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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第四章 百物語編

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34話目 よすがの指環②

 

 そうして場所は変わり。そこは久保と東雲が通う大学構内の食堂。

 いつものように、東雲は友人 ――、西方にしかた 叶奈子かなこと昼食を摂り終え、女子特有のなんら脈絡のない話に付き合わされていた。

―― と言っても、東雲自身も嫌ではなく、時間が許す限りは会話を楽しんでいる。


 すると、隣に座る西方が東雲に声を掛けた。


「そう言えば、最近……雰囲気変わったよね?」

「ん?」

「あかりのこと」


 西方から掛けられた言葉。それは東雲のヘアスタイルなどを指しているのだろうか。


 東雲は綺麗に切り揃えられた項に続く手前の刈り上げた髪を少しだけ触る。そのままの流れで、伸ばしている顔周りの長い髪を耳にかけた。

 すると、きらりと光るビーズを装飾したピアスはまるで彼女の芯の強さを表しているようだ。



 西方はそんな東雲を、頬杖をつきながら眺める。そうして、想いを馳せる ――。


 東雲とは入学当初からの付き合いだ。出会った当初は髪の明るさからは想像つかないような大人しい雰囲気をまとっていた。だが、アルバイトを始めたと言っていた時期から少し経ち。


 東雲はとても明るくなった。彼女が話す言葉も、出会った当初は方言を直していたのだが、それも時間が経つにつれて地元の言葉がよく出るようになっていった。

 東雲が恋をしている、と勘づいたのは必然だった。



 そうして、起こった例の暴漢事件。西方は心から東雲を心配した。

 東雲と会えない日々の中。SNSで拡散されていた動画越しに目にしたのは、東雲の想い人だ。そして、どうにも叶う事のない恋をしているのだと思い至る。東雲を案じれば、西方の心は自ずと締め付けられたのだった。


 西方はそう言えばと、視線を上げた。何か思い出すことがあったようだ。


「あと、流行りで言えば縁切り神社なんだけどさ。未だブーム健在って感じ」

「あぁー……」

「あっ、そっか。あかり、実家が神社だもんね。少し複雑かぁ。流行ると忙しくなる?」


 東雲の適当な返事に、はたと思い当たる事があった西方。その次には、何やらスマートフォンを片手に操作を始めた。目線は手元に注がれ、口だけがせわしなく動いている。


「今、縁切り代行なんてのもあるみたいだよ」

「なんじゃそりゃ」


 素直すぎる東雲の返答に、西方は少し困ったように笑った。

 西方は頬杖をついた手を入れ替える。傍に置いていた飲み物を口にして、話の続きをする。

 東雲はそんな彼女の話を懐疑的に聞いていた。


「なかなか縁切り神社に行けない人向けに、縁切り祈願を代行してくれるってやつ」

「怪しすぎるわ、そんなん」

「それがさ、なかなかに流行ってんの」


 そう断定的に話す彼女に、東雲は少しだけ眉を寄せた。西方の話題には思い当たることがあったのだ。

 お伊勢参りなどの歴史をみても、参拝代行は昔からとても有名であったと記憶している。そして、それは現代においても代行サービスとして何らかの形を残していたはずだ。

 しかしながら、それを縁切り祈願というものにまで踏襲するとは ――。


 東雲が嫌でも思い出すのは実家である神社で体験した ――、死を以って縁切りを望んだ人の成れの果てに襲われたこと。思わず、背筋に寒気が走った。


 そんな東雲の胸中などつゆ知らず、そう言って西方から見せられたのは彼女のスマートフォン。そこには代行業者の口コミと思わしき評価の数々。そして、料金プラン。


「代行でもちゃんと祈願を聞き届けてくれたって、ほら」


 西方はそう言って、笑みを浮かべている。

 画面上には「ブラック企業との縁を切ることができました。退職後に倒産したと聞きました」と言ったものや、「暴力的な元カレとの縁を切ることができました。」など。

 一見すると縁切り祈願によって得た幸運 ―― なのであろうが、なんとも言い難い違和感があり、首を傾げたくなる内容だった。


「あー……あんま、のめり込まへんようにね」


―― それは東雲ができる精一杯の忠告だった。

 見藤から説明された怪異・心霊現象を娯楽とする時期外れの流行。それはこうした神社への参拝、といったことも当てはまるのだろう。


 そして、友人の西方も出会った頃は、このような話題に興味も示さなかったと、東雲は記憶している。信心深い訳でもなければ、オカルト的な話が好きな訳でもない。ただ単に「流行しているから」―― この言葉に尽きるだろう。

 東雲はなんとも形容しがたい感情を抱くことになったのだった。


 そんな東雲の胸中などお構いなしに、西方は爆弾を投下する。


「あ、でさ。どうなったの?」

「うん?何が?」

「あかりの好きな人。その後の進展」


―― 東雲は思わず、お茶をむせ込んだ。

 げほ、げっほ、と気管に入りかけた水分をこれでもかと追い出す。咳き込んだためなのか、思わずして尋ねられた想い人のことが原因なのか。東雲の顔は熱を持ったかのように赤い。


 そんな醜態を少しでも誤魔化すべく、東雲は口元を覆いながら平然を装って逆に質問を投げかける。


「はい?何の事デスカ?」

「えー、とぼけんの?」


 西方の目は本気だった。―― そうして、東雲は洗いざらい吐かされたのであった。


 暴漢事件の折に借り受けたジャケットのこと。東雲と同じように助手のアルバイトをしている久保が体調不良で入院となり、見舞いに同行したこと。

 その見舞いの前には、久保の快気を願って見舞いの品を一緒に選びに行ったこと。そして、途中まで一緒に帰路についたこと。

 久保の体調が自宅で急変したことにより、今まで東雲と連絡手段を持っていなかった事を案じて、雇い主の電話番号を渡されたこと。


―― 雇い主と助手の関係。

 なんら、おかしなことは何もない。まるで問い詰めるような西方の視線に、東雲は思わずさっと視線を逸らした。

 そんな東雲の態度を受け、西方は問い詰めるように言葉を発した。


「は?なーんにもないの?」

「ないわ」

「番号渡されたのに?」

「それは悪用しちゃいけません。業務連絡用デス」

「悪用って」


 未だ、西方と目線を合わせようとしない東雲。手汗が気になるのかハンカチで手を拭いて、挙動不審を気取られまいと不器用ながらも取り繕っている。

 西方は再び、言葉を発する。


「ほんとに、そう思ってる?」

「………………まぁ」

「まぁ、あかりが言うなら。そう言うことにしとく」


 何とも歯切れの悪い返答をする東雲に、西方は埒が明かないと諦めたのか。小さく溜め息をつくと、別の話題へと食指が動いたようだ。そのことに東雲は安堵した。


 西方は再びスマートフォンを操作すると、異なったページを東雲に見せる。


 そこに表示されているのは、女性が好みそうな可愛らしいデザインや洗練されたシンプルなデザインが施された指輪の通販サイト。それはどうやら個人が制作、販売を行っているようだ。

 西方は笑みを溢しながら、東雲に尋ねる。


「これ、可愛いと思うんだけど」

「指輪?」

「そう、ピンキーリングとか色んなデザインがあってさ。指輪って願掛けにもなるよね?」

「あー……そういうのは、」

「もう!!頑張れ、あかり!」


 この子は何を一人で盛り上がっているのだろうか、と東雲はどこか他人事のように遠い目をしていた。


―― 時に、善意による人のお節介というのは多大な迷惑となる。と言っても、西方は東雲の恋の成就を願うのだろう。


 すると、西方は再びスマートフォンを操作し始めた。東雲に見せたのは、会場の地図と日付が書かれた、色とりどりのポップなページ。それは、個人出店が一堂に会するイベントのようだ。

 

「まぁ、この指輪のシリーズ。可愛いから普通に私も欲しいんだよね。どう?あかり」

「へぇ、確かに可愛いかも」

「でしょ?確か、来週末開かれる小規模フェスに出店するらしいからさ、一緒に行こう?」

「うん、ええよ」


 楽しそうに画面を眺める友人からの誘いに、東雲は二つ返事で快諾した。

 こうして、二人の楽しい予定が決まったのであった。




* * *



 ピコン、と通知を知らせる音が静かな部屋に響いた。

 それは通販サイトから自身の作品が購入されたことを知らせるものだ。男は作業をしていた手を止め、品を確認する。梱包作業は後回しにしよう、そう思いスマートフォンを置いた。


 男はそうして、再び作業に戻る。あと少しすれば、出店準備も終わる。今はなるべく多くの作品を作らねばと、手を動かす。

―― 自分と同じような境遇の人を、仲間をつくるために。



 不況のあおりで解雇され、転職をするも上手くいかず。その流れのまま、当時交際していた彼女からは将来性がないと一方的に別れを告げられた。そんな折に学生時代の友人から届く結婚報告メッセージ、なんてことのない友人たちの会話。自分はアルバイトで食いつなぐ日々だというのに。


 次第に、それら全てが耳障りに感じるようになった。それは妬みやそねみといった負の感情だったのだろう。次第にそれは大きく膨らみ、その負の感情から抜け出せなくなって行った。


―― 自分だけが苦しいなんて許せない。他人への敵対心ばかりが色濃くなっていく。そして、苦しみながら生きる人は、同じく苦しむ人を称賛する。傷の舐め合いというやつだ。


 では、どうすれば同じ土俵に相手を引きずり込めるのか。ほんの出来心で、最近観た流行りのホラー映画に出てきた寄木細工を模したものを作ってみた。確かそれは、《《呪物》》として扱われていた物だ。


 もともと手先が器用なこともあってか、それは映画の小道具さながらの出来栄えだった。そして、世は空前のホラー映画、怪異、心霊ブームへと少しずつ移り変わって行った。


 これは好機と言わんばかりに作品を作った。しかし、評価は今一つ。模造品と分かっていても、気味の悪い物を買う物好きはその界隈の愛好家だけだろう。その鬱々とした感情も、積もり積もっていく。


 転機が訪れたのは、ほんの些細なことだった。荒れた部屋の片隅に放り投げられていたリングケースを目にしたのだ。気まぐれにそのケースを手に取り、開けた。

 そこにあるのは、歪んだ指輪。昔、聞くに堪えない言葉でこの指輪を投げ捨てられたことを思い出してしまった。そこで、はたと思いつく。

―― この鬱々とした気持ちをぶつけるもの。それを見つけたのだ。


 手始めにシルバーアクセサリーを作ってみた。アルバイト先の同僚に見せると、なかなかに好評だった。それがお世辞でもなんでもよかった。

 気分を良くして、そのアクセサリーを彼に譲った。するとしばらくして、ふとした瞬間に違和感を抱いた。心なしか彼の顔色が悪いような気がしたのだ。気付いた時、彼はアルバイトを辞めていた。


 そうして、また新たなアルバイトが人員補充された。会話のきっかけなんて、なんでもよい。身に着けていた自作のシルバーアクセサリー、それについて尋ねられたのだ。

 趣味で自作していることを伝えると、やはり好評で自分にも作って欲しいと言われた。すると、アクセサリーを渡してから彼はアルバイト中に転倒や、階段からの転落などの事故に遭うことが続いた。気が付けば、彼はアルバイトを辞めていた。


 そう言ったことが続けば、仮説を立てたくなるものだ。作品に込める鬱々とした感情、それが他人へ影響しているのかどうか。


―― そうして男は今日も作品を作り続ける。


登場人物の名前を考えるのが苦手すぎる。



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