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第79話 相棒が悩んでいたら笑顔で導く涙目少女



「クムン……ヒューサさん……」


 二人はアタラポルトの転移魔法により裏門に飛ばされ、今の今まで魔物達と戦っていたらしい。


 全身傷だらけの状態で、アタラポルトに武器と魔法を構えている。

 

「思ったよりもお早いご到着だったね。いや……訂正しよう。まさかここまで辿り着けるとも思っていなかった。まずはその悪運の強さを素直に讃えておこうか」


 アタラポルトは両手を二人に差し出し、そのまま大きく大きく拍手を行う。


「たりめえですよ……こちとらテメエをブッ殺すまで死ぬつもりなんざ毛頭ねえんですから。壁の向こうからデケエ音が聞こえたんで駆けつけてみりゃあ……ずいぶん盛り上がってるじゃねえですか」


 そうか……二人は外での魔物達との戦いが終わった後、裏門からもう一度城に入って、俺達と同じように城内を探索していたんだ。


 そんでさっきセクリが檻を落とした時の音を聞いて、壁一枚挟んで向こう側にいた二人は、行く手を阻む壁をブチ壊してご登場ってワケか……無茶苦茶だな。


「盛り上がるだなんてとんでもない。こちら陣営のフメルタ(無能)が一人倒されただけさ、大したことはないよ。しかし、檻が落ちる音を聞いて、道中の壁を壊してまで急いで供養しに来てくれたのか……キミ達の優しさに、彼もきっとあの世で涙が止まらなくなっているだろう」


「あんなキザ男、どうなろうがウチには関係ねえですよ。テメエが死んだんじゃねえかと思って慌てて様子を見に来てやったんです。テメエはウチらの手で殺さねえと気が済まねえですから」


「それは良かった。ボクは見ての通りピンピンしているよ。さあ、どうぞお気の済むまで殺してくれ」


 クムンは必死に平静を保っているが、瞳孔が開き切っている。


 因縁の相手を目の前にして、相当頭に血が上っている。


 裏門での魔物達との戦いで、体力も相当削られているはずだ。


 だが、あの二人が来てくれたこともあり、アタラポルトは今、俺達に挟まれている状況だ。


 今も俺に背を向けて、飄々とした様子でクムンとヒューサさんを挑発し続けている。


 このチャンス、絶対に無駄にはできねえ。


 奴の隙を窺い、俺が一気に…………



「ヨシハルくん、行って下さい」



 それまで黙っていたヒューサさんが、思いも寄らぬ言葉を放った。


「えっ……ちょっ、ヒューサさん……!? でも、俺達も一緒に……」


「キミはこの女と戦うには優しすぎる。ここはワタシとクムンさんに任せて、どうぞ先へ」


 クムンほど感情を露わにしていないが、炎を宿した手が一目で分かるほど震えている。


 息遣いも荒く、いつもの穏やかで冷静沈着なヒューサさんの姿は、もうそこにはなかった。


「ヒューサさん……まさか昨日の俺との約束、忘れてないっすよね」 


「……覚えてますよ、覚えてます。さっきも言った通り、ワタシの心はこの女への敵意や殺意、復讐心で今にも埋め尽くされそうです。ですが……ワタシがこの女と戦うのは復讐のためじゃない。大事な宝物……メリカちゃんを守るため。憎しみのまま戦ってはいけない。ぜんぶ覚えていますよ、ちゃんと」


 ヒューサさんは深呼吸をしながら言葉を紡ぐ。


 まるで、今にも爆発してしまいそうな怒りを必死に抑え込んでいるかのように。

 

「だからこそ……メリカちゃんを連れて先に行って下さい、ヨシハルくん。メリカちゃんがいては、ワタシは全力で戦えない。それに、アタラポルトとメリカちゃんを、これ以上同じ空間に置いておきたくはない。ワタシはメリカちゃんを守りたいのです」


「っ……でも……」


「アホのくせにくだらねえことゴチャゴチャ考えてんじゃねえですよ、ヨシハル」


 ヒューサさんの言葉に戸惑いを隠せない俺を、クムンが一喝する。


「テメエはいつも通り、バカみてえな顔して突っ走っときゃいいんです。テメエの目的は、ここでこの女の戯れ言に付き合う事じゃねえ……魔王をぶっ倒すことでしょ」


「クムン……」


「心配しねえでも、ウチらはさっさとコイツを倒してすぐに追い付いてやりますんで。モタモタしてるとテメエのこの先の手柄も、ウチが全部奪っちゃいますよ」


 どうする。


 どうすればいい。


 いつもの二人なら……今のように疲労状態にも興奮状態にもなっていない二人だったら、安心して任せられる。


 だが、体力を消耗し、心の底から憎んでいる宿敵が目と鼻の先にいるこの状況下じゃ、いつ我を忘れて暴走してしまってもおかしくない。


 俺達もこのままここに残って、アタラポルトと戦うべきじゃないのか。


 メノージャの腕の中で眠っているセクリに視線を移す。


 また俺は、仲間に戦いを預けちまうのか。


 セクリはフメルタを倒してくれたが、一歩間違えば取り返しのつかないことになっていたかもしれない。


 今回だってそうだ。


 クムンとヒューサさんがアタラポルトに絶対に勝てるという保証なんてどこにもない。


 俺達が先に進んでしまったことで、二人にもしもの事があったら、俺は…….。



「行こっ、おにーさん!」



 小さな手が、俺の腕を優しく掴んだ。


「メリ……カ……」


「だーいじょうぶ、母さんとクムンが負けるわけないんだから! だって……」


 そいつはもう片方の手で一度だけ目元を拭う動作を見せた後、俺の不安を全て払拭するかのように、赤くなった目を静かに細め、精一杯に明るく微笑んでみせた。



「だって二人は……さいきょーの父さんが認めた、さいきょーのパートナーとさいきょーのお弟子さんなんだから!」



「っ…………」



 お前にそんな顔されちゃ、もう何も言えねえよ。


「分かった……頼むから死ぬなよ、二人とも」


 クムンとヒューサさんは何も言わずに頷いた。


「終わったかい? だったらさっさと先に進んでくれないかな。ボクはもうキミ達に興味がない。世界で一番ボクを『憎んでくれている』この二人と、早く戦いたくて仕方がないんだ」


 どうやら、アタラポルトに俺達を追う気はないらしい。


 俺はメノージャからセクリを預かると、再びその華奢な身体を背負った。


「行くぞ、お前ら」


 俺とメリカ、メノージャとピアリは、アタラポルトのすぐ横を通り、二階へと続く階段を駆け上がる。



 大丈夫だ。



 あの二人なら、きっと。







✳✳✳✳✳✳







「……驚きましたね。本当に止めないなんて」


 ヨシハルくん達が階段を上る音も聞こえなくなり、広い部屋が一斉に静まり返る。


「ボクへの殺意もない奴らがウジャウジャいても邪魔なだけだからね。それに、戦闘というのは同じ人数でなければフェアじゃないからさ」


「はっ……城中の魔物を総動員させてウチらの息の根を止めようとした卑怯者が、ずいぶんカッコ良い事ほざくじゃねえですか」


「落ち着きたまえクムンくん。ボクは久々にキミ達に会えて嬉しいんだよ。ボクを嫌い、憎み、わざわざこんな所まで殺しに来てくれたキミ達に、心からの敬意を払いたいのさ」


 恍惚とした表情を浮かべるアタラポルトのつい先程の発言に、ワタシは強い引っ掛かりを覚えていた。



「『同じ人数』とは……どういう意味ですか?」



 アタラポルトは何も言わず、左右にフラフラと身体を揺らしながら、ワタシの次の発言を待つ。


「今ここにいるのはワタシとクムンさん、そしてアナタだけ。どう見ても二対一の構図です。ただのハッタリですか? それとも、そこで潰れている『お仲間さん』も頭数に入れてあげてるのですか? もしくは……あの天才科学者様ともあろう御方が、このような簡単な計算もできない程、緊張していらっしゃるとか」


「はっ……さて、簡単な計算ができていないのはどちらかな?」


 アタラポルトはワタシの問い掛けに軽く嘲笑した後、その顔のままですぐさま質問を返してきた。


「あの無能魔法使いは魔王軍幹部から外された。だが先程サカギリ ヨシハルくんにも言ったが、幹部は四人のままだ。フメルタとジギーヴァとボク…………さあさあ、あの女が抜けた後、入れ替りで幹部になった『あと一人』とは、いったい誰なのだろうか?」


 アタラポルトのわざとらしい喋り口調を聞いて、ワタシと、おそらくクムンさんの頭にもある人物が浮かんだ。浮かんでしまった。


 その瞬間、それまで閉ざされていた部屋の入り口の扉がゆっくりと開かれる。


 そして、ワタシ達の足元に何かが二本、突き刺さる。


 ワタシとクムンさんはそれを見て戦慄した。


 誰よりも、見覚えがあったからだ。

 


 この……鋭利な矢に。


 

 状況を整理する暇もなく、それを放った人物はカツカツと音を立てながら、ワタシ達の所に一歩一歩、近付いてくる。


「クハハッ! 最高のタイミングだね……ではご紹介しようか」


 やめて。


 もう、やめて。


 これ以上。



 これ以上ワタシ達を、絶望させないで。



「彼こそが、ピアリに代わる新たな幹部────ジレゴ=テレット君だ」








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