、見藤は受話器を取った。すると、途端に耳をつんざく音――。


『やっと出てくれましまね!!』

「……来栖か」

『やっと、……本当に心配しました』

「なにが」


 電話の相手は来栖だった。見藤が訳も分からず困惑していると、来栖は溜め息をつきながらも事情を説明した。


『報道を観ました。僕がお二人に贈ったチケットの水族館で事故が――』

「あぁ、あれか……問題ない」

『貴方って人は――』


 そう言って悪態をついた来栖の声は少しばかり震えていた。

 来栖の胸中を察した見藤はありきたりな言葉を放つ。しかし、彼には通用しなかったようで深堀りはされなかったものの、その御小言の餌食となってしまった。


 そうして、来栖との通話を終え、受話器を置いたときだ。揺れる空気と微かに鼻を掠める澄んだ香り。それは見藤に霧子の存在を知らせる。

 不意に見藤の肩に触れる感触。振り返れば、そこには人の姿を模った霧子が佇んでいた。霧子は見藤が事務所に帰り着くのを待っていた様子だ。


 見藤は肩に置かれていた霧子の手を、そっと優しく外した。肩から離れた彼女の手は行き場をなくして彷徨さまよう。見藤は眉を下げ、霧子の姿をじっと見つめた。


「傷は……?」

「問題ないって言ったでしょ、ほら」

「……」


 見藤の問いに、こともなげに返す霧子。すると、霧子は袖を捲り上げ、その白い肌に傷がない事を見せた。

 ほっと安堵の表情を見せた見藤。彼の顔色を伺っていた霧子は、その表情につられて胸を撫で下ろす。


 二人は突如として見舞われた禍害を経て、互いの無事を確かめ合う。いつもであれば、その安堵感から互いに触れ合うのが自然な流れになっていたのだが――。

 霧子が痺れを切らし、見藤の袖を少しだけ引いた。彼に触れることに億劫になっていた霧子だが、それを払拭したのは見藤自身だった。しかし――。


「ねぇ――」

「いや、あまり触れない方がいい。まだ濡れている所があるから……」


 そんな霧子の心情を、素知らぬふりをするかのように見藤の口から出たのは素気ない言葉だった。彼は少しだけ、申し訳なさそうに眉を下げている。


 見藤から抱き締められることを期待していた己を恥ずかしく思い、霧子はそっぽを向いた。

 だが、いつまで経っても、彼の手は霧子に触れることはなかった。抱き締めるまではいかなくとも、無事を確かめるように手を繋ぐなり、愛情を何かしらの行動で示してくれるものだと思っていた。

――触れてもらえない。

 その事実に気付いた霧子は、はっと見藤に視線を戻す。


(どうして……?)


 見藤はどこか、余所よそしい態度を示している。その理由が何であるのか、霧子には分からなかった。そして、ふと思い出すのは水族館での会話。禍害に見舞われる直前、彼は何かを告げようとしていたことを思い出す。


「ねぇ、あの時……言いかけてたことって、何?」

「いや……、なんでもない。忘れてくれ」

「…………そう」


 見藤にそう言われてしまえば、下手に追及できない。霧子は残念そうに俯いた。

 見藤はコートを脱ぎ、汚れたものを纏め始めた。そうして軽く身支を終え、どうやら自室に向かうようだ。霧子に背を向け、ぽつりと言葉を溢した。


「今日はもう、寝てしまうから」

「そう、分かったわ……」


 互いに何を言う訳でもなく、静寂に包まれる。


(ついてない……。今度、きちんと話をしよう)


 その胸の内に抱えた想いを口にするのを先送りにし、見藤は自室へと消えた。

 そんな彼の背をいつまでも見つめる霧子の姿を月夜が照らす。しばらく、扉を見つめていた霧子だが彼女もまた、霧となって消えてしまった。



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