第42話 弓矢が使えなかったら仲間を弾丸にするハリセンボンくん
泣き叫びたくなるような激痛の中、必死に頭をフル稼働させる。
クムンが弓矢を飛ばしたのは確かにあのハーピーの方角だった。
でも何故か、全て俺に直撃。
物理法則やら自然の摂理やらを完全無視した非現実的な出来事が起こった時、それはほぼ確実に『アレ』が発動した合図だ。
「クソッ…………またベタノロかよ………!!」
思い返せば俺は、先ほどクムンがハーピーに弓を構えたとき、こう考えていた。
『飛行系の魔物に対して弱点の弓矢を使うという、なんとも王道すぎる方法で戦う羽目になっちまった』と。
ベタノロは異世界マンガやアニメにおいてベタなことをすると発動する呪い。
この『なんとも王道すぎる』戦法を取ったが故に呪いが発動してしまったと思われる。
前回は体が痺れて動かなくなる……だったが、今回は違う。
おそらくそれよりも、もっとタチの悪い呪いだ。
「まさか……ウチが放った矢が全てヨシハル目掛けて方向を自動的に変え、命中してしまう呪い……とでも言いやがるんですか……!?」
「うええええええええ!?」
クムンの言葉にメリカがどひゃあと飛び上がる。
「ちょっと! 弓を使わないとハーピーが倒せないんでしょ!? でも弓を使ったらおにーさんに当たっちゃうって……詰みじゃん!!」
「戦いにおいて相手の弱点を突くのは定石。それが『ベタ』だと判断されたのよ。どうやらベタノロは、私達をとことん苦しめたいようね」
「弓を使っても使わなくてもハーピーに負けちゃうって……こんなのハゲオヤジのスリッパだよ!!」
ヤマアラシのジレンマだけど。言葉も意味も何もかも違うぞ。
「でもさ、その仮説って合ってるの? もしかしたらさっきの矢は、たまたま風がいい感じに吹いておにーさんに命中したのかも……」
はょ?
「せっかくだからもう一回やってみれば? ねえクムン?」
「ちょっと待てメリカお前、何をバカなことを言って……」
「確かにやってみる価値はありますね。えいっ」
グサリス。
「あぎゃぽおおおおおおおお!!!」
「ふふふ、今日の晩ごはん何かなぁ…………あっ! ごめんクムン、考え事してて見てなかった! もう一回やってくれる?」
「了解しました。とりゃっ」
グサリンヌ。
「けみょぺええええええええ!!!」
「…………あっ、ごめん! ちょっと暇潰しに視力ゼロにしてた! もう一回お願いクムン!」
「オッケーでーす。ほれっ」
グサリンティヌス。
「もちょざああああああああ!!!」
「…………なんか、こう…………まあ、とりあえずもう一回お願いクムン!」
「承知。そいやっ」
グ
「いい加減にさらせやボケ畜生どもがあああああ!!!」
痛みと苛立ちがピークに達したハリセンボンヨシハルくんは、地面がパックリと割れてしまいそうなほどのドデカい咆哮をぶちかます。
「すごい……おにーさんの気迫で弓矢の命中音が掻き消された……」
「『グ』しか聞こえませんでしたよ。ワンダフルですね」
「じゃかあしいわ!! お前らマジで覚悟しとけよ……醤油とカーテンと方位磁石の三つを巧みに利用して必ず殺してやるからな……」
「殺害方法が全く予想できなくて怖いんだけど……」
「ねえ、ハーピーが敵ポジションなのにさっきから全く構ってもらえなくて泣いてるわよ」
セクリの冷静な一言で空を見上げると、ハーピーは目に溜まっていた涙を羽で慌てて拭き取った。
「ぐすん…………あ、あっははぁ……なんだかよく分からないけど、結局あなたたちに勝ち目は無くなったってことなの~! ゆっ、弓はわたしに当たらず、放てば仲間を傷付けることになるなの~! ど、どのみちあなたたちは、ここで終わりなの~!」
可哀想に。声が震えているよ。
くそっ……この面倒な呪いさえなけりゃあんな奴に遅れは取らねえのに……!
なにかいい作戦はないのか……なにか…………!!
「タコサザエ イカオウムガイ カタツムリ」
「軟体動物で一句詠んでねえでお前もなんか考えろやアホメリカ!!」
「そ、そんなこと言われても……うーんうーん…………」
メリカが腕を組んでシンキングタイムに入る。
てかどうしてこの状況で軟体動物で一句詠んでたん? 辞世の句だったの?
「あっそうだ! いいこと思いつ」
「ボツなのだ」
「まだ何も言ってないじゃん!! 産声あげたてのグッドアイディアを最高時速で埋葬しないでよ!!」
「お前のアイディアがグッドだったことなんか今まで一度もねえだろ。いいからお前はそこら辺で大人しくチョウチョとでも遊んどいてそのチョウチョが実は猛毒持ってて頸動脈を一通り刺されて死ね」
「そこら辺で大人しくチョウチョとでも遊んどいてそのチョウチョが実は猛毒持ってて頸動脈を一通り刺されて死ね!?」
ショックさが全面に押し出された顔で俺の言葉を復唱するメリカ。
「なんなのさ! アイディア出しても出さなくても暴言吐かれるとか……こんなのハゲオヤジのスリッパじゃん!!」
それ何なのさっきから? 何回聞いても気持ち悪いフレーズだわ。
「むむむぅ……今回のは絶対に大丈夫だもん! あたしを信じてよ!」
「どうせお前のことだから、俺に手作りの羽とクチバシを付けて鳥に変装させりゃ、気合いでハーピーの所まで飛んでいってくれるんじゃね?……みてえな、愚かさにステータス全振りしたヘッポコ作戦しか思い付いてねえんだろ?」
「すごい! 当たりだよおにーさん!!」
当たってんじゃねえよ。
「わかったわかった。俺とセクリとクムンでいい案を出すから、お前はハーピーと世間話でもして時間を稼いどけ」
「了解だよっ! ねえねえハーピーさん知ってる? ピアニストをピアノでぶん殴ったら死ぬんだって!」
ピアニストじゃなくても死ぬわ。
メリカを放置して三人でヒソヒソと作戦会議を始めた途端に、クムンが自信ありげに口を開いた。
「心配しなくても、作戦はもう浮かんでますよ」
「マジでか!? 聞かせてくれ!! 内容によっては、さっきの弓矢いじめの件は大目に見てやるからよ!」
クムンはメリカに聞こえないように、俺とセクリに耳打ちする。
「なっ……そんなの無茶よ! いくらなんでもメリカちゃんが可哀想だわ!」
案の定、心優しいセクリたんは全力でクムンの作戦を拒絶する。
「俺は賛成だ。確かに無謀ではあるけど、このまま全滅を待つよりかはマシだろ」
「さすがヨシハル、話が分かりますね。ほら、アンタも心を鬼にしてください王女様。その若さで死にたくないでしょ?」
「なら私がやるわ! メリカちゃんをそんな危ない目に遭わせたらヒューサ先生がなんて言うか……」
「この役はあんたよりメリカの方が適任なんですよ。小柄で衣装も軽そうですからね。それに、国王の娘であるアンタを危険に晒しちまったら後々めんどいっしょ」
「ふえ……? あたしがどうかしたの?」
何も知らないメリカちゃん。脳ミソ入荷待ちみたいな見事なアホ面で俺たちを見つめている。
「いい作戦が思い付いたんですよ。ちょいとそこに立っといてくれませんか?」
「え……うん……いいけど……」
メリカはクムンに言われるがままに数歩前進し、俺たちの前で棒立ち状態に。
それを見た俺は、鎧から剣を鞘ごと取り外し、メリカに近付く。
「ちょっとヨシハル!! 本当にやるの!?」
「他に手段がねえんだから仕方ねえだろ。それとも、これを上回る考えがセクリにはあるのか?」
「うぐっ……それは……」
唯一の良心であるセクリが黙りこくったのを見届け、俺は鞘に入ったままの剣先をメリカに差し出す。
「こっちの端っこ持っといてくれ。絶対に離すなよ」
「ふぇ……? ちょっと、あたしにも説明してよおにーさ」
「ドオオオオオオオオオリャアアアアアアアア!!!」
メリカが剣をしっかりと握ったのを確認すると、俺は両足に思い切り力を込め、大きく大きく体を回転させる。
「え、ちょっと……………うひゃああああああああああああ!!!」
体の軽いメリカは、クムンの予想通りいとも簡単に持ち上がり、剣を握りながら俺の周囲を高速で回転していく。
そのままヨシハルくんを中心として、辺り一面の草花を吹き飛ばさんばかりの巨大な竜巻が発生する。
「あ、あなたたち……何をしているなの……?」
「へへっ、刮目しろやハーピー野郎……これがヨシハルくんの、スペシャルジャイアントスイングじゃあああああああい!!」
「ぎゃえええええええ吐く吐く吐く吐く吐く!! 嘔吐の未来しか見えない!! とめてとめておにーさんとめてええ!!」
「それじゃあさっきベタノロを利用して俺を痛めつけたことを謝罪しろや!! そしたらお前をブン投げるのはやめてやるよ!!」
「ごめんなさいごめんなさいほんとうにすみませんでした!! あやまるからとめてとめてとめてとめてえええええええ!!」
「よっしゃ行ってこいやメリカァァァァァァァァァ!!!」
「ぎゃあああああああああああうそつきいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
充分にグルグルした所で、晴れ渡る青空に浮かぶハーピーに向かってメリカを剣ごと全力で放り投げる。
よし、完璧なタイミング。
メリカは大声で泣き叫びながら、破竹の勢いで標的へと突っ込んでいく。
「あっははぁ……何をするかと思えば、そんな無茶苦茶な作戦でどうにかできると思ったなの~!? あなたみたいな小柄な女、すぐにわたしの風で叩き落として…………」
ハーピーは余裕そうなお顔で両腕の羽を激しく前後させ、激しい風を巻き起こす。
「叩き……落として…………」
だが、いくら強烈な風を浴びせようとも、メリカちゃんロケットの勢いは全く死なない。
「は……? なんでっ!? どうして止まらないなのっ!?」
俺のスイングをナメてもらっちゃ困るってことよ。
ここに来て初めて、ハーピーの顔にハッキリとした焦りの色が滲み出る。
「あの、ちょっと、待って、こっち来な…………きゃああああああああああああ!!」
激アンド突。
二人の少女が花火のように空中で美しくクラッシュしたのを、地上にいる俺たちはどこか生温かい目で見守っていた。たまや。




