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第四十一話「彼女の過去、そして彼」

「いやー、やっぱり面白いねえこのシリーズ」

『それはよかった』



 文乃さんと、映画やアニメを一緒に鑑賞する。

 始めたての時は、互いに緊張していたが今ではもう慣れたものだ。

 少なくとも、お互いに作品に熱中し、楽しむ余裕がある。

 

 今日は、映画を既に四本見ている。

 最近取り付けられた大画面のフルハイビジョンテレビは、映画館にいるのではないかと錯覚させるほどの規模である。

 本当に、何をどうすればそんな金銭を得られるのか。

 最近は、もうコストがかかりすぎるゆえにテレビを持たない家庭も増えているという。

 実際、動画配信サービスが強すぎて、ちょっとテレビの影響力が落ちているという側面は否定できない。

 


 因みに、今日見ている映画はすべて同じシリーズであり、アメコミヒーローの実写映画である。

 壮大なアクションシーンが売りの映画で、どの作品も世界的に大ヒットしている。

 おおまかな筋としては、世界を救うという理想を持ちながら、価値観の違いゆえに相いれない複数のヒーローたちが、共通の強大な敵を前にして団結し、立ち向かっていくという物語である。

 

 



 時刻は、夜の九時。

 今日はもう配信はない。



 朝の雑談と、昼の作業配信をしている。

 つまりは、もう今日は二回行動を終えている。



 別にもう一度行動してもいいのだが、三回行動はまだしたことがなかったので念には念を入れた形である。

 現在の一日二回行動というペースを崩すリスクはとりたくなかった。

 後、彼女的には雑談配信のネタがつきかけていたというのもあるらしい。

 毎日欠かさずやっていれば、そんなものである。

 いや本当に、むしろよくネタが尽きないなとは思う。

 そもそも、一つのコンテンツを摂取してもそれだけでは三十分と持たない。



 毎日多数のコンテンツを摂取して、それらを配信で話している。

 それを為すために、彼女は話すためのメモ帳を持ち歩き、いつでもメモを取れるようにしている。

 それこそ、雑談配信中にメモを取ることさえある。

 例外は、雑音を排除したいASMR配信くらいだろうか。

 ……そのうち、筆音ASMRとかやりだしそうで怖い。

 今の彼女には、本当にそれをやりかねない行動力がある。

 加えて、リスナーに勧められたコンテンツを積極的に摂取したりする。

 スポンジが水を吸うように、あるいはピラニアが血を流した獲物にかみつく様に、貪欲にコンテンツを吸収している。



 机の左側、少し離れたところにハイビジョンTVが置かれており、それをゲーミングチェアを九十度回転させた状態で見ている。

 因みに、私は彼女の机の上に置かれているため、文乃さんの右側にいることになる。




『ちなみに、四つ観たと思うんですけど、四つの中でどれが一番好きですか?』

「うーん、三本目のゾンビが出てくるやつ……以外かなあ?あれだけ怖かった」

『ああ、なるほどですね』



 一本だけ地雷が埋まっていたらしい。

 悪しき科学者によって、ばらまかれたゾンビウイルス。

 ゾンビにされた者達を救うため、そして被害の拡大を防ぐため。

 ヒーローたちが立ち上がるのは、胸圧展開だ。

 さらに、アクションシーンも圧巻だ。

 ゾンビが集合して、ビルほどの高さのレギオンゾンビになったり。

 ヒーローが、複数人で空を、地面を、ビルの側面を駆け回りながらレギオンゾンビを叩きのめすアクションシーンは、どうやってこの映像を作っているのか微塵も理解ができない。

 それでいて、CGっぽさはまるでない。

 ……そういうのに耐性がない人には辛いと思うよ。

 安っぽいB級映画の方がよかったかもしれない。

 


『ゾンビものが嫌いなんですか?』

「うーん、どうだろう。そもそもグロが好きじゃないからねえ」



 ……じゃあ、何で見たんだと言いたくなるが、それは言わずに置いた。

 結構、苦手なものでも果敢に挑もうとする子だというのはわかっていた。

 最初のASMRからして、男性への苦手意識を一足飛びに飛び越えたわけだし。



「そもそも、今まで観たことがなかったんだよね。ゾンビ系というか、ホラー映画も観たことなくてさ」

『ああ、そういうことですか』




 彼女は、オタク文化にはまりだしてからまだ日が浅い。

 ゆえに、未履修のジャンルは沢山ある。

 彼女から聞いた話では、それこそ国民的アニメでさえもタイトルさえ知らないことがあった。



 「ほえー。世の中には貝の擬人化アニメなんてものがあるんだね!」と言われた時には、私はどんな顔をすればいいのかよくわからなかったよ。

 いやまあ、タイトルだけ言われたらそう思うのだろうか。

 閑話休題。

 とにかく未履修のジャンルが多い文乃さんは、ゾンビものというジャンルも初めて見たらしい。

 わたしもそこまでホラー系に明るいわけではないんだが。

 

 


「ゾンビって、どういうものなんだろう?」

『それはですね』



 なるほどそこからか。

 


 ゾンビ、というものはもともとウードゥ教という宗教の司祭が使役する死体のことだった。

 だがしかし、今一般的に映画で取り扱われているゾンビは、そんな呪術的なものだろうか。

 否、断じて否である。

 むしろ、この映画のようにウイルスによって広まる感染症の一種として扱われる。

 ゾンビにかまれると、噛まれた生物もまたゾンビウイルスに感染してゾンビになる。

 そして、宿主であるゾンビはウイルスの繁殖のためにゾンビを増やそうとする。




「……なるほど、そういうことなんだね」



 元々は、キョンシーのような動く死体だったらしいだけどね。

 

 

「ゾンビになるのも、ウイルスによるっていうのはいつからそうなったんだろう?」

『とりあえずかまれてゾンビになるのは、ドラキュラとか、バンパイアの影響らしいですよ。あとは、小動物とか蚊から感染するパターンもありますね?これもバンパイアが小動物に変身することからみたいですよ』

「うえー、そんなのあるんだ。私、蚊が嫌いでさあ」

『あー、まあ好きな人はいないですよね。かゆいですし』

「いやまあ、なんというか虫の中で一番嫌いなんだよね」

『そんな親の仇みたいな……』



 私にとっても、彼女にとっても、それは日常における何気ない会話。

 その時の私には、彼女の言葉の意味が分からなかった。

 グロ系が苦手な理由も、蚊が嫌いである背景も。

 私は知らなかった。



 ◇



 文乃が中学に入っても、高校に入学しても、いじめはなくならなかった。



 むしろ手を変え品を変え、どんどんエスカレートしていった。

 腹部や腕、足など、目立たない箇所には痣が多く、物も頻繁に破損されていた。

 本来なら、ここで第三者に気付かれてもよさそうなものだが……早音家の英才教育のたまものとして感情を表に出さなかった文乃の異変に誰かが気付くことはなかった。



 いじめにいいものなどない。

 全てが悪だと彼女は思っている。

 その上で、敢えて彼女に何が最悪だったのかを訊けば、モスキート音(・・・・・・)と彼女は答えるだろう。

 体を押さえつけられ、耳元にスマートフォンを向けられ、動画投稿サイトにアップされているモスキート音を聞かされる。

 モスキート音とは、高周波の音であり、何も決して心地よいものではない。

 そんな音を大音量で耳元で聞かされるのだ。

 拷問以外のなにものでもないだろう。

 それを日常的にやられているとすればなおのことだ。

 このいじめの巧妙な点はモスキートが大人には聞こえないことだ。

 故に教師達にはそれに気づくことすら出来ない。

 最も、地元民であり当然のように文乃のことを嫌っていたある教師達が、気付いたとしてそれに対処していたかどうかは甚だ疑問ではあったが、それは別にいい。

 いじめを行なっている者たちにとっては、教師に隠れてやっているという事実が連帯感を加速させる。

 自分達は正しいことをしているんだという、正義を騙った勝手な思い込みが暴走する。

 結果として、このモスキート音攻撃は文乃いじめの一種の登竜門、あるいは絵踏みと化していた。

 加えてモスキートとは蚊のことであり、彼女の下の名前をーー文乃(・・)という名前を使った嫌がらせでもある。

 文乃という名前すら、汚されたような気持ちになった。

 それが、どうしようもなく嫌だった。




 暴力と暴言にさらされ続ける中で。

 彼女は、もう終わりたかった。終わりたいと望んでいた。

 いじめ自体も、無論彼女は辛いと思っていた。

 だが、自殺を望んだのはそれが直接の理由ではない。

 一番の理由は、それが

 だから、ある日山を一人で降りて、駅まで向かった。

 危険な行為だったが、途中で死ねればそれもまた良しと考えた。

 駅に行ったのは、飛び込み自殺が自殺の中でもメジャーなものであったということが一つ。

 もう一つは、人生で一度も電車に乗ったことがなかったので、最後に一度見てみたかったというのがある。

 彼女は、移動するときはたいていリムジンであるゆえに、電車に乗ることはない。

 だから、駅改札に来た時も、切符の買い方がわからず、二時間ほどかかった。

 夜遅く、凍えるほど寒い夜。

 かじかんだ手で、疲れて棒のようになった足で、線路の上に飛び降りようとして。

 電車に、自分自身の悲惨な人生を終わらせてもらおうとして。

 文乃は、「彼」に出会った。


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