第74話 嫌いなタイプだったら煽りまくるシルベラ王女サマ
「『五分で終わらせる』ッスかぁ……いくらオレが手負いだからって、ずいぶんと大風呂敷を広げたもんッスね、シルベラ王女サマ」
「あんたが手負いだろうとピンピンしてようと関係ないわよ。私はさっさとヨシハルを殴りたいだけ」
まだ言ってんのかよ。どんだけ俺のこと憎んでんだよ。
「セクリナータさん、大丈夫なのでしょうか……心配ですわ……」
メノージャが俺の隣でそわそわしながら呟く。
「落ち着けよ。ここはセクリに任せるのが一番だ。俺とメノージャの出番はねえよ」
「えっピアリちゃんは?」
「で、ですが……あのフメルタ様と一対一など無謀ですわ……やはりわたくしとヨシハルさんも一緒に戦った方が……」
「いやだからピアリちゃんは?」
「俺にはベタノロがあるし、お前に至ってはフメルタに一度殺されかけてんだろ。セクリの言った通り、この先もまだ戦いは続くんだ。ここはアイツの『いい考え』とやらを信じて大人しく休んどこうぜ、二人で」
「やいこらピアリちゃんのことシカトすんなー!! そんなガン無視されたらショックでガーン!! なんつってな! まったく、これほどまでに自分が面白いとは参るぜベイベー」
「うおっ!! まだいたのかピアリ!!」
「ふっっ…………ちょっと、さっきからピアリちゃんを視認するたびに『まだいたのか』って言うのやめなさいよお前!! 笑っちゃいそうになるじゃない!!」
セクリとフメルタは、依然としてお互いを牽制し合っている状態だ。
俺らの大騒ぎなんて全く耳に入っていない様子。二人ともとんでもねえ集中力だ。
どちらが先に動くのか……そんでセクリの『考え』ってのは一体……。
「……カッコつけて出てきて下さったところ恐縮なんスけど、そーんな動きにくそうな格好でタイマン申し出るってのは流石にナメすぎじゃないッスか? オレの方は勇者ご一行サマでまとめてかかって来てもらっても良いんスけどね」
「よく喋るわね。『たった一人』相手に『もう一度』負けちゃうのがそんなに不安かしら?」
セクリの挑発に、拳銃の引き金に添えられたフメルタの指がピクリと動いた。
「はぁ……親切で言ってあげてんスよ。オレだってアンタみたいな見るからに戦闘慣れしてなさそうな美人を撃つのは気が引けるんス」
「そんなズタボロの身体でいくら紳士的な言葉を並べ立てても、負けた後の言い訳をせっせと用意してるみたいで滑稽なだけよ」
おー怖い怖い、今のセクリちゃんはものすごくご機嫌ナナメみたいだ。ただでさえああいうタイプ嫌いだもんなぁアイツ。
だけど、そんなに煽って大丈夫なのかよ……?
「やーれやれ、挑発に乗るみたいで癪なんスけど……ここまで敵意剥き出しの相手に手を抜くのは失礼ッスね」
フメルタは紫色のボサボサ頭を掻きながら、右手の銃を構えて魔力を込める。
「そんじゃ手っ取り早く、その白いドレスごと真っ黒焦げにしてあげるッス」
フメルタの銃口から火炎弾が連射され、セクリに容赦なく襲いかかる。
「やべえっ……避けろセクリ!!」
「────『ドレイン』」
焦る俺の大声など全く気に留めずに、セクリは右手を静かに前方へ翳し、一言だけそう呟いた。
すると、セクリの手が眩い光を放ったかと思えば、フメルタの繰り出した火炎弾は、全てそこへ吸い込まれるように消えていった。
今の技は……。
「ああ……そういや魔王サマからの情報にあったッスね。敵の魔法攻撃を吸収し、自分の体力や魔力を回復させる技……今のがそうッスか?」
「あら、グータラを自称する割にずいぶんと勉強熱心じゃない。ご名答よ。ということは私は『一周目』でもこの技を使用したってことね。あんたの魔力は充分に回復し切ってなくて、残りはかなり少ないはず。なら、それが尽きるまで私が全部奪い取ってあげるわ」
「へえ、そりゃ楽しみッス……ね!!」
フメルタはまたしても、先程と同じような火炎弾の嵐をセクリにお見舞いする。
「芸がないわね……ホントに私に全魔力をプレゼントしてくれるつもり?」
セクリもまた、余裕の表情を崩さないままでもう一度、右手を前方に……
「甘いッスよシルベラ王女サマ!!」
セクリが『ドレイン』の詠唱を始めると同時に、フメルタは豪快に地面を蹴って距離を詰め、素早くセクリの後方に回り込むと、その顔に今度は左手の銃を向けた。
「……アンタの『ドレイン』とやらは確かに厄介ッスけど、右手で攻撃を吸収してる時は無防備になる……なら、その間に後ろから他の攻撃をぶち込めばそれで終わりッス!!」
至近距離から高圧水流を放出するフメルタに対し、セクリはクスッと笑みを溢した。
「いらっしゃい。待ってたわよ」
「なっ…………!?」
セクリは右手を使って前方から迫り来る火炎弾を吸収し続けたまま、同時に左手にも魔力を込め、背後の空間を思い切り凪ぎ払った。
「『リフレクト』!!」
高らかにそう叫んだセクリの左手が通った場所に、鏡のような薄い透明のシールドが張られる。
そこに直撃した水流はまるで生き物のように180℃方向転換し、速度を増してフメルタに襲いかかる。
「くっ……!」
セクリからのまさかの反撃に、フメルタは咄嗟に左方向へ飛び退いて回避を試みる。
「ぐあっ……!!」
だが僅かに間に合わず、高圧水流はフメルタの右半身を斬りつけ、更にそれまで傷一つなかった色白な右頬を、ほんの少しだけかすめた。
そのまま受け身も取れずに地面に転がるフメルタに、セクリはゆっくりと近寄っていく。
「避け切れなかったわね。もしかして『一周目』では私はこの技を使わなかったのかしら? だから魔王から情報を与えられてなかったの? それとも……知っててかわせなかった、とか?」
セクリはフメルタの返事を待たず、尚も余裕そうに接近しながら話を続ける。
「私には炎やら雷やら、そういった攻撃系の魔法は使えないの。使えるのは回復や麻痺、そして吸収……後は、あんたの攻撃を、そっくりそのまま跳ね返す魔法だけ。それが今の【リフレクト】よ」
「……アンタが『ドレイン』を使ってる隙に、オレが別方向から攻めてくることも全部読んで……その上でわざと『無防備』になっているフリをして、まんまとオレを誘い込んだってわけッスか……実戦経験がほとんどないとは思えないほど冷静で、度胸があって、まったくつくづく素晴らしい御方ッスねぇぇぇぇ……」
フメルタは地面に這いつくばったまま、低い声でセクリに称賛の言葉を投げ掛ける。
「へぇ、そうッスかそうッスか、なるほどなるほど……はあああすごいすごいすごいすごい……ほんっとにすごくて、ほんっっっとにアンタってヒトは…………」
様子が、おかしい。
セクリもフメルタの異変に気付いたようだ。
「……あんた、一体どうし」
「この…………クソ女がアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!」
フメルタの咆哮で地面が揺れる。
それを見たセクリは反射的に距離を取ろうとするも、すかさず身体を起こしたフメルタにその細い腕を掴まれ……
「がっ…………」
奴の持っていた拳銃で、頭部を力一杯に殴打された。
「セクリッ!!」
「セクリナータさん!!」
「セッ……セクリ、ナータちゃ、さん……やばいピアリちゃんあの子のこと呼んだことないから困る!! とりあえず走っとこ!!」
フメルタの打撃をまともに食らい、ドサリと力なく倒れ込んだ仲間の名前を呼びながら、俺達は一斉に駆け寄るが……。
「おっとぉ、タイマンに途中参加すんのは無粋ってもんスよ勇者ご一行サマァ!!」
フメルタはそれを見越していたかのように、瞳孔をガン開きにしながら俺達に左腕の銃を向け、そこから粘度を帯びた水色のカタマリを三発放った。
「ぐっ……なんだよこれ……!?」
「わたくしたちの身体に……!」
「にゃほほほほほくすぐったいくすぐったい!! ちょっとどこ触ってんのよピアリちゃんアルティメット敏感にゃほほほほほほ!!」
それら三つは、俺達にそれぞれ命中するとアメーバのように全身にまとわりつき、更にお互いに引き寄せられるように集まっていく。
そして、瞬く間に合体して一つの巨大なゼリー状の物体に姿を変え、その中に俺達を完全に閉じ込めてしまった。
「チッ……何のつもりだテメエ!!」
「アヒャヒャッ!! 心配しなくていいッスよ! 特殊な水でできてるんで窒息することはないッスから! アンタらはそこでただ見てればいいんスよ……大事なお仲間サンがボロ雑巾みたいになって死んでいくところを、何もできない無力感とともにねェ!! アヒャ、アヒャヒャヒャヒャ!!」
両目をかっ開いて狂ったように笑い続けるフメルタに、ゾクッと背筋が凍る。
「お前、なんでいきなりそんな……」
「なんで? さっき言ったスよね?『男前な顔だけは辛うじて死守した』って」
フメルタは先程セクリに付けられた右頬の傷を、何度もなぞり続けている。
「こんな性格してるから意外かもしんないッスけど、こう見えてオレ、自分の顔めっっっっちゃくちゃ好きで好きで仕方ないんスよ。あのババアに吹っ飛ばされた時も、顔だけは無事なように必死で守ったんス。そんなオレの大好きな顔を、このクソアマは簡単に汚しやがった!! これ、ぶっ殺す以外に選択肢あるッスかァ!?」
知らなかった。
少なくとも一周目では、ここまでブチギレたフメルタを見たことはなかった。
確かにその時、顔を攻撃した記憶はない……が……。
この無気力グータラ野郎にそんな一面があったなんて、想像もできなかった。
フメルタがこんな危険人物だと知っていたなら、最初からセクリを一人で戦わせなかったのに。
バカ野郎だな、俺は。
一周目を経験したおかげで、敵の情報はもれなく全て頭に入っているとタカを括っていた。
とんだ勘違いだ。
たった一周しただけじゃ、俺の知らないことなんてまだまだ山程あるのが当然だろうに。
俺が無知なせいで、セクリが……
「なにしょぼくれた顔してんの……似合わないわね……ヨシハル」
「っ……!!」
弱々しく自分の名前を呼ぶ声で我に返る。
見ると、セクリが頭を押さえてフラフラと立ち上がりながら、俺の顔を優しく見つめていた。
「ふふっ……あんな小さな銃で一発殴られたくらい……どうってことないわよ……」
「セ、セクリ…………クソがッ!! こんなふざけたモンが邪魔すんじゃねえ!!」
頭から血を流しながら精一杯に強がるセクリを見た俺は、目の前の水色の壁にがむしゃらに斬りかかる。
だが、与えた衝撃はスライムのような感触の奇妙な物体に全て吸収され、そのまま押し戻される。
何度剣を振り下ろしてもまるで手応えがなく、穴を開けるどころか傷も付けられない。
「さてと……あくまでオレの目的は勇者パーティーを全滅させること。一人目に時間かけ過ぎるのもアレなんで、ちゃちゃっと終わらせるッス……死ぬ準備はできたッスか、クソボケ女ァ?」
「顔にかすり傷つけられただけで豹変だなんて、ダサすぎて笑う気も起きないわね。うざったいナルシストはバカ兄貴だけで充分よ…………クソキザ男」
セクリは変わらず挑発を続けているが、足元がフラついて真っ直ぐに立てていない。
さっきの一撃で少なからずダメージを受けてしまったようだ。
それに、今の状態のフメルタは何をしでかすか分からねえ。
なんとかして、ここから脱出しねえと…………!!




