ベタノロ！～ベタなことしたら呪われる異世界物語～

三章 魔物討伐のおつかい

第41話 おつかいから帰ってきたら重い空気をブチ壊す能天気ちゃん

「いやあ、活路が見出だせないねえ！」

「明るく言ってんじゃねえよ！！　お前のせいでこうなったんだろうが役立たず！」

　メリカが笑顔いっぱいでネガティブな言葉を口にする。

　さっきのコイツの攻撃がヒットしてれば今頃こんなに苦しんでねえのに……！！

「や、役立たずってなにさ！？　おにーさんだって何も出来ないくせに！」

「俺はいいんだよ、戦闘開始から無力だったんだから！　お前はカッコつけて強キャラ感ビンビンで出てきといてガックリと拍子抜けさせたから罪が大きいの！」

「ジュウウウウウウ！！！」

「言い返せなくなったからって卵焼きの真似で誤魔化すな！　口論に狂気の持ち込みは禁止だろうが！！」

「だいたい、さんざん勿体ぶってやっと勇者になったクセに、なーんの活躍もしてないおにーさんにだって責任があるでしょ！」

「ジュワアアアアア！！！」

「いやおにーさんも卵焼きの真似で誤魔化して…………いやあたしのより美味しそうな音！！　ずるいよおにーさんばっかり高級な卵使ってずるいずるい！！」

「てめえらいつまでグダグダ喋ってんですか！！　ハーピーが仕掛けて来ますよ！」

「なんだかあなたたち、放っておいてもお互いに傷付けあって自滅してくれそうな気がするけど……せめて最後は仲良く死なせてあげるなの～！」

　そういえばハーピーさん今まで何にもしてなかったな。登場して結構経ってるのに。

　水色髪の少女は哀れみと敵意をごちゃ混ぜにした複雑なお顔のまま、両サイドの羽根を高速で動かし始めた。

　ブオンブオンと空を切る音と共に、凄まじい強風が襲いかかる。

「ぶぉばあああああ！！　飛ばされる飛ばされる飛ばされる！！」

「うっひゃああああああ！！　こ、こんなの耐えられない……けど！　なんかおにーさんより先に飛ばされたら後ですごいバカにされる気がする！！　絶対負けないんだから！」

　負けず嫌いのメリカが必死の形相で俺の右足に抱きついてくる。

「こっ、こら離せ！　俺だってお前に負けんのはゴメンだっての！！　とっととあの世まで吹っ飛べ！　墓石に『ヘナチョコ』って刻まれたまえ！！」

「や～だ～！　おにーさんが無様に飛ばされて死んじゃえ～！！　願わくば心地よい風にフワフワと乗って地獄まで産地直送されんことを～！！」

「いたいいたいいたい！！　しがみつくパワーえげつなっ！！　ベアハッグのみで世界制覇したガチホモプロレスラーかよコイツ！！」

「なぁにをやってんですかバカ男女！！　今はそんなことしてる場合じゃ…………ぐっ！！」

　強烈な風魔法の中で激しい戦いを繰り広げる俺とメリカを怒鳴りつけたクムンが、短い悲鳴をあげる。

　見るとその真っ白な細腕には、パックリと切り傷が刻まれていた。

「あっははぁ……わたしの風魔法はこんなこともできるなの～！　あなたたちみんな、全身キズだらけにして殺してあげるなの～！」

　強烈な風が、俺たち三人の服や体をどんどんと切り裂いていく。

「くそっ、高いとこから好き放題やりやがって！　降りてきやがれ！！」

「自分の得意な方法で戦って何が悪いなの～？　それにさっきの話を聞く限り、そっちの子が弓矢を使えなくなったのはあなたのせいなの～！　自業自得なの～！」

　前から思ってたけどハーピーさんすげえまとも。

　さっきから正しい発言しかしてこないし、もしかしたらこの世界でヨシハルくんの次に常識人なんじゃないかな。

　な、なんにせよこのままじゃアカン！

「ちくしょうめ！　こうなりゃ…………メリカ！」

「ふえ？　なにさこんな時に！」

「ここは俺とクムンが何とかするから、お前は町に戻って弓矢買ってこい！　それかヒューサさんを呼んできてくれ！」

「え……でも…………」

「いいから早く行け！！」

「うっ…………わ、わかったよ！！」

　メリカは強風に背中を押されて何度も転びそうになりながらも、一目散に走り去っていった。

「あっははぁ……さっきまであんなに仲が悪かったのに、急にお願いだなんて無様なの～！　あの赤髪の子、このままあなたたちを見捨てて逃げるつもりに違いないなの～！」

「何も分かってねえんだな……さすが魔物さん。こんなすげえ力を持っていても、やっぱりバカ野郎だ」

　俺の言葉にハーピーがあからさまに眉をしかめる。

「なっ……それはどういう……」

「そのままの意味だよ。確かに俺たちはいつもお互いに罵倒して暴言ぶつけ合って、バカみてえなケンカばっかりしてるけどなぁ…………お互いを裏切るような真似だけは、絶対にしねえんだよ！！」

「うわあでたぁ、ヨシハルの急に入りやがるキメ顔シリアスモードォ～。あぁ寒い寒い。一文字一文字に共感性羞恥ですわぁ」

「てめえは黙ってろや！！」

「そ、それはただのあなたの願望なの～！　所詮は仲間なんて、自分の命に比べたらいとも簡単に捨てられるものに決まって……」

「それはどうかしら」

　ハーピーの言葉が凛とした女の声に遮られる。

「少なくともそのバカは、仲間の絆とやらをスッパリと断ち切れるほど、器用な人間じゃないらしいわよ？」

「お、お前は……」

「なにせ、時間を戻されようが、自分以外の全ての人の記憶が消え去ろうが、バカみたいな笑顔で泥臭く突っ走り続けるんだから」

　そこにあったのは、大きな弓矢を肩に担ぎ、迫り来る強風を物ともせずに悠然と地に両足をつけた、セクリの姿。

「セクリ！　何でお前がここに……！」

「ったく……散々な目に遭ったわよ。大人しくお城で待っておくべきだったと、ここに来るまでは少し後悔してたけど……どうやら私の行動は間違ってなかったみたいね」

　傷だらけの俺とクムンを見た後で、セクリが上空のハーピーを睨み付ける。

「あんたがやったの？　手も足も出ない相手を一方的に少しずつ痛めつけるなんて、ずいぶんと趣味の悪いことするのね。でもこれ以上は好き勝手させないわよ？　私の大事な仲間たちに、こんなところで死なれたら困るんだから」

「そ、その武器……まさかあなたも弓使いなの……？」

　セクリの持っている弓矢を目にしたハーピーは、頬に冷や汗を滑らせながら身構える。

「まさか。私は弓矢なんて使えないわよ。そこにいる銀髪の女の子と違ってね」

　セクリはそう言うと俺たちの元へ歩み寄り、傷だらけのクムンに大きな弓矢を手渡した。

「はじめまして。あなたがクムンちゃん？　あなたにこれを渡せって言われて来たんだけど……動けるかしら？」

　セクリが喋り終わるとほぼ同時に、ずっと黙っていたクムンが瞳孔をかっ開き、セクリの胸ぐらを思い切り掴み上げた。

「なんで……どうしてテメエがそれを持ってんですか…………それは……………それは、ジレゴのもんだろうがっ！！」

　相手の豹変にも顔色一つ変えずに、セクリはただただクムンの怒りを受け入れている。

「おいおい、何だよこの状況……何でセクリが責められてんだよ……？」

　ジレゴってのは確か、身寄りのないクムンの親代わりとも言える人で、クムンに弓矢の使い方を教えてくれた師匠、だったよな？

　あとのことは一周目でも詳しく話してくれなかったけど、何でセクリがその人の弓を……？

「や、やめろってクムン！　今はそんなことしてる場合じゃねえだろ！」

　とにかくなんか気まずい。

　セクリもクムンも一言も喋らない。

　ハーピーさんも風攻撃をピタッと止めて、昼ドラの視聴者みたいに息を呑んでその様子を見守っている。

　気を抜けば押し潰されてしまいそうな重苦しい空気は、とある能天気ちゃんの乱入によって崩壊した。

「たっだいまー！！　弓矢買ってきたよーー！！　おにーさんほめてほめて！！」

　おつかいを終えた子どものような純真無垢な笑顔と共に、メリカちゃんが高らかに弓を掲げて帰ってきた。

　ありがたい、コイツが来なきゃ気まずさで窒息死してたぜ。

　鼻息をフンスと自慢気に鳴らして俺に頭を差し出してくるメリカ。撫でてほしいらしい。

　まあ、弓矢も買ってきてくれたし重い空気もぶち壊してくれたんだ。こんくらいはしてやろう……と、赤いボサボサ頭を撫でくり回してみせる。

「よくやった。感謝するぞメリカ」

「えへへ……くすぐったいよおにーさん！」

「ご褒美に願いを何でも一つだけ叶えてやろう。何をしてほしい？」

「ほんと！？　じゃあニンニクを口いっぱいに詰め込まれながら十字架で思い切りぶん殴られたい！」

　マゾヒストヴァンパイアなのかい？

「とっ……とにかく落ち着けよクムン！　何をそんなに怒ってるのか分からんが、話ならアイツを倒した後でも遅くねえだろ！」

「私もヨシハルに同感よ。後で全てを説明してあげる。だから今はあなたの力を貸してくれないかしら？」

「…………くそっ！　この戦いが終わったら洗いざらい話してもらいますからね！！」

　頭をガシガシと掻き、渋々納得した様子を見せたクムンは、そのままセクリ……ではなくメリカの方へと歩み寄り、その弓を受け取った。

「ウチにジレゴの弓を使う資格はありません。それはあんたが持っといてください。傷の一つでもつけたら承知しませんからね」

「お話は終わったなの～？　確かにわたしは弓が弱点だけど……そんなボロボロの体じゃ全然怖くないなの～！」

　ハーピーは傷だらけのクムンを鼻で笑い、再び風を起こす。

　いやはや、メリカの言う通りだ。

　せっかく勇者になったってのに、俺は何の活躍も出来ちゃいない。

　ここであのハーピーさんを瞬殺できたらカッコ良かったんだけどな。

　飛行系の魔物に対して弱点の弓矢を使うという、なんとも王道すぎる方法で戦う羽目になっちまった。

　まあいい、次のアルラウネ戦こそ活躍してみせる！

　なにせソイツのことはよく知っているからな……クククク………。

　クムンがメリカの買ってきた弓矢を構え、ハーピーに狙いを定める。

「あっははぁ……全部わたしの風魔法で跳ね返してあげるなの～！」

「やれるもんなら……やってみやがれ！！」

　興奮が収まり切っていないクムンが乱暴な弓使いで立て続けに十数本の矢を射る。

　しかし。

「およ？」

　放たれた弓矢たちは、すぐに空中でグルンと方向を変えた。

「およよ？」

　そしてその先端は…………まっすぐとヨシハルちゃんの方へ。

「およよよよ？」

　嫌な予感。

「あんぎゃああああああああす！！！」

　直撃。激痛。悲鳴。激痛。号泣。激痛。激痛。

「ちょっ……どういうこと！？　何でヨシハルに弓矢が飛んでいったのよ！？」

「だ、大丈夫ですかヨシハル！？　身体中に刺さりまくってますよ！」

「ホントだウニみたい！　何が起こったのウニハル…………あっ間違えたウニーさん…………あっ更に間違えた、おにーさん！！」

　たまらず地に伏した俺に、仲間たちが一斉に駆け寄ってくる。メリカ後でしばく。

　気が狂うような痛みの中、脳内は混乱一色。

　ハーピーは風魔法を使っていない。

　にもかかわらず弓矢は全て軌道を変え、真っ直ぐ俺に向かってきた。

　一体……どういうことなんだよ……！？