7.なんて簡単なのでしょう
ブクマ、評価ありがとうございます。励みになっております!
今回は少し短め。次話は少し長くなったのでプラマイゼロくらいで…
今回もよろしくお願いします
明日から励む、という言葉は本気だったらしい。起こしに来た侍女の手には、真っ赤な薔薇の花が一輪。深い緑色のリボンが巻かれ、小さなメッセージカードに一言だけ添えられた贈り物は、もう十日は続いている。
「マメな方ですわね。毎日毎日」
「本当ね」
窓際の机に置かれた花瓶は、もう薔薇でいっぱいになっている。毎日違うメッセージが書かれたカードも、なんとなく捨てられなくて、保管用の飾り箱を作ったばかりだ。日々のメッセージは大したことのない内容ばかりだったが、何となく捨てられない手書きのカードが増えていくのは少し、心地よい。
「ウィリアム様からはこんな事してもらわなかったな、なんて考えてらっしゃいます?」
正に今考えていた事をぴたりと言い当てられ、セレスの肩がぎくりと揺れる。少し呆れたような顔で、ティナは朝の身支度をするべくドレッサーの椅子を引いた。
「もう絆されていらっしゃるのですか」
「絆されてなんていないわ。でもお花もカードも罪は無いもの」
「そういうお優しいところ、ティナは好きですよ」
くすくすと笑いながら、セレスの黒い髪を優しく梳く。夜の闇の様に真っ黒な髪は、ティナの日々の手入れによって美しく艶を持ち、社交界でも有名だ。するすると指の間を滑る絹糸の如き手触りは、ティナ以外にウィリアムしか知らない。それがティナにとって非常に腹立たしいのだが、セレスが手入れはティナにしか任せないと笑うので留飲を下げている。
「ウィリアム様にお花をもらったこと、あったかしら」
「幼い頃、庭の花を摘み取って手渡したのを除けば、ありませんわね」
寂しそうに小さくぽつりと呟きながら、セレスはじっと花瓶に飾られる薔薇を眺める。ただ一本だけ、薔薇の花を贈ってもらえたら、きっとそれはドライフラワーにでもして飾り続けていただろう。残念ながら贈り物はいつも宝飾品やレースのリボンばかり。それも誕生日にくれるだけ。まるで婚約者への義理を果たすためだけの行為のようで、嬉しい筈なのに、何処か寂しかった。
「どうやらマクベス家のあばず…失礼、御令嬢とは上手くいっていないご様子ですよ」
「知らないわ。もう終わったことだもの」
ウィリアムとマリアが婚約をしてから約三ヶ月。つまり、忌々しいあの日からまだ三ヶ月半。既に関係が終わりかけているなんて。そんな脆い関係だったくせに、身を引いて尚、こんなにも悔しい思いをして、傷付いて、嫌な思いをしているのだろう。馬鹿馬鹿しい。そんな馬鹿な男に恋をして、子供なりに愛していた十二年は何だったのだろう。ただ、無駄にしただけ。
「申し訳ございません。要らぬことを申し上げました」
そっと差し出された真っ白なハンカチを見て、セレスは自分が泣いている事に気付く。もう終わったこと。そう言ったのは自分自身なのに、それでも十二年という年月は長く、忘れようとする三ヶ月半は短い。
「駄目ね、早く落ち着かなければいけないのに」
そう口では言うが、セレスの瞳からは大粒の涙がぱたぱたと零れ、着替えたばかりのドレスの膝を少しずつ濡らした。涙を止めようと固く目を閉じても、流れ落ちる涙は止まってはくれない。ティナは優しくセレスの目元をハンカチで抑えた。
「毎朝贈り物をしてくださるのはゴールドスタイン様なのに、思い出すのはウィリアム様だなんて…私はなんて、嫌な女なのかしら」
「良いのですよ。今は仕方ないのです。それに、それでも良いと仰ったのはゴールドスタイン様です。お嬢様は何も気にせず、ご自分のタイミングでお心に整理をつければ宜しいのです」
存分に嫌な女になりましょうと拳を握るティナに、セレスは小さく笑みを零した。
「嫌な女になれば、私を妻になんて思わなくなるかしら」
「それはゴールドスタイン様次第ですので、私はなんとも」
「そうよね」
たった十日、毎朝薔薇とカードを贈られただけで、随分と簡単な女だと自嘲しながら、セレスは涙で濡れた顔をタオルに埋めた。




