第四十話「彼女の過去」
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早音文乃。
高校二年生である彼女は、大きく分けて三つの呼び名がある。
一つは、最近Vtuberデビューした、永眠しろの名義。
リスナーは「しろちゃん」、「しろたそ」などと呼んでくれることが多い。
また、仕事上の手続きをするときには、当然イラストレーターやモデラ―といった仕事先の相手は「永眠しろ」という名義にコンタクトをとってくる。
己と、父の金と、実家のコネの三つをフル活用して手にした新しい名前。
贖罪として、あるいは半ば自虐として付けた名前だったが、今ではかなり気に入っていた。
もう一つは、本名。
家族や父が雇う使用人たちは彼女の下の名前を呼ぶ。
使用人たちについては、彼女自身の希望である。
「お嬢様」と呼ばれるのは正直窮屈に感じてしまうからだ。
ついでに言えば、最近できた同居人(厳密には人ではないが)にも下の名前で呼ばせている。
父や母には言っていないが、彼女は自分の苗字が好きではないからだ。
早音家。
その苗字を知らないものは、このあたりにはいない。
彼は知らなかったらしいが。
おそらく生前も、このあたりで生活している人ではないのだろうと文乃には推測できた。
早音という苗字は、このあたりを支配する資産家の苗字。
元々、この土地の地主が、土地や財産を元手に事業を始めて、あれよあれよという間に大富豪に昇りつめて、今の早音家となっているらしい。
その源流をさかのぼれば、江戸時代までたどれるそうだが……それは
土地を、工場を、政治を、農業を、教育を。
ありとあらゆる分野においてこの土地には早音家の影響が及んでいる。
さらに言えば、影響力が特に強いのがここら一帯というだけであって、その影響力は日本全国、ひいては世界各国にすら及ぶ。
早音家の総資産額は、何千億とも言われており、国内でも有数の富豪である。
特に最も、影響が強いのは工業である。
国内外問わず、工場を運用しており、生産している製品も多岐にわたる。
様々な工業製品を作る工場が、このあたりの地域にも数多立ち並んでいる。
そして、その工場が騒音を生み出している。
無数の工場が騒音を生み出す。
行政に訴えても無駄だ。
法的には問題がない。
あるいは、法的に問題がなくなるように法が変わっているのか。
どちらなのかは文乃は知らない。
どちらであっても、意味はない。
それこそが、彼女にとって悲劇の始まりだったから。
彼女が、地元の小学校に上がったころ、いじめが始まった。
はじめは、陰口だった。
言い出したのが誰かは知らない。
それを追求する意味もない。
言い出した子供は、きっと母親や父親に言われたことをそっくりそのまま友人に話しただけだろうから。
彼ら曰く。
早音家は、騒音を生み出す悪である。
人々から、安寧と安眠を奪っておきながら、のうのうと甘い汁を吸い続けている許されざる下衆である。
曰く、早音文乃の声は特徴的である。
不自然なほどに高く、遠くまで通り、届く声であり、耳障りである。
彼ら曰く、彼女の呼び名は。
苗字をもじり、彼女の家と彼女自身が撒き散らす罪の名前である。
早音文乃にとって、最悪の呼び名は。
それは、「そうおん」。
十年以上にわたって呼ばれ続けてきた、彼女がたった一つだけ持つ蔑称だった。
城を連想させるほどの家に住み、資産は何百億ともいわれる早音家。
しかして彼らは、地元の中では嫌われていた。
工場が出す騒音問題は、再三の苦情を受けながら改善される気配はまるでなく。
そのくせ、彼らだけは音が届かない山奥で悠々自適に金を持て余して生活している。
いわば街中の嫉妬と怨嗟がすべて、ただ一つの家に向けられていた。
だがしかし、山奥にいる上に、ボディガードなどもいるゆえに物理的に攻撃することは出来ない。
唯一攻撃できる早音家の人間は、ただ一人に絞られる。
それが現当主の一人娘、早音文乃だった。
学校には、ボディーガードもついていない。
学校での、他の児童や生徒との共同生活を送るうえで、邪魔になるからだ。
つまりは、学校において彼女を守る盾は存在しない。
小学校の六年間、苛めは激化の一途をたどった。
陰口、無視などはもちろんのこと。
物を隠されたり、壊されたり。
給食を地面にぶちまけられたり、直接的に殴られたり。
全員が加担していたわけではないが、止めに入ろうとする者もまた、存在しない。
親に言われたから、或いはみんながやっているから、その場のノリで。
理由はそんなところだろうと、今になって思えば想像がつく。
さらに言えば、教師も彼らのいじめに関しては黙認していた。
いやむしろ、人によってはわざわざ苛めていたものたちを呼び出して扇動していたものもいた。
学校内にいた何百という人間。
それらすべてが、早音文乃にとっては敵だった。
父にも母にも言えなかった。
彼らは、厳しく、早音の家を継ぐものとしての自覚と行動を求められた。
勉強も、素行も完璧であるべし。
それが彼らの指示であった。
ただでさえ仕事で家を空けることが多く、会話するのは月に一回あれば多い方というレベル。
ゆえに、ふたりとしてもあまり多くのやり取りを行うことは出来ず、せいぜいで「勉強はしているか」、「習い事の調子はどうか」というもの。
そして、彼女はそれについて答えるだけ。
信頼関係など、築けるわけもない。
ゆえに、彼女は誰にも相談できない
直接いうことはもちろん、使用人に言うことさえも、父母に知られる危険を考えると到底できなかった。
苛められているといった弱音を吐ける関係性ではなかったのだ。
そして、使用人たちが気付くこともない。
元より、稽古事など普通では耐えきれないほどのタスクを背負わされ続けてきた文乃は、自分の感情を隠すことが非常にうまかった。
それこそ両親はもちろん、ながらく傍にいた使用人などでさえ、全くいじめに気づけないほどに。
そして、彼女の心は、誰にも気づかれずにむしばまれていった。
身勝手な正義感を振るう、強者たちによって。
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