2.情けない男は嫌いですわ
婚約破棄の話は、どうやらすんなりと終わったらしい。
セレスがタラント邸を後にした直後に、ウィリアムの浮気現場は母であるエリザベス・タラントに見つかったそうだ。
そのまま父親同士の話し合いになり、平謝りされた末に婚約は解消された。
それがおよそ一月前。
狭い貴族社会の中では、浮気されて婚約破棄した令嬢として有名になった。しかも、あれこれと好き勝手言う人間も多いようで、寝とられ令嬢だとか、一度の遊びを許せない心の狭い女だとか、何故かなんの非も無い筈のセレスにばかりあれこれ言われている。何だか納得がいかないが、下手に反論するよりは、困ったように笑いながら、時折悲しそうな顔をしてやれば、そのうち被害者だと周囲も理解するだろう。
「聞きまして?ウィリアム・タラント様のお話」
「ええ聞きましたわ!マクベス家のマリア様とご婚約なされたのでしょう?」
「成り上がりのマクベス家を選ぶだなんて…それに、セレスティア様とは幼い頃からの仲でしたのよ?」
「セレスティア様…お可哀想に…」
哀れむような視線、会話の内容。
父の提案で、家族付き合いのある伯爵主催の夜会へ参加した。会場での噂話は先日の婚約破棄騒動の事ばかりだ。
流石に馴れたとは言え、本当にあの女性と婚約したのかと少々驚きはした。きっとエリザベスが怒り狂いながら婚約させたのだろう。
弱小貴族と蔑まれていたマクベス家は、最近貴族の仲間入りをした家だ。なんとしてでも伯爵家と縁続きになりたかったのだろうが、やり方が汚い。
おかげで貴族の女性陣からは二人とも盛大に嫌われたようだ。
「こんばんはセレスティア様、彼方には行かない方がよろしくてよ」
「こんばんはサティア様。ご忠告ありがとう。でももう顔を合わせてしまったの」
会場に到着してすぐ、入り口付近で立ち止まっていた二人と目が合ってしまったのだ。
勝ち誇ったような顔で、例の新しい婚約者…マリア・マクベスは挨拶をしてきた。ご丁寧に、ウィリアムの腕に絡み付きながら。
ひくりと唇がひきつったような気がしたが、周りの令嬢達の冷たい視線が此方を見つめている。ぎこちなく微笑みながら挨拶を返し、婚約を祝う言葉を贈った。
心の中では、盛大に呪いの言葉を吐き続けていたけれど。
「まぁ、何を考えていらっしゃるのかしら!」
「良いじゃない、誰しも婚約は嬉しいものでしょう?」
「それは…でも…」
もごもごとまだ何か言いたそうにしているが、疲れてしまったからと先に帰る事を詫びた。
本当は疲れてなどいないのだが、元婚約者と新婚約者が同じ会場に居ては、周囲も気を使うだろうと思ったのだ。
「セレス!セレス、お願いだ話を聞いてくれないか」
「ごきげんようウィリアム様。如何なさいました?」
「この間の事は謝る、ほんの少し魔が差しただけなんだ。結婚するなら絶対にセレスじゃないと嫌なんだ、頼むから考え直してくれないか」
どうにかしてマリアから逃げてきたのだろう。
玄関まで追いかけてきて何か喚いているが、今さらもう遅い。
「何を仰います、マリア様がいらっしゃるじゃありませんか。それとも、私が婚約者のいらっしゃる殿方に靡くような女だとお思いなんですの?」
「婚約はすぐにでも解消する!俺には君が必要なんだ」
ああ、煩い。今さらそんな事を言われてももう何もかも遅いのだ。
何を言われても、目の前のこの男に再び恋心を抱く事は無いだろう。
むしろ、これ以上喚いて無様な姿を晒してほしく無い。これ以上嫌いになりたくない。
「残念ですけれど、そういったお言葉は是非マリア様に仰せになってくださいませ。私には必要ありません」
もう話は終わりだ。早く帰ろう。来るんじゃなかった。
まさかウィリアムとマリアまで来ていると思わなかったのだ。恐らく招待されたのはウィリアムだけなのだろうが、厚かましくマリアまで付いてきたのだろう。
馬車に乗り込み、御者に早く出せと合図を送る。
自分の仕える家の娘を手酷く裏切った話は、家中の者が知っている。
御者も軽く会釈をし、冷たい視線を浴びせて馬車を出す。
ガラガラと耳に響く車輪の音が、小さく漏れた嗚咽を掻き消してくれた。