表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

16.姐御肌は肌理細か?(最終話)

「よかった、よかった。じゃ、ご飯食べに行こっ」


 お、待ってました。「はい」


「でも、まだ時間あるな。ちょうどよかった。古着が山ほどあって売りたいんだけど、持ち込みじゃないと店が引き取ってくれないのよ。車に詰め込めばいいんだけど、あいにく運転手が都合つかなくて困ってたんだ。フックン、免許証持って来てるよね」


 やっぱりな、と尚人は納得した。

 やり方は違っても、詩史も茂手木も他人を思いどおりにしようとする暴君だ。


 だが、詩史には文句が言える。

 当てこすりも、愚痴も、批判も言える。

 なにより、冗談が言える。

 一緒に笑える。感情のおもむくままに。

 これはもしかしたら、たいした違いなのかも知れないと思った。


 ジャケットをはおった詩史は、

「リーフイ! ちょっと出かけてくる。一時間くらいかな」と声をかけた。


「イエース!」

 リーフイはドアを開けて手を振って見せた。


「ちょっと待ってなさい。帰ったら三人で食べに行こ!」


 詩史の言葉にリーフイは頷いた。

 このくらいの日本語なら分かるようになったらしい。


 古着屋に運ぶ衣類は段ボール五箱分もあった。

 ほとんどが別れた男の影響で買った服だそうで、袖をとおしてないものが多いんだと、詩史は車中でベラベラ喋った。


「わたし、懲りないんだよな、これが。困っちゃう。たとえばね……」


 そして、思い出話がつづく。

 運転の傍ら、つけっぱなしのラジオでも聞くように受け流しながら、尚人は思う。

 トラブルというのは、被害をもたらすばかりじゃない。

 その結果から得るものだって大きいはずだ。

 詩史が引き起こすトラブルにも、そんなところがあるんだろう。


「でも、よかった!」と詩史が大声で言った。「もう退職願、いらないよね。めでたし、めでたし」


 上機嫌だった。

 ものすごく年上ではあるけれど、ちょっと言ってやりたくなった。


「詩史さん、そういう、その場しのぎのへたな小細工、悪い癖ですよ!」


「いいじゃない。結果オーライよ。それとも真相を告白する? 漫画家にしてやるって甘い話に乗せられて、奴隷にされかけて泣き泣き逃げて来たって」


 げっ、反撃には流石に一日の長がある。

「こっ、この場合は確かに結果オーライですけど」


「ただし!」と詩史。「ひとつ条件があるの」


 まただ。やっぱり、そんなに甘くはないと思った。

 助手席の詩史が、互いの肌が触れ合うほど、にじり寄って来た。

 尚人は目を丸くして、相手をちら見した。


「わたしの男になりなさい」


 ええー!

 なんでー!

 そうなるの?


 尚人は光速の視線で、詩史の顔と胸とを交互に見た。

 胸を張り出し、腕組みしていた詩史が、尚人の片手を掴むと引き寄せた。


「危ないですって! 詩史さん!」


 掴まれた手が、詩史の胸の横に持っていかれた。

 ちょっとだけ、詩史の胸の柔らかさを初めて実感した。だが、

「うっそ、よん」と詩史は手を放した。「リーフイのことよ」


 ああ……あの子のことか。

 だけど、今のはさすがに驚いた。

 このご時勢、職を得るためには、この身も捧げる気になりかけたもんな。


「休日は外に連れ出して、どこかで夜まで遊んで来て欲しいんだけど……どお、出来る?」


 尚人はゆっくりと頷いて見せた。


「もう少しで、あの子も国に帰るから。それまで、フックン、よろしくね」


 茂手木の相手をすることに比べたら、お安い御用だった。

 茂手木とは縁切りだ。

 自分の意志で、あの男を人生から追い払うんだ。

 もう苦しめられることはない。

 そう思っただけで、重荷が全部消え去った。

 なんだか台風一過の青い空の下を走っているような気がした。

 腹がきゅるっと鳴った。


「腹へったぁ」


「そうか、よしっ、食べに行こか!」と詩史。「この前の中華料理屋へ、レッツラ、ゴー!」


「はい! ……いやいや、拙いです。リーフイ、連れて行かなきゃ」


「あ、忘れてた!」


「ひっどいなぁ、たった今、話してたとこなのに」


 詩史が笑った。

 尚人はハンドルを握ったままで、思いきり背筋を伸ばした。

 すると、それを見た詩史が今度は小さく笑って、尚人の膝をポンポンと叩いた。

 ふたりは目を見合わせて笑った。


 ‐了‐

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ