第35話 山で叫んだら返ってくる別の大声
「さーてと……あんたがどんな風にウチの矢から逃げ切るのか…………見せてもらいましょうかね」
相変わらず、クムンからは殺気を一切感じない。
だが、俺はコイツの弓捌きを誰よりも近くで見てきた。
相応の覚悟は必要だな。
「質問なんだが……メリカはゲームに参加しねえのか?」
「ええ。見たところ弱そうですし、今回は見逃してやります」
戦闘力が低いのは確かだが、コイツも俺と同等かそれ以上の罪があると思うんですがね。
「心配しないでおにーさん! 実況解説と観客役は任せてよ!」
ぶっとい丸太にどっかりと座り、俺に親指を突き立ててくるメリカ。
セクリの時といい、何だかんだでターゲットから外されるよなコイツ。
腹立たしい世渡り上手だが……まあいい。
場合によっちゃメリカを守りながら逃げなきゃいけねえと思ったが、不参加ならまだ気持ちがラクだ。
「お前の役割は実況でも解説でも……もちろん観客でもねぇよ」
俺はメリカの傍まで近寄り、鞘ごと剣を手渡した。
「コイツを、預かっといてくれ」
「ふぇ………ちょ、ちょっとおにーさん!! まさか武器無しでやるつもり!? コーンスープに髪の毛が入っちゃったみたいな感じじゃん!」
さっきからその解読不能な汁物比喩シリーズなんなの? ホントに薬物やってんの?
「はーあ、随分とナメられたもんですね。ウチの矢を丸腰でどうにかできると思ってやがるなんて……ハンデのつもりですか?」
「そんなんじゃねえよ。さっきも言っただろうが……俺は絶対にお前を仲間にするって。これから仲間にしようとしている相手に剣構えるバカはいねえだろ」
「…………さっきから仲間仲間って…………ウゼェんですよ、偽善者が」
クムンが小さく呟いてから、俺に矢を構える。
「せめて闇雲にブンブン振り回してれば、一発二発くらいは凌げるでしょうに……同情もできないくらいアホですね、あんた」
「何とでも言えや。それとも相手が丸腰だと遠慮して手元が狂っちゃうかね、クムンちゃん?」
「……そこまで挑発するなら、お望み通りにしてあげますよ。そんじゃ、せいぜい無様な姿を晒してくださいな」
メリカから離れ、足場の悪い山道をひた走る。
数十秒ほど走り続けたところで足を止める。
ここまで来りゃ、メリカに流れ弾が当たることもねぇはずだ。
ゲームは始まっている。
人も動物もいない森の中だ……耳をよく澄ませばアイツの接近に気付けるはず。
だが、いつまで経っても葉を掻き分ける音も、枝が軋む音も聞こえない。
気持ち悪いくらいの沈黙に包まれ、体から汗が滲み出てくる。
さすがだな、完璧に気配を消してやがる。
恐らくどっかから俺の隙を伺っているんだろうが……辺りが暗くてよく見えない。
コソコソするだけムダだな。大胆にいこう。
「おーーい!! どうせテメエのことだから、俺の姿見えてんだろーーー!? 早く出てくるか、返事くらいしろよーーー!!」
複雑に生い茂る木々の中に俺の大声が吸い込まれ、すぐに木霊に変換されて帰ってくる。
やはり物音一つしない。
チッ…………もう一度だ。
「おーーーーーーい!!! さっさと返事し」
「うるさいなあーーー!! 昼寝できないでしょバカおにーさーーーーん!!!」
「お前が返事すんのかいっっ!!」
遠くからメリカの声が返ってくる。
予想外の出来事にも俊敏に反応できた自分に満足していたが、すぐにもう一つのツッコミ所に気付く。
「…………アイツ今『昼寝できないでしょ』って言わなかったか?」
いやいや、まさかな。
こんな不気味な所で昼寝とか、それこそクムンくらいしか出来ないだろ。
まして、さっきまであんなにビビってたメリカが、そんな度胸のあること出来るはずがねえ。
でも、念のため。
「メリカーーー!! お前、ちゃんと待ってるんだろうなーーー!!?」
「うるさいってばーーーー!! 待ってるよーーー!! おやすみーーーー!!!」
ハハハ『おやすみ』だってよハハハハ。
ちゃんとご挨拶して堂々と寝ようとしてんじゃんアイツ。
全く呑気な娘だなぁ。ハハ、ハハハハハハハハ
「うっぜええええええええ!!!」
近くにあった石を大木にぶん投げる。
「なんっっっなんだよアイツの不安定な情緒!! 株価みてえにコロッコロ人格変えやがって!! はあああムカつく、やっぱりアイツも無理やり参加させれば良かっ────」
後方から嫌な気配。
反射的に体を大きく捻ると、俺の胴体スレスレを鋭利な物体が素早く通りすぎていった。
ドスッと鈍い音を立てて木に突き刺さった茶色い矢を見て、心臓が激しく暴れ出し、顔が冷や汗で一杯になる。
「へえ、やるじゃないですか」
上から、僅かに驚きを孕んだ声がする。
「一発目から不意討ちたぁ、いい趣味してやがんな」
「真っ正面から狙ってくれると思ってたんですか? 随分と甘い考えをお持ちのようで」
枝に腰掛けて足をブラブラさせながら俺を見据えるクムンの姿が視界に映る。
「身体能力は初期化されたと聞いてたんですが……経験の為せる技、ですかね?」
「たかだか一発目でそんなに長いこと驚いてちゃあ、おてんとさんも飽き飽きして引っ込んじまうぜ…………もっとドンドン打ってきやがれ貧乳野郎!!」
「貧乳って言うなバカおにーーーさーーーん!!!」
「お前じゃねえよ!! もういいから永久に就寝しろよアホ!!」
「アホはどっちですか」
いつの間にか木から降り、俺の間近に迫っていたクムンの放った矢が、俺の左腕に突き刺さる。
「ぐあっ………!!」
「どうやらあんた、どこまで行っても緊張感を持ってくれねぇみたいなんでね。ウチが本気だって証拠に、一発お見舞いさせてもらいました」
「チッ……参ったね…………これ、マジで獲物を狩るときのヤツじゃねえの……手加減なしってワケかい……」
「あんたがウチの眠りを邪魔するからですよ。それに……失礼を百も承知で言いますが、ウチはあんたみたいな性格のヤツが一番嫌いなんです」
痛がる俺を見ても少しも表情を変えないクムンが、すぐさま次の矢をセットする。
「ムダに明るくて、ふざけて、バカな言動ばっかりで…………何よりもムカつくのは、軽々しく『仲間』だなんてクチにするところです」
左腕に刺さった矢を引き抜くと、鮮やかな赤色の血が流れてくる。
「ぐっ…………だって、お前は本当に俺の仲間で……!」
「さっきのあんたの話は疑ってませんが、今のウチには関係ありません。魔王を倒して世界を救うだか何だか知りませんが……嫌いなんですよ、正義の味方ヅラしてやがる、あんたみたいなヤツが」
抉るような嫌悪の眼差しが向けられる。
ああ…………いてえ。
コイツの攻撃、こんなに痛かったのか。
左腕がロクに動かねえ。
頼りになる味方『だった』クムンの矢を、まさかこの俺が受ける日が来るなんてな。
痛みに耐えながら、再び走り始める。
その最中、俺は必死に記憶の糸を手繰っていた。
アイツが俺たちの仲間になった、一周目の記憶を。
「随分とのんびりした動きになりましたね。左腕が痛みますか?」
気が付くと、クムンが俺のすぐ横を並走していた。
そのまま何の躊躇いもなく射出された二本目が、俺の右肩にブッ刺さる。
「があっ…………!!」
たまらずその場に倒れ込むと、クムンが小さくアクビをした。
「あれだけ大口叩いてやがったのに、たった二発で終わりですか。つまらないですね」
そして、失望したような視線を俺に落としてくる。
「ご家族か誰かに遺言があるなら伝えてやってもいいですケド…………あぁ、そっか。あんた異世界から来たんですっけ? じゃあ家族なんて、最初からいないようなもんか」
「…………くはっ…………ははははは……………」
「……おかしくなっちまったんですか? 何をそんなに笑ってやがるんです?」
おっといけねえ、つい痛みも忘れて大笑いしちまった。
「いや、気に障ったならすまねぇな…………良くも悪くも、俺の仲間の中で俺と一番似てんのは、やっぱりお前なんだなぁ…………と思ってよ」
「どういう、意味ですか……?」
クムンの声があからさまに震える。
ほんと分かりやすい性格してるわ、コイツ。
「そのままの意味だよ。家族が最初からいないだって? お前も俺と同じようなもんじゃねえか」
ゆっくりと顔を上げると、いつになく強張った表情を貼り付けたクムンが立っていた。
「そうだろ?『捨て子の』クムン=ハレープちゃん?」




