2 俺は予言者じゃないのに
「私は徳川慶喜。そなたは?」
え、徳川慶喜?え?
えっ、ええ?
「えっと、その、霧麓流星です」
「なるほど、武士の家柄なのか?」
「え、あ、いいえ、違います」
「ふむ。であれば、よほど位の高い豪商か?」
「あ、その、いいえ」
「どういうことだ?まさか、農民であるというのに、無許可で名字を名乗っているのか?」
「ちちち、違います。・・・ひっ」
いきなり腕を掴まれた。
「話を聞かせてもらおうか」
うわっ、何だかこの人警察みたいだよ。
で、今から俺は、刑事ドラマでよくある職務質問的なことをされるわけ?
有り得ないんですけど!
まだ状況もきちんと把握できていないのに。
まず、ここどこ?しかも俺の服、なんか和服に変わってるんだけどな。
ていうか、この徳川慶喜を名乗る人も、和服だ。
どうなっているんだよ、まったく。
「さてと、まずは茶でも飲め」
お、ありがたい。緊張すると、喉が渇くんだよなあ。
いきなり徳川慶喜ですとか有り得ないこと言い始めたけど、意外と良識的な人なんだな。
出された緑茶を一気飲みして、自称慶喜さんを見る。
「まず、お前はどうやってこの屋敷に入った?」
「分かりません。というか、ここはどこですか?」
「一橋家の屋敷だ。私は徳川斉昭の7男だが、この一橋家の養子に出されている。して、お前はなぜここに侵入した?」
「死んだと思ったらここにいたんです!あなたがもし本当に慶喜さんだとしたら、俺は未来から来たことになります!だから何かを盗もうとか、そんなこと考えてません!」
どうやら、必死の「俺は無実です」アピールによって、どうやら自称慶喜さんも、俺がただの侵入者ではないことに気づいてくれてたようだ。
「死んでこの屋敷に来たというのか。昔、母上がよく、それに似たおとぎ話をしてくれていたものだ」
「でも、おとぎ話じゃ無いんです。貴方ももうお分かりでしょう?」
自称慶喜さんは、しばらくは腕組みをして「う~ん」と唸っていた。
眉間にしわがよっている。
「よし、そこまで言うのならば、信じることにしよう」
「ありがとうございます」
「ただし、条件がある。何か予言をしてみろ。未来から来たのであれば、これから先に起こることも予想できるはずだ。そうだろう?」
うう・・・何だかこの人鋭いよ。
もしかしたら、徳川慶喜であるっていうのも、噓じゃないのかな。
予言・・・うむ、予言か。
もしここで、井伊直弼が後に安政の大獄を起こすなんていったら、桜田門外の変が早期に勃発することになりそう。
いや、それもいいかもしれない。
こんなわけの分からないところに飛ばされたんだから、好き勝手していいよね。
「では、お知らせします。井伊直弼殿は後に、徳川家茂様を将軍とする為、慶喜様を将軍職に就けさせようとする人々を処刑・謹慎させます」
その場の空気が凍りついた。
安政の大獄・・・井伊直弼が、徳川慶喜を将軍職に就けようとする一橋派を弾圧した政策の事。
この政策によって処刑された人々の中には、吉田松陰や橋本左内もいました。