3.シフミの要求(2)
それで尚人は、ブティックが集中している繁華街に連れて行った。
途中、ゲームセンターで見つけたプリクラが気に入ったのか、写真に写るのに付き合わされた。
どちらかといえば、原宿に似合いのリーフイの姿に、道行く人たちが振り返った。
なんだか、売り出し中のタレントに付き添うマネージャーと思われてやしないだろうか、僕……と余計な心配などしてみる。
リーフイは布製の赤い財布を握り締め、しっかり計算しながら買い物した。
尚人は行きがかり上、仕方なく日本の土産にとドラエモンの縫いぐるみをプレゼントした。
愛想笑いらしきものを浮かべたリーフイは、
「サンキュー、フックン」と言った。
詩史のマンションに戻ったのは、五時過ぎだった。
「あら、もう帰ってきたの」
と明らかに失望されたが、仕方ないじゃないか。
身長百七十センチそこそこの尚人が、リーフイを見上げて、なおかつ無理な英語力を絞りに絞って、お相手を務められるのは三時間が限度なんだから。
でも、「すいません」と不本意ながら謝った自分が嫌だった。
詩史は肩をすくめて、
「ま、いいわ。ちょっと早いけど、ご飯食べに行きましょう」
行った先は、ちょっと大きめの中華料理屋だった。
尚人が詩史の呼び出しに応じたのは、香港娘という誘惑以外に、こうした食事の見返りがあるからだ。
詩史は気前がいい。
メニューを見るとタガが外れて、テーブルの上を美味しそうな皿で一杯にしないと気が済まなくなる。
普段は食べられないフカヒレスープや北京ダックを食べ、あんかけチャーハンに舌鼓を打つ頃には、尚人の機嫌はかなり回復していた。
家でお茶でもと誘われ、マンションに戻った。
リーフイはすぐに宛がわれた部屋に篭った。
リビングで二人だけになると詩史が、
「あの子、可愛くない!」とぼやき出した。
聞けば、リーフイは詩史の大学の先輩が結婚した、中国人の連れ子なのだという。
日本に遊びに行くから面倒を見てやってくれ、と頼まれたのだそうだ。
「十五年も顔見てないのに、いきなりよ。面倒見させるなら、滞在費として幾らかわたしに払うのが当たり前でしょ?
ところがあの子、自分が買物するときしか、お金出さないのよ。それで、家にある食べ物、当然のような顔して勝手に食べまくって。
シャワーは毎日盛大に使うし、パソコン貸してやったらネットでお買物までするんだから。まったく、あの親はなに考えてんだか」
詩史の長い怒りの言葉が途切れたところを見計らって、合いの手を入れる。
「引き受けるときに滞在費のことなんか、ちゃんと話さなかったんですか?」
「言わなくたって、常識で考えれば滞在費を持たせると思うじゃない。それなのに、お土産ひとつ持ってこないんだから」
「一応、今からでも言ってみたらどうですか」
「言えたら、苦労しないわよ」
詩史は子供っぽい、ふくれっ面を見せた。
いつだったかナッキーが、
「詩史さんは、頼まれたら断れない姉御肌」
と言ったことがあるが、要は外面がいいってことだろう。
そのツケをこっちに回さないで欲しい、と心の中で文句を言っていたら、詩史がパッと目を上げた。
「そうだ、フックン、言ってくれない?『第三者から見ても大変な迷惑行為だと思う。きちんとすべきです』って言ってよお」
「そんな、言えるわけないですよ、全然知らない人じゃないですか。それに編集長の先輩なら、ものすごく年上でしょ。僕みたいな若造が偉そうなこと言ったら怒られますよ」
「ものすごくは、余計よ」詩史は唇をとがらせた。
『そこに喰い付くの?』と尚人は少々驚いた。
詩史は三十四で、尚人は二十四だ。ものすごく年上には違いないのだ。
「あーあ、もう。あの子、あと一ヶ月はいるのよ。せっかく来たのに、富士山にも京都にも秋葉原にも行かないのよ。信じられない。
それで、こっちが言わない限り、外に出ないんだから。せっかくのお休みに、あんなのに居座られたら、こっちがなんにも出来なくなっちゃう」
「あの、お姫様スタイルはどこで?」
「だから、インターネットよ。『便利便利、これ欲しかったの』……みたいなこと言っちゃって」
携帯電話からの読者様もおられますので、改行が多めになっております。
ご了解願います m(__)m