第73話 熱くなったらタイマンを張りたがる性悪女 ☆
「よお男前。思ったより『元気』そうに生き延びてて安心したぜ」
全身ズタボロ状態のフメルタに、俺は早速イヤミの先制パンチを入れた。
「死んだようなもんッスよ。勇者パーティーどころか、シルベラ国のただの一般人にやられて戦線離脱……幹部としてのメンツが丸潰れで、心も身体もボロボロッスわ……男前な顔だけは辛うじて死守したッスけどね」
「確かに顔だけはやたらキレイだな……腹立つくらいに」
てかどう考えても一般人ではないだろ。普通にバケモノだろあのババア。
「ジギーヴァはやられちゃったんスね。そんでもってそちらさんは全員生存……ってありゃりゃ、四人だけッスか? 二人ほど頭数が足りないみたいッスけど」
コイツもクムンとヒューサさんを見てねえのか……?
フメルタは今、二階から降りてきた。
二人がこの先に進んだなら、確実に対峙しているハズだが……。
「まあ細かいことは良いッス。敵が少ない方がオレの手間も省けるんで。その代わり……始末すべき裏切り者は増えたみたいッスけどね」
ダラダラと面倒そうに話していたフメルタだったが、やがて素早く右手の……火炎弾入りの銃を向け、ある人物をギロリと睨んだ。
「魔王幹部から門番に格下げになったと思ったら、今度は勇者パーティーに寝返りッスか……ずいぶんと自由気ままな生き方で憧れちゃうッスねぇ……ピアリ」
「フメルタッ…………ふ、ふふふふふふーんだ! 最初からお前たちのことなんて味方だと思ってないわよ! ピアリちゃんの行動に口出しされる筋合いはないわ! べろべろばー!!…………ひっは、ひはふっは!!」
べろべろばーで舌つってんじゃねえよ。煽るならちゃんと煽り切ってくれ。
「おやおや、悲しいこと言うッスねえ。そっちのアルラウネといい、そんなに魔王様の下で働くのが気に入らないッスか……まあ別に良いッスけど。幹部四人の中で男がオレ一人ってのも、なかなかに居心地悪かったッスから」
「…………おい、今のはどういう意味だ?」
「おっと、こっちの話ッス。どのみちアンタらには関係ないッスよ。アンタらにはオレの名誉挽回にご協力いただき、ここで派手に全滅してもらうッス。この赤髪ちゃんを助けられないまま……ね」
フメルタは右手の銃の照準をピアリに合わせたまま、今度は左手の銃を頭上に向け、弾を一発だけ放つ。左の銃は……高圧水流か。
その銃弾がメリカの入っている固い檻の底に命中すると、檻は右に左に大きく揺れ動く。
「うわわわわわわわわわ!! や、やめてぇ~!!」
メリカは為す術もなく、檻の中をコロンコロンと転がり回っている。
「フメルタ…………テメエッッッ!!」
その光景を見た俺は、思わずフメルタに向かって叫んでいた。
「お、おにーさんが……あたしのためにあんなに怒」
「楽しそうだから俺にもソレ撃たしてくだちゃいっ!!」
「まだあたしで遊び足んねえのかヨシハルゴラアアアアアアァァァァァァ!!!」
久々にメリカの呼び捨てツッコミが炸裂した直後、フメルタが両手の銃を自在に操り、今度は俺達に炎と高圧水流の嵐をお見舞いしてくる。
「チッ……いきなり仕掛けてきやがった……!!」
「おしゃべりはここまでッスよ~。さあさあ、誰が最初にバテちゃうッスかねぇ……?」
フメルタの容赦ない連射攻撃に対し、俺達は剣や魔法を使った各々の方法で回避を試みる。
「あっぶな!! あっぶな!! あっぶな!! あっぶな!! あっぶな!! あっぶな!! あっぶな!!」
「うるせえなピアリ!! 気ぃ散るからもっと静かに避けろ!!」
「なななななぬうっ!? ただ死にたくない思いで一生懸命かわしてるだけなのに理不尽に叱られてピアリちゃんはひどく傷付いたわ!! 裁判を開きたい!! できるだけでっかくておっきい裁あっぶな!!」
くそっ、これじゃ防戦一方だ……。
「っ……なかなか……粘るじゃないッスか……」
突如、フメルタが攻撃を止めた。
少しだが息が上がっている。
そうか、銃を撃つのにも魔力を消費するのか……。
ババアに受けた傷も回復しきっておらず、身体に少なからずガタが来ているようだ。
だがアイツのことだ。すぐに魔力を回復させて、また同じような攻撃を仕掛けてくるはず。迂闊には近寄れねえ。
作戦を立てるなら今のうちだが…………。
「みんな、ここは私に任せて下がってもらえるかしら」
意外な人物が名乗りを上げた。
「この先にも戦いが控えてるっていうのに、こんなところで四人が動き続けてムダな体力を消耗するのは得策じゃないわ。私に……良い考えがあるの」
「はっ……まさかお前がタイマン張りたがるなんてな。ガラにもなく熱くなってんじゃねえのかい?」
「そうかもね。お父さんもお母さんもシスコンキモ兄貴も、そして国民のみんなも、命懸けで戦ってくれてるんだもの。私もここら辺で活躍しておかないと面目が立たないわ」
バッシャル王やヒノ様、バカ王子にニャンピョン二人組(なんか増えてたけど)、それにレッカやオタクーズなど、シルベラ国で出会った面々の顔が次から次へと浮かんでくる。
「……そーかい。まっ、お前が『良い考えがある』ってんなら大丈夫だろ……任せたぞ。終わったら起こしてくれ」
「ええ、好きなだけ爆睡してなさい。あいつを倒した後で豪快にひっぱたいて起こしてあげるから」
「そりゃ助かる。それまで俺がぐっすり眠れるように、なるべく時間を掛けて死闘を繰り広げてくれ。五時間くらいで頼むわ」
「オッケー。今の言葉を聞いて一秒でも早くあんたをぶん殴りたくなったから、五分で終わらせてくるわね」
「それじゃ眠れねえっつの……ほんっと可愛げがなくてムカつくぜ、この性悪女が」
「ふふっ……お互い様よ、バカ勇者」
そんな減らず口の自信家ちゃんは、真っ白なドレスを揺らしながら。
ベージュ色の綺麗な髪を風に靡かせながら。
そして、赤いハイヒールをカツカツと鳴らしながら。
なんとも堂々とした足取りで俺達の前に出て、フメルタの方を悠然と見据えた。
それを見たフメルタの顔に、僅かだが驚きの色が宿る。
「へえ、こりゃビックリ。無駄死になんて馬鹿なこと、するタチじゃないでしょうに……アンタは勇者サイドの中じゃ、まだマトモな方だと思ってたんスけどねぇ……」
「買い被りすぎよ。あんなメチャクチャな家に生まれて、あんなメチャクチャな国で育って…………」
そこまで言うと、そいつは前を向いたままで親指だけを俺の方に向けた。
「こーんなメチャクチャな男と一緒に世界救おうとしてる人間が、マトモなワケがないでしょ」
「……クハッ、そりゃ違いねえッス」
フメルタはわざと恐怖を煽るように、じっくり丁寧に銃口を向ける。
「さーてと……アンタが相手なら、改めてきっちり自己紹介しときまスかねぇ。オレの名前はフメルタ=カガエス。魔王軍幹部、炎と水の二丁拳銃使い、怠惰でグータラなダメ人間、やる時はやる美男子…………おっと、肩書きが多くて申し訳ねえッス。無類の話し好きってのも追加しないとッスね」
「あら、気にしなくていいわよ。こっちの紹介は一言で終わらせてあげるから」
だが、そいつは身じろぎ一つせず、一歩たりとも後ろに下がることなく、まるでフメルタに見せつけるかのように、ゆっくりと腕を組んでみせた。
どうやら幹部殿のご立派な銃は、あの女相手じゃ脅しにはならなかったみたいだ。
勇敢で、怖い物知らずで、図太くて。
いやはや、俺なんかよりよっぽど勇者に向いてらっしゃる。
まったく、末恐ろしい王女様だ。
「私の名前はセクリナータ=シルベラ」
「ただの────ヨシハルの仲間よ」
イラスト ねるこ様




