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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第五章 楽欲編

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43話目 遺されたモノの願い 後編②


 そうして、事務所の外はすっかり黄昏に包まれていた。なにぶん、冬は日の入りが早い。―― ということは、大禍時おおまがときを迎えるのも早くなる。

 大禍時というのは、著しく厄災が起こるとされる時間だ。妖怪や怪異が活発になる、とされる時間でもある。


 夕陽に照らされる事務所内。そこには見藤と猫宮だけ。どうやら煙谷は、ことが動くまで一時的に自身の事務所に帰ったようだ。これ幸いとして鬼灯の匣の存在は秘匿された。


 見藤は何やら気になる事があるようで、先ほどからそわそわと落ち着きがない。そんな中、ぽつりと溢される言葉。


「流石に遅いな……」

「んァ?姐さんか?」


 ソファーで寝そべっていた猫宮の問いに見藤は少しだけ顔をしかめながら、無言で頷いた。


 そう、霧子は朝から出掛けている。そして、彼女は人の姿をかたどっていたとしても、その長身と美しい容姿が故に人目を惹く。だからこそ、普段は見藤と共に出掛け、このような時間に一人で出歩かないはずなのだが ――。

 怪異であったとしても、見藤からしてみれば霧子はただ一途に想いを寄せる存在なのだ。


 すると、突然 ――。見藤のスマートフォンが着信を知らせる。画面には登録していない番号が表示されているのだが、その番号を目にした見藤は首を傾げた。どうにも、その番号は煙谷ではないようだ。

 見藤は怪訝に思いながらも、電話をとる。電話口から聞こえてきたのは、意外な人物の声だった。


「はい、見藤ですが ――。ん?東雲さんか、どうしたんだ?こっちの番号に ――、」

『お疲れ様です、見藤さん。あの、霧子さんなんですが、色々あって今日は私の家に泊まります。女子会というやつです。その連絡を ――』

「……」

『もしもし?見藤さん?』


 電話の相手は東雲だった。珍しく、見藤のスマートフォンに連絡を寄こした彼女は律儀にも霧子の行方を知らせてくれた。

 だが、見藤は不意に眉をひそめたのだ。―― ズキ、ズキズキ……、と例にもよってあの頭痛に襲われる。その痛みのせいで、東雲に返す次の言葉が出て来ない。


 突然に黙ってしまった見藤を心配した東雲が、電話口で応答を呼びかける。痛みから逃れるように見藤から発せられた言葉は、彼女達をおもんぱかったものだった。


「―― 分かった、楽しんで」

『はい!ありがとうございます!』


 嬉しそうな東雲の返事と共に、霧子の嬉しそうな声が電話越しに聞こえて来た。東雲の傍でことの成り行きを見守っていたのだろう。たったそれだけの事だが、その声が見藤を安心させた。

 見藤は安堵の表情を浮かべていたのだが、どうにも猫宮の目には違う意味に映ったようで ――。


「男が嫉妬するようじゃァ、」

「違う。皆まで言うな」


 ぴしゃり、と猫宮の言葉を遮った見藤。それは少なからず、猫宮に指摘された言葉が見藤の胸を抉ったのだった。



 東雲から告げられた、霧子の所在を知らせる連絡。東雲との電話を終えると、辺りはすっかり黄昏時を終えようとしていた。

 すると、不意に訪れる異変。


「ん、早速 ――……、始まったか」


 見藤がそう呟くと、机上に置いた観葉植物が突如として枯れ始めたのだ。観葉植物はまるで命を吸い取られるようにして、干乾びてゆく。

 その光景は何も知らぬ者からすれば異様な光景だろう。だが、見藤にとっては予測していた事象に過ぎない。余裕の表情を浮べている。


「ただの追跡のまじないに、呪詛をのせてくるなんてな。向こうは相当お怒りのようだ」


 呆れたように呟いた見藤の言葉が、相手の全てを物語っていた。


 そう、見藤が飛ばした蝶の形代は、ただ単純に目的の物を探し出すためのまじないであり、なにも危害を加える物ではない。目的の物を探し出せば、見藤にその居場所を知らせる、ただそれだけなのだ。


 だが、そのまじないは破られ、こうして呪詛としてのろいが返ってきた。その呪詛の意は枯れた観葉植物を見れば一目瞭然だ。

 見藤の命を奪うために仕向けられた呪詛、ということだ。見藤は予め用意していた観葉植物の命を身代わりにしたのだった。


 見藤は机上に置いてある固定電話に手を伸ばすと、連絡を取り始める。すると、二言目には ――。


「結構、早めに釣れたな」

「はぁ、お前はまた……。うちは禁煙だと言っているだろうが」


 つい先程まで見藤と電話越しに会話をしていたはずの煙谷が姿を現す。彼の手にはさも当然のように煙草が持たれ、細い煙を上げていた。

 見藤も流石に何度もこうして不法侵入されれば、堪ったものではない。見藤は呆れ半分、諦め半分といったように、とてつもなく大きな溜め息をついたのだった。


 そんな見藤の様子などお構い無しに、煙谷は机上にある観葉植物に視線をやる。


「へぇ、やる気満々だね」

「向こうは、な」


 枯れてしまった観葉植物が意味することを、煙谷は理解しているようだ。これから始まるであろうまじないによる追い、追われる鼬ごっこ。それを想像した煙谷は少し残念そうに呟いた。


「地味だね」

「なにも目に見えてドンパチやるのがまじないじゃない。水面下で静かに、したたかに。だが確実に、だ」


 煙谷の言葉に、見藤はそう言って不敵に笑ったのだった。


 そう、何もまじないというのは派手に目に見えて行うものではない。その存在を秘匿し着実に、そして確実にことを行う。その相手が同じくまじない ――、というよりものろいを扱う者であったならば、尚更のこと。


 まじないを扱う者と、のろいを扱う者。呪い師と呪術師、その両者による水面下での戦いが行われようとしている。

 だが、牛鬼という古から存在してきた、知に優れた妖怪を師に持った見藤が引けを取る訳もなく。この戦いは、勝負とも呼べないようなものになるのは明らかだった。


(皆がみな、まじないを良き行いに用いている訳じゃないからな……)


 見藤の心の呟きは消えていく。



 見藤やキヨ、そして斑鳩はまじない師である。それはまじないを良き行いに使用する者達であるからだ。古より伝わる呪法、それを人の救いのために扱う者達である。

 無論、見藤だけは主に怪異を手助けする目的で扱うが、ここでは同義としよう。


 では、それとは反対に。呪術師とは言葉通りである。呪術を用い、人をのろう者達だ。よって、両者は互いの領域に踏み込まないよう牽制し合っているのが世の常なのだ。―― だが、今回ばかりはそうもいかない。


(地獄の番人、直々の依頼か)


 心の中で呟きながら見藤は面倒くさそうに煙谷を見やる。そう、煙谷はこうして人の世に居着いているものの、その正体は獄卒である。

 人の死後を司る怪異、もとい妖怪からの依頼。それも意図的に他人を死に追いやっているのが呪術師であるならば、こちらとて均衡を破らざるを得ないというもの。


 見藤は思考をほどほどに切り上げ、枯れた観葉植物の一部を鋏で切り取った。彼はこれから、術者をあぶり出す為に次の段階へ移る。

 その動作を眺めていた煙谷は、ふと抱いた疑問を見藤に尋ねる。


「で、こちらの居場所が向こうにバレる可能性は?」

「ない、な。さっきの呪詛は、俺が放った追跡のまじないに呪詛を乗せて、ただ単純に返しただけだからな。それに、霧子さんのお陰で俺の居場所が特定されることもない」


 見藤の説明に煙谷は納得した返事のように煙草の煙をゆっくりと吐き出した。言わずもがな、舌打ちと共に見藤の眉間に深い皺を刻むことになった。

 そうして、見藤は枯れた植物片と、机上に蝋燭ろうそくを一本用意した。その隣には、見慣れた地形をした地図。紙が掠れる音が事務所に響き、見藤は地図を手にした。


「逃げられても困るからな」


 見藤はそう言うと、地図と枯れた植物片を共に蝋燭の揺らめきにかざした。地図を端から燃やし始めたのだ。それを追うように植物片も燃えていく。

 先に植物片が燃やし尽くされると、じわり、じわり……。と、まるで術者を追い詰めていくかのように地図はゆっくりと燃えてゆき、消えて行く。


「『辿れ』」


 見藤が低く、静かにその言葉を口にすると、地図に燃え広がろうとしていた火は突如としてその進路を変えた。そうして残った地図の破片。

 火の軌跡を見ていた見藤はその地がどこであるのか、理解した。手元に真新しい紙を手繰り寄せ、その地の目星となるものを書いて行く。そして更に、枯れた観葉植物の破片を蝶の形代の中に折り込んでゆく。

 見藤はその二つを煙谷に渡した。


「これで居場所の特定はできただろう」

「へぇ、便利なもんだ」

「更にこれを使えば、術者がその地から逃げても追跡できる。ったく、依頼料に上乗せだぞ」

「全く、仕方ないね」


 煙谷の軽口に睨みを利かせながら、見藤は溜め息をつく。


 見藤のまじないによって、冥婚を行っていた呪術師の居場所を特定。そして、例えその術者が追跡に気付き、その地から逃れようともその者を追い続ける。

―― 逃げ道は絶たれた。

 その事実に、煙谷は満足そうに頷く。こうして見藤が受けた依頼は完了した、かのように思えたのだが ――。



 その翌日。


「これ、処分は任せるよ」

「はぁ!?お前、待て!」


 例にもよって、忽然と姿を現した煙谷によって持ち込まれたのは大量の絵馬。

 煙谷はそれだけ言うと、見藤が怒り出す前に姿を消してしまった。わなわなと怒りに震える見藤、呆れて溜め息をつく猫宮の姿がそこにあった。


 冥婚に使用される絵馬を「処分しろ」というのだから、この目前の絵馬は自ずと見藤があぶり出した呪術師が生み出した物である、という事実に辿り着くには容易だろう。―― その呪術師を、煙谷はどうしたのか。聞かない方が身のためだと見藤は口を閉じた。

 見藤と猫宮は同じことを考えたようで、同時に溜め息をつく他なかった。


 事務所のローテーブルに捨て置かれた小さな段ボールに溢れんばかりの絵馬が入っている。猫宮はその段ボールを覗き込むと、辟易とした表情をし、見藤も同じような反応だ。

 そして、猫宮は毛に覆われてしまっている首を傾げた。


「にしても……。どうして突然、死者が生者を道連れにするような儀式が行われたんだァ?」


 それは火車でもある猫宮らしい疑問だろう。


 人は死後、余程のことがない限り、地獄から迎えが来る。そして、あの世へと移るのだが、悪霊でもない霊がわざわざ生者と無理矢理にえにしを結び、あの世に道連れにしようとは ――。猫宮からすれば理解の及ばない事象なのだろう。

 猫宮の疑問に見藤は念のため、誤解がないよう冥婚というものを説明しておく。


「いや、冥婚自体の性質は非常に穏やかなはずだ。それにどちらかと言えば、死者を弔う意味合いが強い。それは遺された人の心を救う意味や遺された人の願いの形でもある。―― そして、それは絶対に実際に生きる人をえがくことはない」

「それがどうしてそうなったんだァ?」

「さぁな、分からん」


 猫宮が上げた疑問の声に、厳しい表情を浮かべながら考える仕草をする見藤。

 死者を弔うはずの冥婚を新たな呪法に転じさせた不届き者。それは俗習への冒涜だろう。そして、その風習がなぜ曲解した意味となり、その効力を発揮していたのか。

―― 人の敵は人である。それを、まるで忘れてはならないとでも言うようだ。


「まァ、時に人の祈りや願いは凄まじい力を発揮するからなァ。そうやって新しい呪法に転じさせるのも納得だな」


 猫宮はそう言うと篝火を灯して絵馬を燃やしてしまった。

 そうして、火の粉が落ち着き、見藤は全ての絵馬が燃え尽きたことを確認する。


「まぁ、とにかく。こっちの依頼はこれで完遂だ」

「おうよ」


 猫宮が誇らしげに相槌を打ち ――、こうして見藤の元に持ち込まれた依頼は幕を閉じた。


ご覧頂き、ありがとうございました。

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