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10.シフミにかかわると(2)

 その後またリーフイにつき合わされ、その疲れも取れないある日、昼食に出ようとすると会議室から出てきた詩史に呼び止められた。 


「フックン、会っておいたほうがいい人がいるから紹介する。来て」


 またかよ。警戒警報が頭の中で鳴る。

 だが、詩史は顔が広い──いや、もちろん物理的にではなく。

 今まで紹介された中には、名前を聞いたことのある評論家や、本を何冊も出しているという医事ライターや経営コンサルタントなど、会って話したと人に自慢できる人も確かにいた。

 だから、そんなのいいですと断れない。

 それに、なんてったって上司なんだ。


 引き合わされたのは、生涯教育関係のプロデューサーという人物だった。

 詩史が、尚人のことを漫画家志望だと教えると、

「じゃあ、絵コンテ作りなんか、頼もうかなあ」

 と、ちょっと気になることを言った。


 アルバイトでやっていいものか、詩史に話を向けると、

「うちの仕事に支障をきたさない程度なら、いいわよ」と、あっさり言う。

 自分もアルバイトしまくりだからだろうが、尚人にとっては嬉しい提案だった。


 そのあと三人でランチを食ベた──支払いは、もちろん詩史がした。

 詩史がトイレに立ったとき、その男に、

「会社が終わったら事務所に来てほしい」と言われた。


 ほいほい付いて行ってみたら、

「アメリカの大学の博士号がとれる方法があるから試さないか」と持ちかけられた。

「短い論文に五十万円を添えればいい」と言うのだ。


 な、なんのことはない、如何いかがわしい商売の客にされたのだった。

 尚人は驚いて逃げ帰り、詩史に抗議の電話をかけた。

 すると詩史は、

「フックン、あいつについてったの? バカねえ」と呆れ返った。


「バカって、そんな! 編集長が紹介したんじゃないですか」


「あれは向こうさんへの社交辞令よ。大体さ、生涯教育なんとかプロデューサーっていう肩書きが怪しいじゃない。そうは思わなかった? フックンもてっきり調子を合わせてるだけだと思ってた。ときどき、わたし、こいつは食わせものだっていう目配せしてたでしょ。気がつかなかったの? ダメねえ」


「だって、編集長が……」


「編集長が、編集長がって言うけど、だったら、あいつに誘われたときに、わたしに言えばよかったじゃない。そしたら、ちゃんと止めたわよ」


 だって詩史さんが、

「会っておいたほうがいい人」と言った時点で信じてるから、と言い訳しようとしたが、その男の申し出を仲介者である詩史に知らせなかったのは軽率といえば軽率だった。


 仕方なく引き下がったが、またしてもあとから怒りが湧いてきた。

 そんな危ない人物なら、最初から紹介なんかするなよ。

 絵を描くなんて餌を投げられたら、食いつくよ。

 クリエイティブな仕事にありつけなくて、腐ってるんだからな。

 人を罠のあるほうにけしかけておいて、気がつかないお前が悪いみたいな言い方するなんて酷過ぎるよ。


 翌日出社すると、詩史は何にもなかったような顔で、ナッキーと『ブルドッグ』を歌い踊っていた。

 にっちもさっちもどうにも……ブルドッグっていうのは、今の僕の気持ちそのものじゃないか!

 尚人の中で、我慢の糸がプチプチと大量に切れる音がした。

 やってられない。

 やってられるか!


「アーアアー」尚人の脳内ジャングルで、ターザンが蔦を揺すって暴れまくった。

 愚痴を言わずに黙って耐える──男とはそういうものだと、昔は云われていたそうだ。

 そんな痩せ我慢をして、何かいいことがあったのだろうか。

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