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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第四章 百物語編

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35話目 ハッカイの箱②


 そうして、見藤が試着を終えると再び来客用ソファーに案内された。そこでようやく来栖から店員に交代し、見藤は再びカタログを見せられた。


「他にも追加オプションなどございますが、如何されますか」


 店員からそう尋ねられ、見藤は少し考える。すっと指を差したのは、とあるボタン。


「……袖口のボタンだけ、これにできますか」

「本水牛ボタンですね。畏まりました」


 水牛のボタンというのは天然素材ならではの独特の風合いがあり、一つひとつの模様が少しずつ異なっている。その様は何とも言えない魅力を醸し出しており、高級品と謳われるに相応しい。

 そして、ジャケットの袖口というさり気ない所に見えるのも見藤にとって好ましいのだろう。彼はそれを追加オプションに選んだ。


「それでは二か月、仕立てに頂戴しますので。出来上がり次第、ご連絡させて頂きます」

「はい」


 言葉を交わし、会計を済ませる見藤を見つめる霧子はどこか満足そうだ。

 見藤は後ろを振り返り、依然不慣れな自分を見守る来栖に眉を下げて礼を言う。


「すまんな、来栖。時間を取らせた」

「いえいえ。―― その代わり、と言ってはなんですが……」

「うん?」


 見藤の言葉に、にこやかに笑みを返す来栖だったが、どうやら今までの彼の行動は打算的な善意だったようだ。


 寧ろそちらの方が見藤からすれば好ましいのだろう。ふっと、短く息を吐いたかと思うと口元は笑っている。

 一方、そんな彼らに霧子は少しだけ頬を膨らませる。


 そう、仮にも二人はデート中だ。横やりは遠慮願いたい。だが、来栖の雰囲気が変わったことを感じ取ったのか ――、今回は霧子に許されたようだ。

 見藤がちらり、と霧子へ視線を送ると「仕方ないわね」と素っ気なく返されてしまった。


 そんな彼女の返答に、傍からその様子を見ていた来栖は申し訳なさそうに眉を下げた。そうして、遠慮がちに口を開く。


「少し、相談事を聞いてくれますか?」

「あぁ、構わない」


 彼にはここまでしてもらったのだ、断ることはできない、と見藤は二つ返事で了承した。


 その答えを聞くと来栖は、ほっと胸をなで下ろしていた。あの胡散臭さを微塵も感じさせない彼は年相応の青年に見えた。

 すると、来栖は再び店員に何かを言いつける。すぐさま奥の方から別の店員がこちらに小走りでやって来た。そして、来栖と共にどこかへ案内されるようだ。



 店員に案内され、場所を移したのはこの店舗の上の階層。その部屋は明らかに店舗の内装と異なっており、そこは訪れる人を選ぶ――、要はVIPルームというやつだ。


(これは流石に帰りたいっ……!)

「あ、帰りたいだなんて思わないで下さいね」

「…………」


 思わぬ来栖からの言葉に肩をびくつかせたのは言わずもがな見藤ただ一人だ。


 霧子は平然としており、来栖からの賄賂であるアフタヌーンティーを楽しそうに嗜んでいて、ケーキタワーに並べられた小ぶりなスイーツを順番に食している。


 どうやら、来栖はこういう対応にも手馴れているようだと見藤は推察する。触れないでおこうと思っていたのだが、ここまで顕著に住む世界の違いを見せられれば、見藤の目はさらに懐疑的になるというものだ。

 そんな見藤の視線を感じたのか、来栖は肩をすくませた。


「今まで通り接して下さい。こちらも、その方がやりやすいので」

「……そうか、分かった」


 見藤の返答に彼は嬉しそうに頷いた。すると、今度は少し困ったように眉を下げたかと思うと、じっと見藤の目を見据えた。


「今回の件、依頼しようか悩んだのですが……」

「珍しいな、お前が」

「ふふ、そういう時もありまよ」


 怪異に関連すると思わしき事象があれば何かと見藤を頼る来栖からの思わぬ言葉に、見藤は珍しいこともあるものだと、少しだけ眉を下げた。

 そうして来栖は一呼吸置くと、その表情を神妙な顔つきに変え、口を開いた。


「うちが管理する物件のうちに、最近退去した住人がいまして。その住人が捨て……忘れたのか、意図的なのか。分かりませんが」

「はぁ」

「どうにも、()()()()()()を置いて行ったみたいなんですよ。自分が手に負えなくなった、という線もありますけどね」


 捨てて行ったという言葉を慌てて言い直した来栖に、見藤は思わず間の抜けた相槌を打ってしまった。よくないもの、という言葉を耳にして今度は自身の膝に前屈みになり頬杖をつく。

 そして、来栖は両手で何やら箱のような形を表して、大きさを見藤に示そうとする。


「四方……、これくらいの大きさで、寄せ木細工の箱に仕掛けを施したものです。模型ですかね?その人は造形作家とでも言うんでしょうか、若しくは職人だったのかもしれませんが。――コトリバコ、ってご存知ですか?見藤さん」

「知らんな」

「えっ」


 間髪入れずに返答した見藤に驚きを隠せない来栖。そして、そんな彼に今度は見藤が訝しげに首を傾げたのであった。


「何を驚いてる」

「いや、それなりに有名な話ですよ? えぇ……?」

「少なくとも俺は聞いたことがない」

「ま、まぁ……とにかく、それを模した箱だと思うのですが、どうにもよくない物のようで」


 見藤の返答に困惑の色を隠せない来栖は、話の滞りを切り替えるように首を横に振った。そして、おおまかに事の経緯を説明する――。



 捨て置かれたその箱は、寄木細工に仕掛けを施したものだった。要は昔にあったような木箱でできたパズルのようなものだ。

 何故、そのようなものを置いて退去したのか、いぶかしんだ従業員が退去した住人に連絡を取って引き取るように促した所、それ以来連絡が途絶えた。


 そうなると、必然的にその箱は一旦事業所へと持ち帰らなければ、次の入居者がその部屋を借りることができない。箱の処分をどうしようかと考えてあぐねていた所、異変が起こったという。


 始まりは従業員の体調不良。その日はひとり、ふたりの女性従業員が。そして、翌々日はまた別の女性従業員が体調不良にて欠勤。流行感染症の蔓延なども疑ったが、どうにも症状はばらばらで、感染症検査も陰性結果ばかり。

 従業員皆が不思議に思っていると、どうにもホラー映画好きな従業員があることを言い出したというのだ。


――――あの箱って、コトリバコに似てますよね。


 すると、その日を境にさらに状況は悪化したという。度重なる体調不良に休職を余儀なくされる人、女性特有の重病が見つかり治療のために退職する人、そして続く体調不良の欠勤者。その全てが女性だったというのだ。


 そうなれば、事業を取りまとめる来栖の元へその話が伝わるのも必然。その報告を受けた彼は、すぐさまその箱を自身が回収したという。するとどうだ、その体調不良の連鎖はぴたりと止まったという。



 日頃から不思議な事象が起こると、怪異との関連性を疑い見藤の元へ依頼を持ち込む来栖のことだ。今回の一件もおおよそ、その手の事象だとすぐさま目算を立てたのだろう。


 そして、そのコトリバコ――。来栖はその怪談話を知らぬと言った見藤に丁寧に説明する。おおよそ、彼なりにその手の話を調べたのだろう。

 さらに、例の箱によってもたらされる不幸は女性に限定されているという点も、その都市伝説に合致している。


 来栖の話を聞き終えた見藤は姿勢を変え、顎に手を当てて考える仕草をした。そうして彼から聞かされたコトリバコ、という都市伝説やそれにまつわる話を自身の中で咀嚼する。


「ふむ、それに似た因習があるのは知っている。それを踏襲したものを作り話にして流布した線が濃厚か……?」

「それは一体どんな話なんです?」

「……いや、止めておけ。気分が悪くなる」


 それは大昔、子どもを間引く因習があったというのだ。それも生まれて間もない子どもを。その臍の緒だけは壺に入れて地面に埋めてしまうというものだ。

 その話をベースにしたのか、そうでないのか。それは与り知らぬことである。


 見藤の制止に来栖は怖気づいてしまったようだ。少し前のめりになった姿勢を正している。


 しかしながら、そのコトリバコ。作り話と一蹴してしまうには些か疑問が残る。実際、その地方でこの手の話をすればおおよそ「 ――あぁ、あの話ね」という反応が返ってくると言うのだから地味に薄気味悪い代物だ。

 見藤は脳裏に思い出した話と、来栖が話した都市伝説の内容を咀嚼する。


「だが、そのコトリバコとやらに集団認知が集約され形を成せば……それは最早、新たな怪異――というより、呪物になるだろうな」

「……成程。その認知、というのは物質にまで影響があるものなんですか?」


 来栖の問いかけに見藤は首を横に振った。


 偶然捨て置かれたただの木箱が「コトリバコである」という認知を得ただけではそのような不幸は起こり得ないだろう。

 見藤は少し前に完遂したはずの、呪詛が込められた指輪の件を思い出していた。ひょっとすれば少なからず、関連性があるかもしれない。今となってはそれを知る術はないのだが。


「いや、恐らくだが――、全てがそうじゃない。模造品でも造られた時点でそもそも呪詛が掛けられていれば何かしらの影響力を持つ。その呪詛が集団認知の力を引き寄せ、取り込み、箱自体が媒体となったのだとしたら……新しい呪物の完成だ」


 見藤の小難しい話を来栖は真剣に聞き入っている。どうやら彼は怪異や心霊現象だけでなく、こういった呪物にも関心があるようだ。見藤は念のため、深入りはしないよう釘を刺しておいた――。



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