表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/86

第82話 失望したら怒りを露にする天才科学者サマ



「ガッカリだよ、本当に」


 地に伏しているワタシとクムンさんに向けて、アタラポルトが失望の言葉を吐き捨てる。


 結局ワタシも、先程のクムンさんと同じことをしてしまった。


 感情のままに走り出して、愛する人に矢を放たれて、こうして倒れている。


「ぐ……うっ……」


 ああ、久し振りだ。


 ワタシの頬を、涙が伝っている。


 これは、何の涙だろう。


 矢が深々と腹に刺さっている痛みからか、ジレゴさんから攻撃を受けたことに対するショックからか、アタラポルトに向けた途方もない憎しみからか、それとも自分の不甲斐なさへの絶望からか。


 ワタシには分からない。


「キミ、こんなに弱かったかい? このボクが認めたキミの実力は、こんなものだったのかい……?」


 アタラポルトは全くの無表情のままで、ワタシに近付き……。



「そうじゃないだろう、ヒューサ=ルミーユ!!!」



 突然、感情を剥き出しにして、うつ伏せになっているワタシの頭を思い切り踏みつけてきた。


 ジレゴさんと夫婦になる前の、かつてのワタシの名を叫びながら。


「まだ幼かったキミを初めて見かけた時、ボクはキミの常人離れした魔法の才能に、心底惚れ込んだ!! キミの事を一人占めしてやりたくなった!!」


 何度も、何度も、固く冷たい地面に顔を押し付けられる。


「だからボクはキミの両親を殺した!! そうすれば、キミは仇であるボクのことだけを見てくれる!! ボクへの復讐を果たすために、もっともっと強くなってくれる!! ボクのためだけに生きてくれる!! そう思ったんだ!!」


 痛い。


「事実、キミの瞳にはボクしか映っていなかった!! 誰も信じず、誰も寄せ付けず、誰の助けも得ようとせず、キミは孤立無援のままでただひたすら、ボクを殺すための強さを追い求め続けた!! それなのに!!」


 いたい。


「この男の……ジレゴくんのせいでキミは変わってしまった!! 復讐のため、独りで歩み続けていたキミが、ジレゴくんと出会い、子を宿し、幸せな人生を送るようになった!! そう……いつしかキミには、ボクへの復讐よりも大切なものができてしまったんだ!!」


 イタイ。イタイ。イタイ。


「愛する夫と愛する娘の存在……そんなくだらない物のせいで、キミは脆弱でつまらない、ただの凡人に成り下がってしまった!! 大人しく復讐のことだけを考えていれば良かったのに……余計な邪魔が入ったせいで、キミは……!!」


 頭から、ドロリと血が流れてくる。


 それを地面に塗りたくるかのように、アタラポルトはワタシの頭をグリグリと踏みにじる。


「だからね、ボクは奪ってやることにしたんだ!! キミに新しくできてしまった大切な物も全て!! クハハハハッ!!」


 ジレゴさんがこちらを見つめている。


 汚物を見るような、冷たい目で。


「大切な夫をキミの前から消してやれば、ボクへの復讐心が再燃するかと思ってね!! 事実、キミはこんなところまでボクを殺しにきてくれた!! それは本当に嬉しかったよ!! だが……吐き気がするような安穏とした生活の中で、キミの牙は疾うの昔に抜け落ちてしまっていたみたいだ!! キミみたいに平和()けした能無しの雑魚は、もう必要ないっ!!」


 頭がボーッとしてくる。


 もうアタラポルトの足をどける体力も、言い返す気力もない。

 

 ああ、ワタシはここで死んでしまうのか。


 失意の中、静かに目を閉じる。


「さてさて、ボクをガッカリさせてくれた罪、どう償ってもらおうかなぁ!? そうだ、いっそのことキミも洗脳してあげようか!? そしてあのメリカとかいう小娘を、キミ自身の手で殺させるというのもなかなな面白い!!」


 メリ、カ……?


「愛する夫の目の前で、愛する娘を殺す!! キミにとってこれほどの苦しみはないだろうね! クハッ、楽しい時間になりそうだ!! さあ、そうと決まれば先に行ったあの小娘を捕獲して……」


 ワタシが……。


 ワタシが、あの子を……。


 メリカちゃんを、殺す……?



 笑わせるな。



「『サンダー』!!」



 メリカちゃんの後を追うため、ワタシから離れようとしたアタラポルトに素早く手を伸ばし、至近距離から雷撃を放った。


「ぐっ…………がああああああああ!!!」


 まさか、ワタシにまだ抵抗する意思が残っているとは思わなかったのだろう。


 アタラポルトは回避が間に合わず、片膝をつき、黒焦げになった左腕を押さえながら叫んでいる。


「危ない危ない……もう少しで全てを諦めて、愛する娘を手に掛けるクズになってしまうところでしたよ……あの子だけは……メリカちゃんだけは守るって……約束したんですから……ヨシハルくんと……そして、ジレゴさんとね……」


 ワタシは腹に刺さった矢を引き抜き、ゆっくりと立ち上がる。


「まったくワタシは、それでもメリカちゃんの母さんですか……そしてアナタは、それでもメリカちゃんの父さんですか」


 アタラポルトがダメージを受けても表情を一つも動かさない、ジレゴさんを見つめながら。


「いつまでそんな女の隣に突っ立っているんですか、ジレゴさん。さあ、帰りましょう……ワタシと、メリカちゃんと、クムンちゃんと……みんなで一緒に」


「ぐっ……クソッ……ま、まだそんな寝ぼけたことを言っているのかい……? ジレゴくんは自分の意思でキミ達を裏切ったんだ……その事実は覆ることは……」



「そうでも、ねえですよ……」



 そして、ワタシと同じく地面に倒れていたクムンさんも、フラフラになりながら両手両足に力を込め、必死に身体を起こしている。


「クハハッ! 大人しく横たわっていれば苦しまずに死ねるというのに……まったく、キミ達のように浅はかな者を見ていると頭が痛くなってくるよ」


「浅はかなのは……テメエの方ですよ……テメエはさっき、怒りに身を任せてベラベラ喋り続ける中で……『たった一文字の失言』をしちまったんです……」


「クハッ!!『たった一文字の失言』だって!? 面白い、ぜひお聞かせ願いたいものだなぁ!」


 自身の左腕に治癒魔法を掛けながら苦し紛れの笑顔を作っているアタラポルトに、クムンさんもまた、ニヤリと引きつった笑みを見せた。



「テメエさっき言いましたよね……『そうだ、いっそのことキミも洗脳してあげようか』って」



「────っ!!」


「キミ『も』ってこたぁ……他にも誰かを洗脳しやがった経験がおありなんですか? 教えてくださいよ……うっかり屋の天才科学者サマ?」 


 クムンさんの発言に、アタラポルトの顔に明らかに焦りの色が宿る。


 そう……ワタシもクムンさんと同じく、アタラポルトの台詞を聞いた瞬間に違和感を覚えたと同時に、一つの希望の光が見えた。



 ジレゴさんがワタシ達の所に、帰ってくるかもしれない。



 先ほど戦った幹部……ジギーヴァさんは、ジレゴさんが死んだと言っていたが、口振りからしてアタラポルトの研究室の中までは入っていないようだった。


 きっとアタラポルトは、当初の予定ではジレゴさんを殺して、ゾンビのような『物言わぬ死体』として操る予定だったのかもしれない。


 だがそのまま殺してしまうより、ワタシやクムンさんの前に『意思を持った敵』として登場させることで、より深く絶望させようとした。


 だからあえてトドメは刺さず、生かすことを選んだ。


 そういう人間だ、この女は。ワタシを精神的に追い詰めるためなら、手段を選ばない。


 他の幹部……フメルタさんやピアリさんは、果たしてこの事を知っているのだろうか。

 

 まあとにかく、お陰でワタシ達は今こうして、また立ち上がることができた。


 ワタシは本当に愚かだ。


 あのジレゴさんが死ぬはずも、ましてやワタシ達を裏切るはずもないのに。


 突然ジレゴさんが現れたことで気が動転していた。頭がおかしくなっていた。まるで冷静ではなかった。


 アタラポルトの掌の上で、まんまと踊らされていたんだ。


 おそらくアタラポルトを倒せば、洗脳も解けるはず。


 元のジレゴさんに、戻ってくれるはず。


 何の根拠もない希望的観測に過ぎず、またアタラポルトを倒す手立ても、全くといって良いほど浮かんではいないが。


 それでいい。ジレゴさんを取り戻せる可能性があると分かっただけで、ワタシとクムンさんはいくらでも戦える。


「ウチらにさんざんナメたこと、ほざいてくれやがったんでね……たっぷりお返ししてやりましょう」



「ええ、行きますよクムンさん……反撃の時間です」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ