36話目 珍妙バディの大仕事④
ジャリ、ジャリ……、久保と煙谷はしばらく砂利道を行く。
すると、見えてきたのは建物があったであろう跡地。その傍に残る、大きな幹をしていたと分かる切り株。幹の直径として人、一人と半分の身長ほどはありそうだ。
その切り株には、太いしめ縄と紙垂がそのままに残されていた。そして言わずもがな、その姿は雨風によって汚れている。しかし、長い年月を経てもその姿を残しているというのは不思議なものだ。
煙谷は切り株を目にすると、ぴたりとその歩みを止めた。どうやら、ここが目的地のようだ。
「ここだよ」
彼はそう言うと、依頼書なる枯れ葉を切り株の上に置いた。
すると、どうだろう ――。それを合図としたかのように、切り株の上に木霊が現れたのだ。その姿は小さく、人の子どもよりもまだ小さい。
木霊、という認知の影響か。その格好は和装に近く、耳の先は少し尖り人のものではい。そして瞳も人外であると分かるようなもので、その顔つきは中性的だ。
久保がその珍しさから視線を離せずにいると、木霊ははて、と首を傾げた。
『おや、わたくしは幼子に助力を求めたのかしら?それにそちらの怪異は ――、』
「いやぁ、すまないね。ちょっと諸事情で。彼は代理だよ」
『そうなのですね』
木霊から幼子、と呼ばれたのは久保だろう。その事に彼は複雑そうな表情を浮かべる。
時に怪異から依頼を請け負う見藤だが、どうやらその評判は怪異の間では相当広がっているようだ、と久保は思う。こうして「私が依頼したのはお前ではない」と遠回しに言われてしまった。煙谷が助け舟を出してくれたことに感謝しようと、眉を下げる。
煙谷が説明してくれたお陰で、木霊も納得してくれたようだ。
『わたくしの根や株に触れると呪われる、などと言う怪談話のせいで、こちらも迷惑千万被っております。興味本位にここを訪れる人が後を絶たず ――。正直、安眠妨害です』
「それは…まぁ、お気の毒に」
『えぇ、全くです』
久保の言葉に、木霊は強く頷いた。
自然への畏怖の念が、妙なことに歪んだ怪談話として広まったのだろう。大方、誤って伐採された御神木の怨念、などという陳腐な作り話で。
「さて、大仕事。いきますか」
「……え、」
「掘り返すんだよ、この切り株をね。木霊のお引っ越し」
そう言った煙谷から手渡されたのは、彼が肩に担ぎ運んできたシャベルだった。
(え……掘り返すのか、手作業で?この切り株を……??)
手渡されたシャベルを呆然と見つめる久保を他所に、煙谷は煙草をふかし始めた。
「じゃ、頼むよ。牛頭鬼、馬頭鬼」
煙谷がその名を口にすると、彼の背後から地を鳴らしながら現れる異形の者達。
その名に相応しく、牛の頭を持つ鬼と馬の頭を持つ鬼。そのどちらも巨体を生かし、巨大な金棒を担いで ――、と思ったが今日はどうやら御神木の根本の移植のために煙谷から道具を持たされていたようだ。彼らの巨体に見合った、これまた大きな道具を担いでいる。
それはシャベルのようなものだが、地獄で扱う道具なのか。その形状や柄の装飾は、一見風変りだ。それを肩に担ぎ、こちらへと歩いて来るその様子はなかなかにシュールだ、と久保は呆気にとられながら非日常的な光景を眺めている。
すると ――――。
「なんで俺も労働力として頭数に入れられとんねん。神獣使いが荒いんちゃいます?」
いつかに聞いた懐かしい声がして、久保はその目を見開く。それは声の主も同じだったようで、久保の姿を目にすると少し呆れたような。しかし、嬉しそうな表情を浮かべたのだった。
「久保……お前。首突っ込むな言うたに、ほんまぁ。こないな場所におるし」
「白沢!」
声の主は久保の友人であった白沢だ。その正体は、瑞獣と言われる神獣 白澤。現代において悉くその姿を消したと言われていた、生まれながらにして神の一端である神獣。
だが彼は怪異を唆し、怪異の摂理を塗り替え、人魂の輪廻転生を乱した罪人でもある。そんな彼はどうやら、地獄において労働を対価としてその罪を償っているようである。
白沢の文句に対して、煙谷は呆れたように言葉を返す。
「寧ろ、こうやって定期的に現世へ連れ出してやってるんだ。感謝して欲しいくらいだよ」
「……ほんまに、よう回る口やな」
白沢はそう言いながらも煙谷に対して少なからず思うことがあるのか、久保を見やった。
―― 秋口の花火の件然り、今回然り。どうにも、彼は自分達を定期的に引き合わせているように思うのだ。それは、この白沢という姿を得た、久保の認知に関係しているのか。
神獣と言う神の一端に影響を及ぼす、久保と言う人間の認知がどこまで及ぶのか。あくまでも煙谷の興味の対象が故の行動なのか。その真意は分からない。
(ま、ええわ。考えても、しゃあない)
そして、白沢は久保が手に持つシャベルを目にすると、自分の握るシャベルを交互に見やる。
牛頭鬼と馬頭鬼、そして白沢と久保。労働力はこの四名だ。地獄の門番と神獣、そして人間というなんとも珍妙な面子が揃ったのである。
「まぁ、頼むよ。白沢」
「…ぐ、しゃあないなぁ」
自分の他にも働き手がいる、と分かった久保は安心したのか。文句を口にしていた白沢に一言。すると、白沢は渋々ではあるが、承諾の返事をしたのであった。
一方の煙谷。彼は腰を掛けるのに丁度よさげな大きめの石に目を付けた。その石は少し離れた所にあり、そこまでゆったりと歩いて行く。
「それじゃ、頼んだよー」
そう言い残すと、彼はいつもの調子で手を振った。
形容しがたい嫌悪感をその顔にはりつけながら彼の背を見送るのは、久保と白沢であった。牛頭鬼と馬頭鬼は、そんな煙谷の様子などお構いなしに、さっそく作業に取り掛かっていた。
◇
えっさ、ほいさと、牛頭鬼と馬頭鬼のテンポよい掛け声が聞こえる。その掛け声に耳を傾けながら、久保と白沢は慣れない穴掘り作業に善戦していた。
周囲を照らすのは月明りだけだが、偶然にも今日は満月だ。徐々に夜目が効いてきたのか、作業に支障はない。
久保から少し離れた場所で作業をする白沢は人の姿のままだ。どうにも、牛頭鬼と馬頭鬼のような体を形どることはできないようだ。彼の獣の姿となると、四足動物 ―― 例の牛のような、山羊のような不思議な姿になってしまうらしい。
どうにか作業効率を上げられないか、二人で試行錯誤してはみたものの。四足歩行の神獣が、どうにか道具を使おうと四苦八苦する様は、なんともシュールな絵面となった。その光景は神獣という尊厳を守るためには他言無用だろう。
「さ、すがに……少し休憩」
久保はそう言い残すと、地面にシャベルを乱雑に突き刺してその場を離れる。どうやら白沢は人の姿をしているとは言え流石、神獣。その表情を疲労に変えることをせず、汗ひとつかいていない。
久保は通り過ぎざまに、白沢とハイタッチを交わし互いの善戦を称え合う。それは彼に、怪異など何も知らなかった頃の良い友人関係を思い出させるには十分だっただろう。
乳酸の溜まった腕と足を労うように、ゆったりとした足取りで久保は煙谷の隣へ向かう。そんな煙谷はやはりというか、呑気に煙草をふかしていた。
じっとりとした視線を送るが彼は気にも留めず、遠巻きに牛頭鬼と馬頭鬼、白沢が作業をしている様子を眺めている。
久保はそんな彼の隣に腰を降ろした。土埃で服が汚れることなど今更、気にも留めない。すると、煙谷は咥えていた煙草を手に持ち、神妙な面持ちで久保に話し掛けた。
「助手クン、君の名前なんだっけ?」
「え、久保ですけど。なんですか今更……」
まるで気味の悪い物を目にしたかのような久保の視線。煙谷はそこまでの反応をしなくともよいだろう、と肩を竦めて見せた。
「違う違う、名の方だよ」
「祐貴ですけど……」
「ふーん、そっか」
「はぁ……」
久保は煙谷にも分かりやすいように、地面へ自身の名を書いて見せた。すると、それを見た彼は何やら勝手に納得したようだ。
―― 随分身勝手な人だ、と久保は思ったのだが、彼は怪異であった。それも煙という、自由奔放でその時々を移ろうものだ。怪異の性分ならば仕方ない、と言い聞かせて悪態を飲み込む。
すると、御神木の切り株の方から叫び声が聞こえてきた。
「ぎゃーーーーっ、おま、ふざけんな!岩を掘り起こすんはいいけど、こっちに飛ばすな!こちとら、神獣やぞ!」
どうやら牛頭鬼と馬頭鬼、白沢が作業を続行している最中。どうやら、根が深く張る地中で大きめの石に当たったようだ。それを力自慢と言わんばかりに牛頭鬼が勢いよく掘り起こし、その勢いのままに白沢がいる場所まで飛んだようである。
「繊細!!ただの力自慢の鬼と違うんや!もっと丁重に――、」
「おおん?神獣というのは随分と軟弱な生き物だな」
「はぁ!?子牛のくせに生意気やわ!」
向こうで何やら牛頭鬼と白沢が言い争っている。久保は休憩もほどほどに、彼らの仲裁をするべく慌てて走って行った。
その背を見送った煙谷は、再び煙草を口に咥えた。すると、そんな彼の隣。そこにはいつの間にか木霊の姿があった。煙谷は木霊の方を見やることなく、口を開いた。
「人の名というのは面白くてね。名は体を表す ――、神仏の助けを得るという字を使った名を持つ彼には流石の神獣もああなる訳だ」
『なるほど』
煙谷と木霊はそんな会話をしながら、彼らの様子を眺めていた。
―― そこには駆けつけた久保により叱られる、神獣の威厳など微塵も感じさせない白沢の姿があった。




