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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第四章 百物語編

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番外編 出張、冬景色~観光と温泉旅館~

 

 幕引きとなった四国狸達のお家騒動を経て、翌日。見藤一行は早々に宿を発った。

 今日はこの出張中、唯一設けられた観光を許された日だ。皆自ずと少しでも自由な時間を確保しようと、行動する時間も早くなるというもの。


 今日も見藤は車を走らせていた。助手席には霧子が座り、後部座席には久保と東雲。そして、猫又の姿に戻った猫宮の姿があった。

 車窓から見える景色が変わって行く最中、見藤がぽつりと言葉を溢した。


「そう言えば……七人ミサキの怪異、なんてのもあったな」

「そうね、懐かしいわ」


 県境を越えた辺り、見藤はこの地域に伝わる怪談話について思い出したことがあったようだ。そして昔、訪れたこの地には奇妙な風習があったことも。


「怪異変異の件で一人減ってたりしてな」

「もう!おもしろくない冗談ね」


 見藤が珍しく冗談を口にする。だが、その内容が内容だけに霧子には諫められてしまったようだ。

 七人ミサキの怪異は、七人組の亡霊であったがそれが怪異に転じたもの。一人が成仏するなりして抜ければ、その空いた枠を埋めようと生者を道連れにし、一人の霊を補填するというもの。

 それが、怪異変異によって一人分――、他の怪異によって喰われていたとしたらという、怪談話をしたのだ。


 その意味に気付いた久保は、後部座席で顔を青くしていた。一方、彼の隣に座っている東雲は揺れる車内の心地よさに爆睡していたのだった。


 そんな他愛ない会話をしながら、一行は目的地まで時間を過ごしたのであった。


* * *


「着いたぞ、お疲れ様」


 見藤のその一言は、後部座席で眠っていた久保と東雲の意識を覚醒させるには十分だったようだ。二人は慌てて姿勢を正し、見藤に運転を労う言葉をかける。

 そして、車窓から覗く光景に目を輝かせたのだった。そこは人々の往来で賑わう、露店が立ち並ぶ市場のような催しだった。


 見藤はレンタカーを停めてくると言い残し、三人と別れた。人の混雑を苦手とする彼のことは気にしなくていいと、霧子に促されて久保と東雲はその露店を楽しむために一歩、踏み出す。


「「わぁ……!」」

「食べ歩きも旅行の醍醐味よね!」


 その露店市場の熱気に、久保と東雲は感嘆の声を漏らす。露店は特色豊かで、その地で生産された野菜や加工品、さらには飲料や食べ物まで幅広い。特に、二人の興味を引いたものはやはり食べ物であるらしい。

 早速、目的の物を手に入れた久保と東雲は食べ歩きながら、露店を巡って行く。途中、沙織へのお土産を購入することも忘れない。三人は大いに楽しんでいるようだった。


 すると、露店市場が催されている主要道路から少し入った先の商店街。霧子はそこで、何かを探すように視線を向けていたのだが、どうやらその探し物は見つからなかったようだ。


「あら……、ここのお店。なくなっているのね」

「どうしたんです?霧子さん」

「この商店街に、肉じゃがコロッケを売っているお店があったのだけれど……。美味しかったから、また食べたかったの。たった十年前のことなのに」


 そう言って、悲しそうに頬に手を当てる霧子。久保と東雲は少しだけ残念そうに眉を下げながらも、彼女と時間の流れが違うことを改めて感じたようだった。

 そうして、時間もほどほどに。どこかで時間を潰していたであろう見藤と猫宮と三人は合流する。


「そろそろ宿に向かうぞ」

「えぇ」


 見藤の言葉に霧子が頷く。そして、ちゃっかり荷物が増えている三人を目にした見藤は困ったように笑ったのだった。



* * *


 見藤一行が到着した宿は、珍しく渓谷の入り口に佇む景観豊かな場所だった。その宿の古風な外観や建造物と大自然と融合したその光景はなんとも心躍るものだった。宿が佇む渓谷のすぐ傍には、清流と呼ばれる川の中流がその姿を見せている。

 見藤と久保が荷物をレンタカーから降ろしている間に、霧子が宿泊手続きを済ませる。


――そうして、案内された部屋に霧子と東雲は思わず感嘆する声が漏れた。

 彼女達が案内された客室は広々とした和室となっており、その要所で杉の木がふんだんに使用され、木の香りが心を落ち着かせる。そして、部屋の奥からは流れる水の音。


 東雲が様子を見に行くと、そこには半露天風呂が完備されていた。木目が美しい、木の香りがよく、ひのき風呂のようだ。

 これでは出張中に宿泊する宿――、というよりも本格的な旅行ではないか、と東雲は首を捻る。もちろん、この宿や観光を計画したのは霧子であるため、旅行を目的としたことには変わりないのだが。


 昨晩、宿泊した宿は依頼終わりということもあり、交通の便を優先したビジネスホテルだった。そのため、必然的に男女で部屋を分けていたのだが――。


「うちは、てっきり今日は見藤さんと霧子さんは同じ部屋に泊まるものだと」

「えっ、そ……そんな訳ないじゃない!もう、大人をからかわないの!!」


 したり顔の東雲に精一杯の抗議をする霧子。東雲の言葉を受けて霧子の頬と耳はほんのり赤く染まっており、普段は凛とした彼女の雰囲気から想像がつかないその反応に――。


(はーーん、これは見藤さん。苦労するはずやわ)


――東雲は一人、何かに納得して唸っていた。


◇ ◇ ◇


 旅館に宿泊する醍醐味と言えば、やはり温泉と食事だろうか。霧子と東雲は、日が沈まないうちから早速温泉を堪能するようだ。


 彼女達は足取り軽く、女湯へ向かう。すると、そこで偶然にも見藤と久保にばったり会った。年末が近づいているということや、いくら温暖な気候であるこの地でも山間部では積雪がある時期ということもあり、そこまで宿泊客は多くないのだろう。

 彼らの手元を見ると、入浴するための準備があった。どうやら霧子と東雲と同じように温泉を堪能するために早々に足を運んだようだ。


「お、奇遇だな」

「……、」

「ん?」


 霧子と東雲の姿を目にした見藤は声を掛けたが、どうやら霧子の様子がおかしいと首を傾げる。心なしか顔が赤いような気がする。


「いやぁ、あははは……何でもないです。行きましょう、霧子さん」

「そ、そうね」


 どこかぎこちない返事をしながら、東雲に背を押されるようにして女湯へ向かう霧子。ますます意味が分からないと見藤はさらに首を傾げたのであった。

 少しだけ気まずそうな東雲の様子に気付いたのは久保だけだろう。


「何なんだ」

「大体想像つきますけどね。僕らも行きましょう、見藤さん。負けませんからね!」

「……?そうだな。まぁ、倒れない程度に、だな」


 そんな東雲の様子を見た久保は、霧子にそんな反応をさせる原因をつくったのは東雲だとおおよその想像がついたのか短い溜め息をついた。そして、自分達も男湯に向かおうと見藤を誘う。

 そして、各々は旅館の醍醐味を堪能する―――――。


◇ ◇ ◇


「柚子風呂ですよ、霧子さん!」

「いい香りね」


 大浴場の日替わりの湯は柚子風呂のようで、その爽やかな香りは気持ちを穏やかにさせる。柚子の効能は保温効果が期待できるため、彼女達にとっても嬉しいものだろう。

 二人は各々体を洗い、湯に浸かる。冬の寒さと、露天風呂は相性がよい。それに、この山々に囲まれた渓谷と、その下を流れる川のせせらぎは風情を感じさせる。


 霧子の肌は雪のように白く艶やかだ。長い髪が湯に浸かってしまわないように、結わえられたために項が露になっている。耳に掛けられた後れ毛が湯に濡れた肌に張り付いており、湯で温められた体はほんのり薄桜色に染まっている。

 そんな彼女の手足はすらりと長く、その体はほどよいふくよかさを纏う。


 じっとこちらを見ている東雲の視線に、嫌でも気付くというもので。霧子は居心地が悪いのか、そそくさと距離をとってしまった。


「あ、逃げましたね」

「そ、そんなに見るものじゃないでしょ……!」

「まぁ、いくら同性でも女湯でじろじろ見るな、なんて暗黙の了解ですけど。霧子さんは別です」

「なによ、それ」


 霧子の人並外れた美しさというのは目を引く。その実、彼女は人の姿をとっているものの、怪異であるためにその美しさも納得できるというもの。東雲の視線も、それは羨望に満ち溢れたものだった。


(いいなぁ)


 その感情は霧子が持つ美しさに向けられたものか、見藤に愛される霧子に向けられたものなのか。東雲本人でも分からないことだろう、女心と言うものは難しい。

 複雑な心情を誤魔化すように、東雲は一思いに湯に顔を浸けた。大きく飛沫を上げる湯と、波打つ湯に寄せられた柚子の果実。


「ええい、らしくないわ!」

「わ、ちょっと……!」


 勢いよく顔を上げた東雲は、にんまりと悪戯な表情をしながら霧子に向かって湯をかけ始めた。それに応戦する霧子。次第に、二人は湯を掛け合いながら笑い合う。

 そうして、逆上せる前に湯から上がった二人。脱衣所で順番に髪を乾かし合う二人の姿は、仲睦まじい姉妹のようであった。


 それから、霧子と東雲は身支度を終えてロビーに戻ると――。休憩スペースに座る見藤と、その傍で項垂れている久保の姿が目に入った。二人とも、霧子と東雲と同じように館内着として支給された浴衣を身に纏っている。

 見藤の手には飲料水とコーヒー牛乳というなんとも珍妙な組み合わせが。一体何があったのかと、霧子と東雲が見つめる。彼女達の視線に気づいたのか二人は同時に口を開いた。


「「サウナで我慢比べ」」

「風情がない」


 ぴしゃり、と東雲に言われてしまえば見藤と久保は困ったように笑うしかない。どうやら彼らの言うサウナで我慢比べは、言わずもがな勝者は見藤であるようだ。

 見藤は久保に水を渡してやると、自身はコーヒー牛乳を一思いに飲み干す。それを羨ましそうに見ていた霧子に気付き、見藤は自動販売機を指差す。霧子はぱっと、表情を明るくして東雲を誘うのであった。



 そうして、待ちに待った夕餉の時間。水を苦手とする猫宮とは一旦別行動だったため、ここで合流となる。

 しかし――。霧子と東雲に近づいた猫宮は顔をこれでもかと顰めたのであった。


「うっ、!?」

「あぁ、猫に柑橘類の匂いは……」


 猫宮の反応と彼女達が纏う香りに合点が行ったのか、見藤は気の毒そうにぽつりと呟いた。

 どうやら、先ほどまで浸かっていた柚子風呂の香りが猫宮にとっては好ましくないようだ。その小太りな体からは想像つかないような俊敏さで見藤の足元へ避難した猫宮。

 そんな彼の様子を見た東雲は思わず眉を下げた。


「ご、ごめん。猫宮ちゃん……」

「ま、まァ、美味い物に勝るものはない」


なんとも食い意地が張った化け猫である。


 そうして皆が向かったのは、宿泊客のために用意された食事処だ。そこは屋外に設置された炬燵に入りながら食事を楽しむという、一風変わったものだった。しかし、冬の冷えた空気と炬燵によって温められた足元、そして懐石料理はなんとも言えない風情を感じさせるようだ。


 順番に配膳されていく料理の見目の美しさや、地の食材がふんだんに使われた料理の味に舌鼓を打つ。

 ふと、従業員は料理が一人分多いことに疑問を抱いたのか。見藤が再々、人数を確認されるということを除いて――、大いに楽しいひと時であったようだ。


 すると、突然に――、見藤は隣に座っていた霧子の手を取るとその指を絡め、きゅっと軽く握った。

 久保や東雲がいる手前、今までそんな触れ合いをしてこなかったはずだ、と恥ずかしさからなのか。霧子の眼は泳いでいて挙動不審だ。彼女の心情を表すかのように、はらり、と結い上げていた髪の束が少しだけ落ちた。


「霧子さん、」

「なっ、なによ!?」

「とても、かわいい」

「んなっ!?」


 そう言って、これでもかと綻ばせた笑みを見せた見藤に、霧子は顔を真っ赤にする。

 更に、普段は気恥ずかしさ故に言葉にすることができない不器用な男の、場の勢いに任せた快進撃は続く。


「俺の生き方が少しだけ変わったのは、久保くんのお陰だな……。久保くんも東雲さんも、俺をひとりにしないでくれて、ありがと、」

「んぐっ、」「うわぁ、人たらしだ……」


東雲の奇妙な呻き声と久保の呆れたような視線。


「怪異たらしもいいとこよ!!」

「うげ、こっちに来るな!」


 霧子の抗議する声と、見藤に絡まれている猫宮。すると、猫宮を撫でまわしていた見藤は突然、こと切れて眠ってしまった。

 騒然となるその場。そして、はっとした霧子は見藤がこのような状態に陥る要因に思い当たることがあったのか――。


「っ~~~!!誰よ!!こいつに酒を飲ませたのは!?酒に弱い上に酔うと……こうなるからダメなのよ……っ!」

「久保が犯人です!!」


 霧子の尋問に、東雲がすぐさま口を割った。どうやら見藤に酒を飲ませたのは久保であるらしい。そして、己の好奇心からそれを止めなかった東雲も同罪であるはずなのだが。

 東雲の思わぬ裏切りに、久保は抗議の声を上げた。


「あっ!!裏切ったな!?」

「見藤さんが、あんな風になると思わんやろう!!??」


――そうして賑やかな時間は過ぎていく。


 言わずもがな、僅かに酒が入ったことによって炬燵で眠ってしまった見藤を部屋まで運んだのは霧子であった。

 眠ってしまった見藤は久保に任せ、霧子と東雲は自室へ戻るようだ。彼らと別れた後、廊下で交わされる会話。


「その、えっと……、あいつから気持ちを示されると、ダメなのよっ……!!」

「はぁーん、成程。霧子さんは、自分から見藤さんにちょっかいをかけるのはいいけど、見藤さんから愛情を示されると弱いということですね。ほうほう」

「ちょっかいって……!!」


 東雲のしたり顔、本日二度目である。一方の霧子は、先ほど受けた見藤の言葉や仕草を思い出したのか、また顔を赤らめている。

 そこに東雲の茶々も加わり、どうやら皆にとって楽しげな夜となったようだ。




 夜中、霧子は未だ火照りの治まらない顔を冷まそうと、宿に設けられた展望デッキにいた。そこは夜間でも、その大自然の情景を旅行者に楽しんでもらおうと少しだけライトアップされている。寒さに弱い霧子だが、浴衣の上から半纏を羽織り、マフラーを首に巻いている。

 静まり返ったその場所に響くのは、木々が擦れる音と川のせせらぎだけ。すると、そこに加わる一つの足音。


 霧子はその足音を耳にすると、振り返る。そこには同じく浴衣に半纏を羽織った見藤の姿があった。どうやら、残った酔いをさますために冷えた風に当たりに来たのだろう。


 彼は霧子もこの展望デッキに足を運んでいるとは思っていなかったのか、少しだけ驚いたような顔をした。だが、すぐにその顔は彼女を愛しく想うような柔和な表情へと変わったのだった。その表情の変わりように、霧子も少しだけ恥ずかしそうに俯いた。

 見藤は霧子の元へと近づき、隣に佇む。その寒さと暗闇に佇む霧子の姿はどこか儚さを感じられずにはいられないのだろう。彼は先ほどの表情とは打って変わり、眉を下げてしまった。


「ここにいるわ。ちゃんと、」

「……あぁ」


 見藤の不安を感じ取ったのか――、霧子は彼の少しばかり震えていた手を握った。

――冷たい夜風が二人の頬を撫でる。山間から覗く、星々は彼らに笑いかけるように輝いていた。



◇ ◇ ◇


 翌日。見藤が目を覚ますと、冬の朝の冷えた空気が肺いっぱいに広がる。もぞり、と体を動かすとそこにある毛玉の存在に気付く。

 布団の中に入り込んだ猫宮の体温が二度寝を誘う。だが流石に二度寝する訳にもいかず、見藤は無理やり意識を覚醒させる。


「さて、本腰入れるか」


 浴衣からいつもの使い古したスーツに着替えながら、見藤はそう呟いたのだった。


冒頭に登場した「奇妙な風習」

それにつきましては、短編「正月女と師走男」こちらをご覧いただければ幸いです。

ちらっと、若かりし頃の見藤と霧子が登場します。

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