第50話 回想が終わったら話を蒸し返す残虐マジシャン
「あれから三年ほど経ちますが、ジレゴさんはワタシたちの元へ帰ってきていません」
ヒューサさんの話に、俺たち全員が聴き入っていた。
そんな過去があったなんて、普段の彼女からは想像できない。
「ワタシは間もなく魔導師をやめ、先生になりました」
「それは……もう復讐をやめて、魔導師でいる必要がなくなったから……ですか?」
「もちろんそれもあります。ですが、ジレゴさんがワタシを鍛え、変えてくれたように、ワタシも子どもたちの力になりたいと思っての決断です。あの人が帰ってきたときに、『ワタシはこんな立派な仕事をしているんだよ』と、胸を張って言えるように」
確かにヒューサさんには、そっちの方が向いているかもしれない。
それにしても、ヒューサさんとアタラポルトにそんな関係があったとはな。
ますます許せねえ、あの陰湿科学者……。
ヒューサさんはあの時……ゴリラ・ゴリラ・ゴリラから俺たちを助けてくれた時、あの場に居たアタラポルトを見て、何を思ったのだろう。
殺してやりたい、そんな復讐心が再び芽生えたりはしなかったのだろうか。
「話が長くなって申し訳ありません。ワタシが『ジレゴさんが無事かどうかわからない』と答えた理由が分かっていただけましたか、クムンちゃん?」
「……ジレゴは、ウチを忘れてしまったワケじゃなかったんですね。ウチを置いていったワケじゃ……」
「あの人がそんなことをするハズがありません。それはキミもよくご存知でしょう?」
ヒューサさんはクムンの頭を優しく撫で始める。
「一つだけ、アンタに訊きてぇことがあります」
「なんなりと」
「アンタは、ジレゴが生きていると思いますか?」
ヒューサさんの手がピタリと止まる。
「これはさっきの『生きているのですか』とは違う質問です。もう一度だけ訊きます。アンタはジレゴが……『生きていると思いますか』?」
「……生きていて、欲しいです。この空の下のどこかで生きてくれてさえいれば、ワタシはそれで……」
ヒューサさんは空を見上げ、少しもの寂しげな表情で、再び手を動かし始めた。
「はいはいはいはい!! 母さんもクムンも、みんな暗いよ!!」
そこから生じた数秒ほどの気まずい沈黙を突き破ったのは、メリカだった。
「あたし、あのとき言ったよね母さん!『父さんなら絶対、生きて帰ってくる』って! 父さんが死ぬハズないじゃん! だって、サイキョーの母さんをサイキョーにしてあげた、サイサイキョーの父さんなんだもん!!」
コイツも父親が居なくて不安でいっぱいだろうに、いつもいつも明るく振る舞って……こうして母親のことを支えてやって。
俺にも他の奴にも、弱みなんて一切見せない。
大した奴だよ、本当に。
「……部外者が口出すの、あんまり良くないと思うんですけど……俺もメリカと同じ意見っすよヒューサさん! こんなに色んな人に愛されてる人間が死ぬわけない! きっと今でも魔物をバッタバッタと倒してますって!」
「私も、あのヒューサ先生が認めるような人が魔物程度に遅れを取るとは思えません。ジレゴさんが帰ってきたら、ぜひ私を紹介してください。『ワタシの自慢の教え子です』と」
「ウチはジレゴに恩返ししたくて仕方ねぇんですよ。一緒に待ちましょう。そんで、あの能天気な笑顔を、それ以上にバカみたいな笑顔で迎えてやりましょう」
「…………いけませんね。あの人が帰ってくるまでは……二度と泣かないと決めていたのに……」
ヒューサさんは顔を両手で覆い隠し、声を殺して震えている。
「ふふ……キミたちを鍛えようだなんて……どうやら無用なお節介だったみたいですね……」
「へへっ、なかなかやるでしょ俺たち?」
「ええ……キミはいい仲間に巡り会いましたね、ヨシハルくん。ちょっと、羨ましいくらいに」
「ありがとうございます。でも、それを言うには少し早いっすよヒューサさん。だって……俺たちのパーティーは、まだ完成してませんから」
そう、あと一人。
ここまで本当に長かったが、あともう少しで俺の夢も大きく前進する。
かつての仲間全員で、魔王にリベンジする。
俺は負けない。
絶対に、生きて元の世界に帰ってや
「では、そろそろワタシのことを『魔物ババア』だの『お肌がガサガサなオバハン』だの好き勝手に言ってくれたことについて話し合いましょうか」
あっ、無理かもしれない。
生きて帰れないかもしれない。
魔王より恐ろしい存在が数メートル先にいるんだもん。
「いやいやいやいや!! もうそこら辺は掘り返さなくていいじゃないですか! あんだけ感動的な回想の後でそりゃないっすよヒューサさぁん!!」
「何を言いますか。今の過去話はキミに私への非礼な発言に対する弁明を考えさせるための、ただの時間稼ぎです」
そういう役割だったのあのエピソード!? 言い訳組み立てるどころかじっくりと聴いちまったんだけど!!
「も、もうぜんぜん怒ってないのかと……さっきも俺たちの温かい言葉で泣いてましたし……」
「ウソ泣きです」
頭がクラリとした。何の躊躇もなく言い切ったなこの人。
「では弁解の言葉もなさそうなので…………『青年を一瞬にして白骨化させるマジックショー』を始めましょうか」
「その白骨はもちろん元の青年に戻るんですよね? マジックですもんね?」
「いえ、青年が白骨化して会場が大盛り上がりしたらショーは終了です」
それもうただの賑やかな火葬じゃねえか。
「そんなに怖がらないで下さいよ。楽しいじゃないですか…………『火葬パーティー』」
そっちのカソウ君とは知り合いじゃないわ俺。
臨終を予知したヨシハルくんは、なんともエレガントな身のこなしにより僅か1秒足らずで土下座の完成形を作り上げる。
「ほんっっっとうに、すんませんでしたああああ!! 偽物かと思って好き勝手に言ってしまって、心より反省しておりますううううう!!」
「もう、おにーさんったら早とちりしちゃって~! まぁあたしは最初から分かってたけどね!」
「お前の推理のせいで騙されたんだろうがボケ!! てか『とーしゃん』って何だよキメエな!!」
「今それ関係ないじゃん!! 幼子の未発達な滑舌にイチャモンつけてこないでよ大人げないな!!」
ヒューサさんがこちらに近寄ってくる音が聞こえる。
骨にされるよぉ……やだよぉ……。
サカギリ・カルシウム・ヨシハルになっちゃうよぉ……激ダサのミドルネームついちゃうよぉ……。
「相変わらずキミの土下座は芸術品のように美しいですね。はあ……仕方ありません、今回は大目に見てあげます」
「ホンマですのん!?」
「ワタシの話、最後までしっかり聴いてくれましたからね。もう充分に怖がらせたので、特別に見逃してあげます」
良かったぁ……地獄巡りのスケジュール表を作成しなきゃいけないかと思ったよぉ……! 閻魔への菓子折り買いに行く所だったよぉ……!
「ヒューサさん、めちゃ強かったです。そんで肌荒れとかも全くないです。たぶん光の反射とか……そういう関係で、荒れてるように見えただけでした。マジで娘がいるとは思えない若さですマジで絶世の美女ですマジで」
「それはどうも。ほら、最後はアルラウネさんの所でしょう? 早く行かないと日が暮れてしまいますよ」
精一杯に褒め言葉を並べると、ヒューサさんは気分良さげに俺たちに出発を促す。
「よし、そんじゃあ行くぜお前ら!! アルラウネのいる森の中へ、出発進こ」
「ヌゥゥゥゥゥゥハッハッハッハッハッハ!!」
なんか遠くの方で男の大爆笑が聞こえた気がするわよ?
いや気のせい気のせい。きっと男の大爆笑によく似た鳴き声の鳥かなんかが通り掛かっただけさ。
「ヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥハッハッハッハッハッハ!!!」
あ、気のせいじゃねえなこれ。
不快な高笑いはどんどんこちらに近付いてくる。
これは…………もしかしなくても。
「待ちたまえ貴様ら!! ここから先はボク様もご一緒させていただこう! このヴァカ=シルベラ王子もな!! ヌゥゥゥゥハッハッハッハッハッハ!!! ヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥハッハッハッハッハッハッハッッッッゲハッゲホゴホッッッオエッッッ!!!」
かえってよ。




