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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第四章 百物語編

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34話目 よすがの指環


 突然の煙谷の来訪に怪訝な顔をしたのは見藤だけではなかった。同じように扉の付近に佇む斑鳩も同じような表情を浮かべていたのだ。

 それもそのはず。怪異を視認するが故に目が良いと言う見藤でさえも、煙谷が怪異であると最近まで見破れなかったのだ。それを斑鳩がその正体に気付くと言うのは少しばかり無理がある。


 人に友好的な怪異程に人と大差が無くなる、という認知と煙々羅という怪異の認知も関係しているのだろう。

 そもそも煙々羅は移ろう煙の中にその姿を視る事のできるような、心に余裕を持つ人でなければ視えないとする説や、視える人は心の美しい人であるという説もあるほどだ。

 しかし斑鳩は ――――、


「お前か、怪異の祓い屋っていうのは」


と、言い放ったのだ。


 斑鳩の言葉を受けた煙谷は恨めしそうに見藤を見やる。どうやら見藤が先の神獣白澤が引き起こした事象について、煙谷の正体をキヨへの報告に挙げたと考えたらしい。そして、この男はキヨからその情報を買ったのだと。

 濡れ衣を着せられた見藤は憤慨したように眉をひそめた。


「俺は報告に挙げていない」


 ぶっきらぼうにそう言い放つと、ソファーから腰を上げて胸の前で腕を組んだ。隣に座る霧子はそんな彼を見上げていたが、これから起こるであろう一悶着を察したのか「それじゃあね」とだけ言い残し、神棚へ還って行った。


 見藤はそれを見送ると、斑鳩と煙谷が立つ扉の方へ向き直る。見藤が霧子を見送っている間に、斑鳩と煙谷は何やら言い合っている。


「まぁ、キヨさん程ではないが……うちの情報網を舐めてもらっちゃ困るな」

「ふぅん。ま、権力のイヌなんて僕には関係ないからね」

「…………」


 煙谷の嫌味に返すことばを斑鳩は持たないようだ。どうにもこうにも、見藤以上にこの二人は馬が合わないらしい。


 人の世に居着いている煙々羅 ――、煙谷と怪異が引き起こす事件・事故に目を光らせている斑鳩。この二人の馬が合わないのも当然と言えば、当然のことなのかもしれない。さらに、斑鳩の性格と煙谷の煙のように移ろう飄々とした性分ではぶつかり合うのは最早必然だ。とんだ初対面の場となってしまった。


 見藤はしばらく立ち上がったまま動こうとしなかったのだが、斑鳩と煙谷の一触即発の様子を見てようやく扉の方へ足を進めた。

 煙谷の嫌味を受けた斑鳩は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、見藤を見やる。


「おい見藤。こいつ、どうにかしろ」

「俺に話を振るな……、面倒だ」


 斑鳩の言葉に見藤は首を横に振った。斑鳩は煙谷を指差し、辟易とした表情を見せている。だが、「どうにかしろ」そんな頼みは悪友と言えど、聞き入れることはできない。

 怪異とは言え、煙谷は人の世に悪い影響を及ぼしている訳ではない。寧ろ、悪霊の回収、未練ある霊をあの世へ導く役目を持つ獄卒であるため、見藤の一存で行動を制限するようなことはできない。


 そんな二人の様子に、今度は煙谷が「やれやれ」と言わんばかりに溜め息をついたのだった。


 見藤は斑鳩にそろそろ帰るよう促す。―― 煙谷がわざわざ事務所を訪ねて来たということは、何かしらの厄介事も持ってきたのだと想像に容易いからだ。

 見藤の申し出に、斑鳩は仕方ないとでも言うように首の後ろを乱暴に掻く。そして、見藤に別れの言葉を掛ける。


「そうかよ。またな」

「あぁ」


 軽く別れの言葉を交わすと斑鳩は背を向け、事務所を後にしたのだった。


 そして、残された見藤と煙谷は――。


「で、本題。僕としては助力を求めるのはしゃくなんだけど……。これ、どうにかできそう?」

「何だ、これは」


 煙谷の余計な一言は無視するとして――。そう言って煙谷が見藤に見せたのは、流行りのデザインが施された指輪だった。ころん、と煙谷の手の平に転がった指輪が三つ。


 しかし、見藤の目には違った様相が視えていた。その禍々しい痕跡はのろいだ。

 だが見藤のようなまじないを常日頃から扱う者が視れば、そののろいは見るに耐えない完成度、と表現するのが相応しいだろう。どちらかと言えば、指輪に込められた呪詛のような類だ。それは言わずもがな、人の不幸を願うものだ。


 指輪に込められた不完全で不自然なのろいを目にした見藤は顔をしかめ、煙谷を見やる。すると、彼はいつものように飄々と言ってのけた。


「遺品だよ。最後までこれを身に着けていたらしい」

「遺品って……、」


 遺品というには若々しいデザインの指輪に見藤は眉を寄せた。恐らく、彼の抱いた違和感は的を射ている。


「全員、若い自殺者だった」


 煙谷は表情を変えることなく、そう言った。その言葉に見藤は指輪の呪詛と自殺者という言葉に妙な繋がりがあることに気付き、奇妙な感覚を覚えたのだった。


 おおよそ、若い自殺者の遺族が故人に一体何があったのか、何を思って自死を選んだのか、それを知りたいと願い煙谷の元を訪れたのだろう。しかし、煙谷の視たものは遺族が望んだものではなかったはずだ。


 どういった経緯で遺品となった指輪を遺族から預かったのか定かではないにしろ、その指輪が招いた不幸が自死に繋がったと言っても過言ではないだろう。それほどまでにこの指輪に込められた呪詛は色濃い。

 

 煙谷は辟易としたように口をへの字に曲げたかと思うと、その次には口を開いた。


地獄こちらとしても困るんだよね。まだ天寿を全うしていない寿命残しが自殺となると ――、獄卒(僕ら)が回収するまで現世に留まり、延々と死の瞬間を繰り返すのが関の山だ」


 仕事が増える、と呟いたのはなんとも煙谷らしい言葉だった。それは聞き取り手によれば人の神経を逆なでしかねない。斑鳩を先に返しておいて正解だった、と見藤は内心数分前の自分を褒めておく。


 それにしても死の瞬間を繰り返すなど、なんとも背筋が凍るような話だ。だが見藤にも思い当たる節があるため、何も言うまいと無言を貫いている。

 すると、煙谷は先程と打って変わって、意気揚々と口を開く。


「因みに、もう一つある」

「……それも遺品か?」

「いや、これは檜山が持っていた。そう彼女、相変わらず何も影響を受けていない」

「はぁ!?」


 見藤は思わず声を上げた。どうやら煙谷のビジネスパートナーである記者、檜山は霊障だけでなく呪詛の類であったとしても、不幸をものともしないようだ。彼女の特異体質は見藤であっても驚きを隠せない。


「驚くよねぇ、僕も見たときは驚いたものだよ」


 面白おかしそうに話す煙谷は珍しく口角を上げたのだった。

 しかしながら、煙谷の元に集められた呪詛を伴う指輪というものが、こうも短期間のうちに複数あるのは明らかに不自然 ――、見藤が抱いた疑問に答えるのは煙谷だ。


「どうにも、この指輪が流行っているみたいだ」


 流行というのは侮れない、見藤は身を以って体験している。思わず眉間に皺が寄るのも仕方がない。眉間に深い皺を刻みながら、見藤は口を開く。


「……無意識に呪詛を物に込めるなんて不可能だろう。それに指輪なんて、意味があり過ぎる」

「意図的だろうね」


 見藤の言葉に珍しく煙谷が同意する。

 そもそも、指輪という身に着けるものに呪詛を込めるなど、造り手の悪意がなければ成立しない事象だ。それに指輪という意味深い物を選んだことも、作り手の薄気味悪さを感じさせる。


 指輪ははめる位置によって願掛けのような意味を成すことは有名だ。さらに言えば『指環』としたときには「まるく巡って終わりがない」、「円環」という意味合いを含むことから、家族や夫婦、恋人、友人など「大切な人との絆」や「繋がり」を示すという見方があるのだが、それを呪詛に置き換えると ――。


「呪詛が巡り、不幸が人の繋がりを辿り巡る、に置き換えられるな」

「うわぁ、最悪。芋蔓式ってやつ?」


 呑気な煙谷の感想に、見藤は溜め息をついた。

 そして、さらに言えば指輪というのは体を巡る「気」をせき止める、というスピリチュアル的な考えもある。それに置き換えれば「不幸を体の中にせき止める。」という意味合いにも捉えることができる。


 見藤は煙谷からの依頼内容を口にする。


「俺にその指輪の回収をさせたいのか……。どの程度の数が出回ってるのか、分かるか?」

「あぁ、数ならまだそこまで多くないらしい」

「らしい?」

「どうにも自作のようで、数を作るには時間がかかるみたいだ」


 恐らく、煙谷は檜山からこの指輪をどこで購入したのかなど、詳細を聞き及んでいるようだ。何かを思い出すような仕草をしながら、首を捻っている。

 しかし、どうにもいい加減な記憶のようで明確な答えはでなかった。そんな煙谷に呆れたように見藤は眉を下げた。


「はぁ……。まぁ、回収に当たってみるが、」

「え、何。えらく素直だな。気味が悪い」

「おい……、なんなら拒否してもいいんだぞ」


 じろりと見藤は煙谷を睨み付けるが、彼は相変わらず飄々と肩を竦めるだけだった。

 そんな煙谷の態度に呆れながら、見藤は額に手を当てて少し首を横に振る。それはあくまでも煙谷から助力を求められたから、というのを否定した仕草だった。


「キヨさんからの依頼で類似した内容があったまでだ。多分、その件だろう」

「あ、そうなの」


 見藤がちらりと事務机の書類の山を見やり、それに煙谷もつられる。書類は所々に付箋が貼られており、どうやら依頼を遂行する目処を立てていたようだと煙谷は思い至る。


「え、あの書類の山全部?相変わらず容赦ないねぇ。お前もさ、さっさと解決しなよ」

「あのなぁ……お前と違ってこっちは生身の人間だぞ。疲れもするし、休息も必要だ」


 やや憤慨したように胸の前で腕を組んだ見藤に対し、軽口を言ってのけた煙谷。―― それにしても、煙谷の反応から鑑みるに。キヨから斡旋された依頼、書類の多さは彼に割り当てられた数とは比べ物にならない程多いようだ、と見藤は思い至る。

 流石の煙谷も、斡旋された依頼の多さに辟易とした表情を浮かべていた。


 そうして、煙谷はそろそろ事務所を後にするようだ。大雑把に手を振りながら、扉の取っ手に手を伸ばす。


「あの婆さん……何をそんなに急いでるんだか」


 ぽつり、と呟いた煙谷の言葉は見藤の耳に届くことはなかった。


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