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第二十九話「私は思い悩み、想い惑う」

日間ジャンル別ランキング50位でした。

評価、ブックマークしてくださった方ありがとうございます。

「はあ……」



 私こと早音文乃が、Vtuber永眠しろとしてデビューしてから、早二か月。

 あっという間だった。

 配信自体は、順調だ。

 何より、楽しい。

 色々な人が、私の配信を観に来てくれている。

 私の声で、音で、癒されている。

 最初は、不安もあった。

 私の声は、周りに似たような声質の人がいない、比較的特徴的な声をしていると思っている。

 だから、受け入れてもらえるのかどうかが不安だった。

 結果的には、杞憂に終わったが。

 毎日、多くの人が私の雑談を楽しんで聞きに来てくれる。

 その中には、声がかわいい、綺麗だと言ってくれる人もいた。

 そして、ASMR。

 大勢の人が、私の配信で癒されたり、安眠を得ることができている。

 それが私の配信をやる理由であり、私は自身の活動とそれがもたらす結果に、満足していた。

 だが。

 


「いいことばかりじゃないんだよねえ」



 脱衣所で、ジャージと下着を、雑に籠に放り投げて、風呂に入る。

 一応、私専用の浴槽なのだが、正直かなり広い。

 広すぎるくらい。

 それこそ、もう一人一緒に入っても問題ないくらいだ。

 ……彼が水に弱くなければ、お風呂ASMRとかもやりたいんだけどなあ。

 どの程度やっていいのかよくわからないんだよね。

 なにせ、替えがきかないし、万一のことがあったら困る。


 


 風呂に浸かりながら、防水機能付きのスマートフォンを操作する。

 やっているのは、エゴサーチだ。

 『#永眠しろ永眠中』などのタグで検索したり、『永眠しろ』の名前などで検索して、ファンが私や、私の配信に対してどう思っているのかを見ることができる。

 



 そうやって、SNS上で自分のつぶやきを推しに見てもらえることを楽しみにしているファンも多い。

 だからこそ、ファンは推しているVtuberや活動者などの名前を入れて呟くのだが。

 


「はあー」



 そういうつぶやきが、必ずしも肯定的なものであるとは限らない。


 

「『活舌が甘い』『技術が稚拙』『ただ金に任せてるだけの、凡才って感じがする。成金臭がキツイ』……。だーっ、もう!」




 罵詈雑言をぶつけられること自体は、色々(・・)あって慣れてしまっている。

 だが、慣れているからと言って傷つかないわけではない。

 むしろ、古傷を抉られるように、他の記憶まで復活してしまう。

 確か、フラッシュバックというのだったか。

 ため息がつい、口から出る。

 湯気に混じって、すぐに消えるが、私の心のもやもやは晴れない。



 少し、冷静になろう。

 よくよく見れば、あの時(・・・)とは違い批判的な意見の中にはむしろ的を得ているものもある。

 そもそも、コメント全体の中では批判的なものはごくわずか。

 それはわかっているが、どうにもそういうコメント程目に入ってしまう。

 


 私は、もう一つため息をついて、浴槽を出て脱衣所に向かった。

 


 ◇



『お疲れさまです』

「いいお湯だったよー。ふう」



 声をかけてきたのは、私の相棒だ。

 名前は知らない。

 教えてくれないから。

 仕方がないので、「君」と呼ぶことにしている。

 本人は否定しているけど、たらしだったのではないかと思う。

 だってこう、なんというか私の心を揺さぶるようなことばかり言って来るのだ。

 因みに、それを言うと毎回『本当に免疫つけたほうがいいですよ?』と、心配されてしまう。

 解せない。

 とはいえ、謎こそ多いが基本的に善人なのは間違いない。

 そもそも声をかけてきたのも、かなり紳士的な理由だったしね。

 


 名前が、「君」というのは変ではないかと、自分で呼んでおきながら思っている。

 もっとこう、他の呼び方とかがあるのではないか。

 かといって、これといった名前を見つけることもできなくて「君」と呼んでいる。 



『ところで、文乃さん』

「うん?」

『何かありましたか?』

「――」



 これだ。

 これが、彼なのだ。

 証拠は残さなかったのに。

 表情にも出さないように、|幼い時から教わってきた《・・・・・・・・・・・》鉄面皮でごまかしたのに。

 どういうわけか、人の感情の変化にひどく敏感なのだ。

 それが、生前の能力なのか、ダミーヘッドマイクに転生したものの特性なのかはわからない。

 けれど、確かに彼は私の心の機微に気付くのだ。

 内心を隠す技術は、十五年かけて鍛えたもので、かなり自信があったのだけれど。



「何のことかな?」

『何かあったんでしょう?顔を見れば分かりますよ。勘ですけど』



 ただ、こういう時にはとぼけても無駄だとわかった。

 正直に話すしかないなあ。

 


「ちょっと、嫌なコメント見ちゃってさあ」

『……ああ、なるほど。前から言ってますけど、そういうのはもうメイドさんに管理お任せしたほうが良いのでは?』

「君の言い分はわかるんだけどねえ。でもやっぱりコメントとか感想は自分の目で見たいんだ」



 彼の性格はわかっている。

 私のことを、心配してくれているのだ。

 それでもなお、止まれない理由がある。

 私は、私の配信を観ている人達の意見を直接見ておきたい。

 私がやらなくては気が済まない。

 もちろん、全て私ができるわけではない。

 例えば、永眠しろの体を作ってくれたのはイラストレーターさんとモデラーさんであり、それ以外にも機材の整備やサムネイル制作など、さまざまな仕事を氷室さんたちに割り振っている。

 そもそも、今までに使った金銭はすべて父のポケットマネーから出ている。

 私一人でやり遂げたことなど、あまりにも小さい。

 けれど、だからこそ「視聴者と関わり、彼らを癒す」という私がVtuberを始めた目的だけは曲げられない。



『わかりました。それで、具体的に何を言われてたんですか?』

「えーとね、例えば」



 きっと彼も、私がコメントなどを見るのを辞めないというのはわかっている。

 わかったうえで、言ってくれているのだろう。

 私が壊れてしまわないように。

 私が、こうやって弱みを打ち明けるのが苦手なことを知っているから、段階を踏んでくれているのだ。




 彼は、色々なことに気づいているはずだ。

 例えば、私が今まで人間関係をうまく築けなかったこと。

 私が、過去に何かがあって、それを抱えているが故に配信を始めたということ。

 あるいは過去に何があったのかさえも、彼は見通しているのかもしれない。

 彼がどういう過去を経て、死んだのかはわからない。

 ただ、ここまで人の気持ちに敏感だと、相当苦労したのではないだろうかとは思う。

 あるいは、その逆(・・・)だろうか。

 いや、それは考えるべきことではないだろう。



『活舌に関しては、まあボイトレするしかないですねえ。他は全部聞く価値ないです』

「そ、そうなの?」

『はい。だって具体的に何が悪いのか、どう改善すればいいのかさっぱりわからないじゃないですか』



 確かに、嫌なコメントの大半は漠然としていて、フィードバックするのは難しい。

 というか、そもそも改善しようがないものばかりだ。

 


『社会でも、よくあることです。『ちゃんと上司に訊けよ』と『自分で考えろ』の両立を迫られる……。まあつまり、何をしても文句を言うことが目的のヒトは一定数います』

「やっぱり、君って大人だよねえ」




 私は、社会を経験していない。

 井の中の蛙、というべきか、学校と家庭という狭い世界しか経験していないので明確にそこの差があると思う。

 それ以上に、人の心の機微に敏感である。

 彼のような大人に、なれるだろうか。

 そんなことを訊くと。



『……ならなくていいです』



 と言われてしまった。

 癒しが足りていないのかもしれない。

 今日は、心音ASMRの時間を長めにとることにしよう。そうしよう。




 その後も、一時間ほど私の愚痴を聞いてもらった。

 すべて吐き出し終わる頃には、私の心はだいぶ晴れやかになっていた。

 ……彼には申し訳ないが、定期的にこういう時間を設けたほうがいいのかもしれないね。

 その後、彼にそういうことを申し出たところ、快諾された。

 やっぱり彼は、優しすぎると思う。

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