第56話 理不尽なことを言われたら戦争を衝動買いするクズ野郎
「今……なんつった……てめえ……!?」
魔王の言葉に視界がグラリと歪む。
聞き間違いを疑った。
だが、魔王はそんな俺に一文字一文字を打ちつけるように、再びゆっくりと言い放った。
「明日、我々魔王軍の全勢力が貴様らを一匹残らず殲滅する。そう申したのだ」
「ふざけっ……!!」
前みたいに魔王の鼻っ柱にヒザ蹴りでも食らわせてやろうと、俺は半ば混乱ぎみに駆け出していた。
しかし、フメルタとジギーヴァが目の前に立ちはだかったのを見て、咄嗟に足を止めた。
「おっとぉ……暴力で何とかしようったって無駄なことッスよサカギリさん。これはもう決まったことなんス」
「それとも今この場で戦るかァ? アタシは構わねえがなァ!!」
「どうして……おい魔王!! てめえ言ってたじゃねえか! もう一度魔王城に辿り着くまで俺を待ち続けるって!! 今度こそ正々堂々と最終決戦を行うって!! それなのに……どうしてだよ!?」
絶望で膝をついた俺を、魔王は哀れむような目で見下ろしている。
そして同じくしゃがみこみ、俺と目線を合わせて、優しくフッと微笑んだ。
「それがいつになるか分からんからじゃろうがド阿呆があああああああ!!!」
「ゲヴァヴォス一世!!!」
そして、魔王は青筋まみれの額を大きく振りかぶり、ヨシハルくんに強烈な頭突きを食らわせてきた。
「二周目だからトントン拍子で冒険進めてくれると思ったら……今ようやく仲間を揃えてスタート地点ってどういうことじゃ!? こんなペースじゃワシの元に辿り着くのは何億光年後になるか分からんだろうが!! 一世ってなに?」
「いってえな何しやがんだ!! 第一てめえがワケわかんねえ呪いかけたからこんな面倒くさいことになったんだろ!? 責任持って大人しく待っとけや!!」
「断る!! 一周目では割りとサクサク進んでおったから、別に時間戻しても問題ないと思ったが……今のままだと一周目の倍近くの時間、貴様を待ち続けなければならぬではないか! 貴様のモタモタ珍道中を見るのはもうウンザリじゃ!!」
なんちゅう自分勝手な!!
確かに一周目ならもうとっくに勇者になってパーティーも作って、冒険も始まってただろうさ!
でも俺はコイツのかけたベタノロのせいではじめから全部やり直しさせられて、それでも文句言わずにここまでやって来たってのに、いくらなんでも理不尽すぎない!?
一周目のメンバーを揃えただけでも大分エラいと思うんだけど!!
「もうあったまきた!! 俺だってまたなっがいなっがい時間掛けてテメエの城まで行くのなんざまっぴらゴメンだ! そっちから出向いてくれるんなら手間が省けてむしろ助かるぜ!!」
クソみたいなルール押し付けられて、大人しく従ったら今度は進行が遅いと文句言われて……!
魔王軍の全勢力?
ってことは、一周目で戦ったアイツも! アイツも! アイツもアイツもアイツもアイツも!!
みんなみんなアホ面ぶら下げて、わざわざここまで足を運んでくれるってことだよなぁ!?
上ッッッッ等じゃねえか!!
こっちから向かう必要がなくなったんだ! 面倒くさがり屋のヨシハルくんにとっちゃ朗報以外の何物でもねえ!!
「その勝負、乗ったぜ!! このサカギリ ヨシハル様が懇切丁寧に返り討ちにして差し上げるから覚悟しやがれ雑魚軍団が!! げひゃひゃひゃひゃ!!」
目の前にいる魔王たちに両手で中指を立て、きったない爆笑をぶっかけてやる。
さあ、ここまで言ってしまってはもう後戻りはできねえ。
怒りに任せて売られた戦争を衝動買いしちまったが、後悔なんて微塵もない。
明日、俺が全て終わらせてやる。
勝てば元の世界に帰れる。負けりゃゲームオーバー。この上なく単純なルールで助かるね。
「貴様のような大馬鹿者ならばそう答えると思っていた。来るべき死に備え、最後の夜をせいぜい有意義に過ごすことだな! フハハハハハハハハ!!」
魔王と配下二人の足元に紫色の魔方陣が出現し、三体の敵は跡形もなく消えていった。
そこから、時間が止まったんじゃないかと錯覚するほどの完全な沈黙に襲われる。
ああ、きっと俺はこれからみんなにタコ殴りにされるんだろうなぁ。
俺は後ろにいる仲間たちに向かって、真っ白な歯を見せて親指を突き立てた。
「さあみんな、明日に備えてレッツ就寝だ! 昔っから言うだろ? 寝る子は育つって……」
心臓が止まりそうになった。
そこにいる仲間たちは、今までに見たことがないほどに、冷たい目をしていた。
「おっ……おいおいお前ら何だよその顔? いつもみたいにド派手に突っ込んでくれよ! 寂しくなっちゃうだろ? なははは…………」
俺の言葉にも、みんな一切反応しない。
セクリが。
クムンが。
メノージャが。
まるで、大切な仲間に裏切られたかのような顔で……ただ俺を見つめていた。
「何を考えてんのよ……あんたは」
真っ先に口を開いたのはセクリだった。
「え? いや、だって魔王城に行くの面倒くせえだろ? こんなくだらねえ戦いすぐに終わらせて、俺はとっとと元の世界に……」
その時、セクリは華奢な腕を振り上げて、俺の頬を思い切りひっぱたいた。
「っつ…………何すんだよ!?」
セクリの綺麗な瞳に涙が溜まり、そのまま真っ白な頬を流れ落ちていく。
そして彼女はしばらく声を殺して泣いた後、バッと俺を見上げた。
「私は…………私たちは、あんたの道具じゃないっ!!」
「っ……!!」
セクリの悲痛な叫びを聞いて初めて、俺は自分の行いを後悔した。
皆が俺に失望しているのは。
今セクリが泣いているのは。
俺が魔王からの宣戦布告を受け入れたからじゃない。
俺が『自分の都合だけで』魔王からの宣戦布告を受け入れたからだ。
一刻も早く憎たらしい魔王を倒して、元の世界に帰りたい。
そんな個人的な願望だけを優先して、コイツらのことを一切考えず、コイツらに何も相談せず、たった一人で軽はずみな選択をしたからだ。
これじゃあセクリの言う通り、まるでコイツらは俺にとって……『元の世界に帰りたい』という俺の願いを叶えるための、ただの都合のいい道具みてえじゃねえか。
なんてことをしちまったんだ……俺は。
「ウチ、このパーティー抜けます」
壁に寄りかかったクムンが小さく、しかし力強い口調で言った。
「クムン……お前なにを……!!」
「近寄らないでくれます? アンタみたいなヤツを一瞬でも信じたウチがバカでした。魔王たちが攻めてくるんなら、ウチはこのシルベラ国から離れます。あとは勝手にやってください」
「わたくしも……こんな最低な男の勝手な都合のために、わざわざ魔王様たちと戦うつもりなど毛頭ありませんわ。失礼いたします」
クムンに続き、メノージャまでもが俺から離れ、足早に部屋を出て行こうとする。
「まっ、待ってくれよ……クムン!! メノージャ!!」
「あんたも早く出てってよ、ヨシハル。あんたの顔なんて……もう見たくない」
セクリは俺と目線を合わさずに、吐き捨てるように言った。
「そんな……考え直してくれセクリ!! 明日になったら、魔王たちが攻めてくるんだぞ!? それなのにこんな……!!」
「引き受けてもうたモンはしゃあない。今さら取り消しなんか出来る問題やないからな。明日までに周りの国に手当たり次第に連絡とって、全力で軍隊から兵器から何から何までかき集めて、早急に戦争に備えなアカン。せやから……」
ヒノ様は泣いているセクリを抱き寄せ、俺を鋭い目で睨みつけてきた。
「アンタは早よ去ね。武器も防具も全て置いて、邪魔物は今すぐここから立ち去りぃ」
「そんな……でも、魔王を倒せるのは俺だけで……」
「自惚れんな。アンタより強いヤツなんてナンボでも居るわ。アンタ一人が居らんくなったところで何も変わらへん。何より、ウチらの大事な娘を……仲間を道具としか考えてへんアンタみたいなクズが、世界を救う勇者になろうやなんて…………笑かすのも大概にせえよ」
ヒノ様の言葉に、胸がキュッと締め付けられる。
そう、だよな。
こんな男が、コイツらと一緒に戦う資格なんざねえ。
こんな男が、コイツらを仲間と呼ぶ資格なんざねえ。
ヒノ様の言う通り、俺はとんだクズ野郎だ。
勇者になんか、なるべきじゃなかったんだ。




