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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第四章 百物語編

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29話目 件の如し③


 猫宮が姿を消してからしばらく――。

 見藤は事務所の隅にしゃがみ込んで何やら作業をしていた。霧子はというとソファーに座り、紅茶を飲みながら優雅に猫宮の帰りを待っている。


 見藤が作業する床には、四角い箱の形に折られた植物の葉が置かれている。葉の箱の中には、色とりどりの植物が入れられていた。

 それは方角を表すと共に、それに伴った色をした植物を入れるものだ。東であれば青、南であれば赤、西であれば白、北であれば黒といった具合だ。


 葉の箱を見藤は五つ。事務所内を取り囲むように、四隅へと時計回りに置いてゆく。それは五つあるため、残り一つは見藤の居住スペースの扉を開き、そこへ置かれた。


 そうして最後にことり、と小さな音を立てて床に置かれたのは香炉だ。香炉はころんとした鈴のような形をしており蓋の部分と香を焚く上下部分に分かれていて、火はまだ焚かれていない。

 香炉は事務所の中心に置かれた。見藤が先程まで作業をしていた葉の箱が、それぞれ直線で結ばれると星状の中心位置にある。


「さてと」


 短くそう呟くと、香炉を置いた姿勢から腰を上げ、香炉を前に立つ。目を瞑り、祝詞(のりと)を唱え始めた。


 祝詞を唱える最中に五回、手を叩いた。パン!と乾いた破裂音が事務所内に響き渡る。見藤の祝詞を唱える声が心地いいのか、霧子は目を閉じて聞き入っている。


 すると、不思議なことに隅に置いた葉の箱から煙が上がり始めたのだ。火元はないはず。その煙は中央に置かれた香炉に吸い寄せられて行き、終いには香炉の中に収まってしまった。


 鈴のような形をした香炉に煙が収まっていく中、蓋の部分はカタカタと音を鳴らして震えている。そうして、しばらくすると隅に置いたはずの葉の箱は(すす)となって消えてしまった。


「こんなものか。煙たくなる(まじな)いはあまり使いたくないな……。げほっ」


 見藤は咳き込みながら呟くと、葉の煙を吸い込んだ香炉を手に取った。香炉の隙間から中を覗けば、白い煙がまるで蜷局(とぐろ)を巻くように充満している、なんとも不思議な香炉だ。


「お疲れ様」

「あぁ」


 霧子の労いの言葉に短く返事をすると、香炉を事務机にことり、と置いた。


 これで、(くだん)を迎える準備は整ったのだ。

 件を探し出そうとする呪いの類から、その姿を隠す。姿隠しの覆いはこうして為遂(しと)げられたのであった。

 あとは猫宮が件を連れ帰るのを待つだけだ。



「帰ったぞ」


 そうして、猫宮はぴったりに半刻に帰って来た。

 猫宮の声を聞いた見藤はソファーから立ち上がり虚空を視た。すると、ふらっと火車の姿を惜しげもなく晒しながら、猫宮が戻って来たのであった。


 霧子もその姿を確認しようと、読んでいた雑誌から視線を外す。ちらりと、視線をそちらへ向ける。


 猫宮はその口に子牛を咥えている。「そんな横暴な運び方はないだろう」と、半ば唖然としている見藤の表情は猫宮にとっておもしろいものだったのだろうか。けたけたと笑っている。

 見藤は慌てて猫宮に声を掛ける。


「お、おい! そんな横着な……」

「これくらい大丈夫だろうよ」


 猫宮はそう言うとぺっ、と子牛を放した。どさり、と床に座り込んだ子牛――もとい、(くだん)は恨めしそうに猫宮を見上げている。


 その姿は依頼書に同封されていた通り、子牛の体に人の顔をしている、まさに人面牛身だ。しかし、顔は人でいう大人の顔だ。そのちぐはぐな造形が、件という怪異の気味悪さを助長させているのだろう。


 猫宮が突然連れて来てしまったのか。はたまた、どこかに保護されていたのか定かではないが、ひとまずひと段落だ。霧子は件の姿をその目に捉えると、ぱちんと指を鳴らした。


「私のやることは、これでお終いね」

「あぁ、ありがとう、霧子さん」

「いいのよ」


 彼女はそう言うと再び雑誌に目を落とす。

 これで、見藤の姿隠しと霧子の能力による霧の目隠しという念には念を入れた、件の隠匿作戦は幕を開けたのだ。


 猫宮はいつの間に小太りな猫又の姿へと戻っていたのか、ソファーにぴょんと飛び乗ると顔をあらい始めた。

 見藤は「全く」と猫宮に悪態をつく。その次には、未だ床に座り込む(くだん)の元へ近付き、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


 件は猫又である猫宮、怪異である霧子を見やると、次に人間である見藤を一瞥(いちべつ)した。なんとも珍妙な面子だと考えているのだろうか。彼の表情は訝しげだ。そして、その口を開く。


「儂を異形と言う理由で屠殺(とさつ)してはならないぞ。(くだん)と名付けられたのを知らぬか」

「知ってる」

「…………。予言など、ない」

「それも、知ってる」


 見藤の答えに件は黙り込んでしまった。その瞳は疑問に満ちている。――件としての役割を全うできない妖怪()()に、この人間は何をさせようと言うのだろうか、と。

 そんな件を諭すように、見藤はゆっくりとした口調で語りかける。


「殺しもしないし、助けもしない。ただ……」

「ここで最後を迎えろという事か」

「……話が早くて助かる」


 そう返した見藤の表情を目にした件はさらに怪訝そうな顔をしたのだった。


 霧子と猫宮はちらりと、件の方を見やる。件の表情を見た二人は同時に「はぁ……」と溜め息をつく。見藤は二人に背を向けている。だが、彼がどのような表情をして先程の言葉を口にしたのか、容易に想像できてしまったのだ。それに件は戸惑いを覚えたのだろう。


「まぁ……こちらとしても、できる限りの要望には応えてやりたいと考えてるんだがな」

「そうか」


 そうして続けられた見藤の言葉に件は素っ気なく返事をすると――――。


「ならば、酒を寄こせ。あぁ、あとこの床は硬い。座布団か何かを寄こせ」

「…………」

「そうだな、酒は辛口がいい。銘柄は……」


 なんとも横暴な子牛だ。その言葉に霧子と猫宮は唖然とし、見藤は眉間を押さえている。これは前途多難な二日間になりそうだ。


 事務机に置かれている香炉がリン……、と鈴の音を鳴らした。その音に呼応するように煙が香炉から吐き出される。それは、この場所を探し出そうと他者から(まじな)いが施された痕跡を示す。


(始まったか……)


 見藤は眉間を押さえながら人知れず、心の中でそう呟いた。




 それから、件が認知によって生まれたという知らせが触れ回るまで、さして時間はかからなかった。

 なぜキヨの元へ最初に件が生まれたと情報が伝えられたのか、想像するに斑鳩(いかるが)家からの通達だったのだろう。その迅速な情報網がこうして見藤への依頼。そして、件を隠匿する猶予が生まれた。


 件が隠匿されているとはつゆ知らず。空白となった予言を都合の良い内容へ書き換えようと、件を探し回っているのは名家とされる者達だ。これらの者達とは明らかな敵対関係ではないはずだった。


 時に彼らはキヨの顧客となる場合が多い。だが、さりとて今回ばかりは例外だというのがキヨと斑鳩、両者の総意なのだろう。


 名家とされる者達に疎まれるのは、いつの世も新興とされる家の者達だ。その地位にとって変わろうとする新参者を排斥する機会があれば躊躇(ためら)いなく手を打つのが名家の常套手段だということは、その歴史が証明している。

――だが、そのような裏事情など、見藤にとっては聞き流してしまう程度の事だった。


ご覧頂き、ありがとうございました。

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