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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第一章 劈頭編

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5話目 真夏の肝試し、廃旅館の開かずの間③

 * * *


 瞬く間に、肝試し当日。深夜、八十ヶ岳の麓。


 久保と東雲は強張った顔で溜め息をついた。これから、クラスメイトの車で廃旅館へ向かうのだが――集合場所には四人だけ。尻込みした者が次々に欠席し、面識の薄い者だけが残った。


 久保は心の内に悪態をつく。


(き、気まずい……。寧ろ、どうしてこの二人は集まったんだよ……)


 どうやら、東雲も同じことを思ったようだ。ぎっ、と顔を(しか)め、筆舌に尽くし難い表情を浮べている。すると、クラスメイトたちは口々に悪態を付き始めた。


「なんで発起人の白沢が来てないんだよ」

「それな」


 白沢――久保の馴染みの友人だ。久保は、彼が「廃旅館の開かずの間」の怪談を熱心に語っていたことを思い出す。あれだけ興味を示していたというのに、彼は連絡もなく不在だ。


 久保はスマートフォンを確認する。しかし、見藤からの連絡もなく、腹を括るしかなかった。――不穏な予感が胸をよぎる。

 クラスメイトたちは乗車しながら、愚痴を溢している。


「白沢の奴、ばっくれやがったな……。次に会ったらシメとけよ、久保」

「え、僕が?」

「なんだかんだで、白沢と仲いいだろ?」


 車内で下がり続ける白沢の評判。彼を咎める役割を押し付けられた久保は渋い顔をする他なかった。――そうして、車は夜道を走り出す。




 目的地に到着すると、月明かりに照らされた廃旅館が佇む。しかし――、先陣を切って下車する者はいない。

 久保は隣に座る東雲を見やった。彼女は既に何かを感じ取っているのだろうか、完全に沈黙している。さらに、見藤のお守りを握り締めていた。


「軽く探索して帰るか」


 誰かが声を発した。そうすれば集団心理が働いて、皆が下車し始める。――ただ建物の中を見て帰るだけだ。いつの間にか楽観的な思考が広がっていた。


 久保と東雲は目の前に佇む廃旅館を見上げる。暗闇の中に佇む廃旅館の全体像を確認しようとすれば、月明かりだけが頼りだ。

 割れた窓、崩れた壁、錆びた門。いかにも廃墟という風体だ。懐中電灯の光が不気味さを助長した。


 先陣を切って、クラスメイト二人が建物内へ足を踏み入れる。その後を追うように、久保と東雲は続いた。

 すると、クラスメイトが言葉を交わす。


「廃旅館の開かずの間、って――」

「あれだろ? そこに置いてある人形を見ると、呪われるっていう」

「開かずの間だったから、どこにある部屋なのか分からない。けれど、偶然入った部屋が開かずの間――だったら、っていうオチ……」


 それは流行りの怪談話だろう。だが、久保と東雲にとっては異なる意味を持つ。――何も起こらないことを願うばかりだ。


 探索は進む。廃旅館は三階建てだった。足の踏み場がない程に散乱した廃材、座布団や布団と言った生活品の名残があった。そして、肝試しで訪れた者の痕跡だろう。まだ新しいビニール袋や菓子袋、空き缶が放置されている。


 そうして、一行は立ち止まる。


「まぁ……そんなものだよな。心霊スポットって言っても」

「だな、帰るか」


 そう呟くと、クラスメイトは喫煙し始めた。非日常の緊張を解こうとしたのだろうか。

 すると、突然――パキっと、とガラスを踏んだ音が響く。


「「「「!!!???」」」」


 誰も動いていない。それどころか、足元にガラス片はない。――そのことが、あの音は異常だと認識させるには十分だった。一気に血の気が引く。


 クラスメイトは悲鳴を上げた。そうなれば、人間やることは同じ。彼らは一目散に駆け出していた。手から離れた、煙草の火など気にも留めずに。


 長年の雨風により雨漏りの痕跡が残る場所。落ちた煙草の火は水溜まりに浸かる。しかし――、火は消えることなく、炎となり燃え上がったのだ。

 目の前で起きた怪奇。久保と東雲は驚愕の声を上げる。


「なっ――!?」

「なんで!?」


 二人は視た。まるで火をくべるように、集まった黒い靄。何が起きたのか理解する前に、炎は一瞬で燃え広がる。


「やばい……!」

「は、はよう……消防に通報せんと!」

「まずは逃げる!」


 久保は咄嗟に東雲の腕を掴み、一目散に駆け出した。


 ◇


 廃旅館に響き渡る悲鳴。それは外まで轟いていた。

 微かながら耳へ届いた悲鳴に、見藤と煙谷は視線を廃旅館へ向ける。レンタカーから下車した見藤は呆れたように呟く。


「おあつらえ向きだな、こりゃ」


 見藤の目に映る廃旅館。怪異の発生源となりそうな認知の残滓が多く存在している。―― ということは、煙谷の目には数々の霊が視えていることだろう。

 これらの認知の残滓は、漂う霊魂を喰らおうとこの場所に引き寄せられたのかもしれない。早くも調査の一端を垣間見た。


 すると、再び廃旅館の外にまで聞こえる、悲鳴。


「おーおー、やってるねぇ」

「おい、他人事じゃないぞ」


 見藤は呑気な煙谷の感想を諫め、速足で廃旅館へと足を踏み入れる。そこで、次に聞こえて来たのはエンジン音だ。彼ははたと音のする方を見やる。


(久保くんが立ち去るとは考えにくい……。と、いうことは――)


 ――人は咄嗟の行動で本質が露わになる。

 恐らく、久保が言っていたクラスメイトだろう。要するに、彼らは久保と東雲を置いて逃げたのだ。

 見藤は辟易として言い放つ。


「まぁ、目撃者はいない方がやりやすいが……。友達は選べよ、久保くん」


 この場にいない久保へ、アドバイスを送った時だった。


「見藤さん!!」

「うあーーーーん、見藤さぁぁん!!」


 大声で自分の名を呼ぶ聞き慣れた声に振り返った途端、体に衝撃が突き抜けた。見藤は床に押し倒される。――どうやら、パニック状態の久保と東雲が突進して来たようだ。


「君らなぁ……」


 何してんだ、と見藤が口を開こうとした瞬間、鼻につく匂い。何かが燃えている匂いだ。

 倒れ込んだ姿勢のまま。久保と東雲は顔だけを上げて、見藤へ目にしたものを訴える。


「煙草の火が勝手に燃え上がって……!!」

「早う、消防に通報して下さい!!」


 パニック状態に陥っている二人には、何が起こったのか説明する余裕がないようだ。見藤は二人を引きはがし、体を起こす。――焦げた匂いが徐々に強まる。悠長にしている暇はないようだ。


 見藤は少し離れた所に立つ煙谷を見やった。すると、煙谷はこともなげに口を開く。


「火元は二階、突き当りの居間だね」


 彼は不自然にも火元を言い当てる。しかし、煙谷の勘は当たる、と見藤は小さく頷いた。


「二人はこいつに着いて行け。胡散臭い奴だが、俺の知り合いだから大丈夫だ。それと念のため消防へ通報しておいてくれ」


 見藤はすぐさま指示を出し、二階へ向かうため駆け出した。残された煙谷は二人を連れ出そうと、きびすを返す。


「こっちだよ」


 煙谷の言葉に、久保と東雲は戸惑いながらも指示に従った。


 ◇


 見藤は火元と推測される二階の居間へと駆けていた。


 焦げ付いた匂いは濃度を増し、白い煙が徐々に立ち込め始めている。煙たさに鼻と口元を腕で覆いながら進む。

 だが、不思議と火の手は遅いようだ。――今ならまだ鎮火できるかもしれない。


「っ、ここか……!」


 火元に辿り着いた先で視たものは――、ゆらめく炎を食い止めようとする、怪異の姿だった。


 しかし、その怪異の姿は見るも無残な姿だった。両手は細切れでもたげるのに精一杯、顔はなく、目玉ひとつが残るだけの肉塊。――目玉の怪異。人間で例えるなら瀕死の状態だろうか、と憐憫の情に苛まれる。


(こいつは、一体どうして――。こんな必死に火を食い止めているんだ)


 見藤には分らなかった。だが、唯一残った目が悲しみの感情をたたえていることだけは理解できた。


「くそっ……!」


 見藤は悪態をつくと、火元を離れた。


 長年放置されていた布団や毛布を抱えて戻って来ると、それを重ねる。酸素をなるべく遮断し、消火を試みるのだ。しかし、無情にも煙は白から黒へと変わって行く。


 煙草の火、と久保は言っていた。クラスメイトの軽率な行動による火災だろうと、結論付ける。見藤は心の中で大きく悪態をついた。


(まずいな……。ふざけやがって、クソガキ共……!)


 焦りと苛立ちから、無意識に奥歯を食いしばる。視線を下に向ければ、目玉の怪異が必死に火元を抑えようと片腕をもたげている。


 恐らく、目玉の怪異は昔、人々から祀られた怪異だったのだろう。人々の信仰に応えようと健気に人を守り、神と称される怪異もいる。しかし、ここは既に廃旅館。彼は認知や信仰の力を失い、消滅を待つだけの怪異なのだろう。


 現在に至るまでの不幸に、目玉の怪異以外の存在がいたとして。その存在が悪霊の類なのだとすれば――、この怪異が人々の信仰に応えようと、最後の抵抗を見せることに頷ける。


 見藤が必死に鎮火しようとするが、火の手は上がる。それどころか、煙によって徐々に意識が朦朧とし始めた。


 そのときだった――。


「かはっ……!」


 突如、首を掴まれた感覚が見藤を襲った。そのまま後方へと引きずられ、強烈な力で床に叩きつけられる。ガラスの破片が散らばる固い床に体を強く打ち付けた。受け身など取れるはずもなく、見藤は全身に広がる鈍い痛みに呻く。


 悪霊の仕業なのだろう。しかし、霊をその目に映すことのない見藤に抵抗する術はなく――。


 目玉の怪異が、慌てて見藤の元に這いずって来る。彼は「ピー、ピー!」と、か細い声を上げながら喚いている。――大方、気を失うなとでも言っているのだろうか。

 自身が消滅しかけていても、人を心配する目玉の怪異。そんな彼に、見藤はふっと目を伏せて、少しだけ笑った。


 そうして、見藤は意識を手放した。


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