7.ナッキーこと菜月恭子(2)
電車を降りた。
前後不覚に酔いつぶれている営業部員を、それぞれ両脇から抱えて駅近くのラブホテルヘ。
「お三人さんでは、ちょっとー」
と、フロントのおばさんに変な勘繰りをされる一幕があったが、泊まりは一人なのだと説得して、ようやく鍵を手にした。
なにやら怪しく、手のこんだ部屋へ酔いつぶれている男を運びこみ、上着を脱がせ、とにかく布団の中へと横たわらせた。
ほっと一息つき、
「折角だからお茶でも」
と、ナッキーがポットの湯を注ぐあいだ、沈黙が……。
なんとなく、むず痒いようなバツの悪さが……。
熱いお茶で口をちょっと湿らせただけで、
「まだ終電に間に合うから、我々も帰りましょう」
と、尚人がそわそわと腰を上げた。
二つ年上のナッキーも、それには異論がないようだった。
ドアを開け、廊下へ出た。
その時、向かい側の部屋から二人連れが出て来た。
後ろ暗いことをしたわけでもないのに、なぜか瞬間にナッキーが目を逸らせたのがわかった。
だが、やはりチラリと振り返る。
その拍子に向こうの男と目が合って……。
その男がナッキーの義理の兄なのだそうだ。
若い女連れだった。
電話で向こうがどんな言い訳をしたところで、ラブホテルから若い女と出て来たところを目撃したからには、言い逃れできないではないか。
それを、『そんな目的で居たわけではないから、余計なことを言いふらさないで欲しい』と言われたのだそうだ。
それどころか仕舞いには、
『恭子だって男と部屋から出てきたじゃないか』
と、まるで互いの秘密を共有するかのように迫られたとか。
「まったく冗談じゃないわ」とナッキーは怒った。「向こうは妻子持ちよ。姉のことをどう思ってるのかしら」と、プンプンだ。
尚人はそれを聞きながら、向こうさんにはナッキーと肉体関係がある男として見られたことが複雑だった。
その後、ナッキーがこの一連の出来事を、お姉さんに話したかどうかまでは分からない。
もうひとつエピソードがある。
ナッキーこと菜月恭子と、二人だけで東北の某所まで日帰りで出かけたことがあった──もちろん仕事で。
実はその帰り道も、すんなりとはいかなかった。
乗り合わせた列車が、先行列車の事故のために駅で立ち往生となったのだ。
真夜中の車内は尚人たち以外にも数人散見されたが、時間が経つにつれ人影がなくなっていくことに気付いた。
窓の外を見ると、ホームの向こうに派手なネオンサインで“HOTEL”の文字が。
「フックン、わたし泊まるから」
時間が十二時を回ろうとしていたし、その言葉の中には『一人で』の三文字が含まれていることは明らかだった。
会社には、遅くなったから直帰すると、すでに伝えてあった。
「はい、じゃあ僕は此処で」
夜を明かしますからと、尚人は列車の席に横向きになった。
女性が車内で夜を明かすのは耐えられないのだろうと思った。
しかも明日も仕事なのだから。
手荷物を抱えたナッキーは、暫しネオンサインを見詰めていたが、急に尚人の方に向き直って、
「変なこと考えないでよ?」と言った。
変なことではないが、目の前の二つ年上の女を見詰めながら、尚人は考えた。
あのホテルは男女で利用するタイプのものだ。
女がこの時間一人で入って行って、泊めてもらえるとは限らないだろう。
小難しい遣り取りをしている時間などなかった。二人でホテルへ急いだ。