第64話 推しが素を出したらメソメソ泣いちゃう大大大ファン
「「どぅええええええええええ!!!?」」
シルベラ国が誇るトップアイドル様のまさかのご登場に、ずぶ濡れメリカちゃんが再び地面に尻餅をペタン。
そして何を隠そうレッカの大大大ファンであるずぶ濡れセクリちゃんも一緒にペタン。
「ななななな、なんで!? どうしてレッカちゃんがここにいるのよ!? ていうかさっきの魔法と乱暴な口調は……」
そういや、一周目でもここに来たばかりの俺が魔物に襲われてる時に、今みたいに颯爽と駆けつけ、命を救ってくれたっけ。
確か風魔法だったかな。その時も俺はモロに巻き添えくらいましたけども。
まあなんにせよ、色んな属性の魔法が使えるコイツにはえらく世話になったが……まさか今回も助けられるとは。
今もレッカは風魔法を使って空中をフワフワと浮いている状態だ。
金色のサラサラロングヘアを風に靡かせ、真っ赤な瞳を細め、どこかほくそ笑んだような表情で、あの女は依然として俺らのことを見下ろしている。
キラキラピカピカと眩しい格好しやがって……イカ寄ってくればいいのに。
「なんなんスかアンタ…………明らかにこの場に不釣り合いなふざけた格好の癖に、さっきの色んな意味でメチャクチャな魔法……何者なんスか」
突然現れた得体の知れない人物に警戒するフメルタには目もくれず、レッカはゆっくりと俺の所に舞い降りてくる。
「たっ……助かったぜレッカ……でも何でここに…………どずめすっっっ!!!」
レッカは下降しながらもその天使のように美しい笑みを崩さぬまま、突如思い切り頭を振りかぶり、着地と同時に俺の鼻っ柱へ渾身の力での頭突きをぶちかました。
「なっっっ……なにしやがる!!?」
「オマエさァ……あーしに『セクリナータ様を仲間にするために、レッカの特別ダンスショーへと貸し切りで招待してやってくれ』って、頼んできたよな?」
………………ふにゃん?
「そっからあーしは必死こいてダンスの練習して、いつオマエがセクリナータ様を連れて来てもいいように、バッチリ準備して待ってたのにさァ……」
レッカはそう言って葉巻を取り出し点火すると、着火部分を俺の額にゴリゴリと押し付けてきた。
「待てど暮らせど来ねェから、ちょっくら様子を見に来てみりゃあ……………おもっきし仲間になってんじゃねェかこのボケシメジがよおおおおおおおおおおお!!!」
「ほんぎゃあああああ熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!」
え!? ええっ!?
俺そんな約束したっけ!?
何も覚えてねえんだけど!!
「あー…………確かにおにーさん、あたしと二人でレッカさんの家に行った時、そんな風なお願いしてたね。何だかんだでそれからすぐセクリナータ様が仲間になったもんだから、すっっっかり忘れてたけど」
「あっ、言われてみりゃ…………って熱い熱いケムリ臭い!! 今ならお焼香入れの気持ちが分かる!! ごめんなさいごめんなさい許して!!」
「あーしも暇じゃねェんだわ。そんなのにオマエみたいなボンクラのために特別にスケジュール空けてやったのにさァ……マジ死ぬか? さっきのあーしの水魔法だけじゃ飲み足りねェんだったら、おかわりで三途の川の水も飲ませてやろうか? あ?」
「すみませんすみませんあなた様の素晴らしい魔法でもうお腹いっぱいです!! あの、とりあえずセクリちゃんの前でその人格は出さないであげて!! あなたの大ファンだからあの子!!」
「こっ……こんなのレッカちゃんじゃない…………え~ん…………」
セクリちゃん大ショック。泣き方が三歳。
「アンタがどちらさんか分かんないッスけど、たった一人増えたぐらいじゃどうにも…………」
「っんだよさっきからうっせェモヤシ野郎だなおい!! あーしが一人でノコノコ来たとでも思ってんのかァ!?」
レッカはそう言って右手を天高く振り上げ、大きく息を吸うと、カッと目を見開いた。
「来い…………オタクーズ!!」
レッカの号令で、どこからともなく湧き出した脂ギッシュな軍勢。
「ふおおおおおおお!! 我らオタクーズ、今こそレッカちゃんをお守りする鋼の盾となる!!」
「ボクたちのレッカちゃんには指一本触れさせぬ!!」
「レッカちゃんのためならこの命、捨てるに一切の躊躇なし!!」
暑苦しい暑苦しい。一気に酸素薄くなったこの国。
「お前ら……レッカの本当の人格はあんな粗暴な感じなんだぞ!? オタクのテメエらのことを汚い豚野郎だとしか思ってなくて『もうアイツらの前で踊りたくない』とまで言ったんだぞ!? それでもいいのかよ!?」
「どのような推しも愛する……それがオタクの生き様でござる!! それに…………これはこれで良き!!」
「清楚だと思っていた推しにボロカスに罵られる…………今まで味わったことのない超絶エクスタシーなり!!」
「我輩の60兆の細胞がスタンディングオベーション!!」
この国も捨てたもんだな。
オタクーズはドスドス走って体当たりをしたり、ゴロゴロ転がって体当たりをしたり、大勢で円陣を組んでまとまって体当たりをしたりと、多彩な技で魔物たちに立ち向かっていく。
いや多彩じゃねえわよく見たら体当たりしかしてないじゃんコイツら。前世が隕石だったのか?
「なんなんスか次から次へと…………もういいッス……こうなったら全員八つ裂きにしてやるッス……!!」
奇天烈な援軍たちに半ば混乱状態のフメルタが、ついに左手の銃を構え、その中身をオタクーズに向けて放出した。
あれは…………水…………?
「ぬおおおおお!! 痛みがすごい!! これはまるで朝早くから並び続けてやっと手に入ると思っていた限定フィギュアがちょうど我輩の順番で売り切れてしまったときのような深いダメージでござる!!」
すっげえ分かりにくい傷レポだな。
フメルタの攻撃が命中したオタクーズの一人の服がパックリと裂け、そのダルンダルンの腹から勢いよく血が噴き出した。
「申し訳ないッスけど、水を扱えんのはアンタたちだけじゃないんスよ」
「高圧水流か…………!!」
「さっすが勇者さん、ご名答ッス。八つ裂きにするって言ったッスよね? しかもこれ……ただの水じゃないッスよ」
まだなにか仕掛けがあるのか……!?
「ぬおおおお!! なにか傷口が酷く沁みるでござる!! これはまるで苦労して手に入れた限定フィギュアを寝ている間に母上によって全て捨てられてしまった時のような沁み具合でござる!!」
限定フィギュア限定フィギュアうるせえなアイツ。
てか沁みるって何だ?
まさか、毒か何かが……?
「ふっふっふ……その水には超高濃度の塩を混ぜてあるんスよ。まさに傷口に塩を塗るような攻撃ってわけッス」
地味。ひたすらに地味。
もうとうとう敵側もふざけ出したじゃねえか。『まさに傷口に塩を塗るような攻撃ってわけッス』じゃねえよ。
さっきまでのメノージャ燃えてた時の真面目な空気どこ行ったんだよおい。
「しかも水や塩の量は自由に調節可能ッス。試しに最大出力の塩水……食らってみるッスか?」
だせえ。
仮にも幹部様の技が、そんなスーパーとか薬局の熱中症対策コーナーに並んでそうな商品みたいな名前でいいのか?
フメルタは左手で銃をクルクルと回し、俺たちに向けて得意気に引き金を引いた。
たちまち先ほどのレッカと同じかそれ以上の規模の水が、今度は正面からこちらめがけて襲いかかってくる。
「ちっ……おかわりはいらねえって言ってんだろ!!」
ふざけた技だが……切り裂き攻撃が付与されてる高圧水流とあれば、食らうわけにはいかねえ。
けどあんな量……どうやって避ければ……。
とその時、俺たちの前に一つの小さな人影が現れた。
それは両手を大きく広げてフメルタの大量の塩水を全身で受け止めたかと思うと、なんとそれをゴキュンゴキュンと飲み込み始めたではないか。
「ちょ……えっ…………はあっ!?」
フメルタは豆鉄砲を食らった鳩のようなリアクションをとり、その様子を呆然と眺めている。
超人的な能力を披露したその人物は、フメルタの高圧水流を僅か十数秒で一滴残らず飲み干してしまった。
そして折れ曲がった腰をトントンと二回叩いて、軽く鼻で笑ってみせた。
あのシルエットは…………!!
「はんっ……なぁにが『超高濃度のそるとうぉーたー』だい。こんなもん、あの食堂で食べた『ネギだっくだく背脂グッチョグチョにんにくマッシマシ紅しょうが限界突破盛り煮卵バケモノ乗せ塩分過多致死量らくらくオーバーラーメン』の濃さに比べりゃ、赤子も同然さね」
しょっ…………食堂でラーメン食ってたババア!!




