第34話 昼寝を邪魔されたらゲームを提案するグータラ娘
「何でウチの名前を知ってやがんのか謎なんですけど……どこかで会ったことありましたっけ?」
銀髪のアーチャー……クムンは、半開きの眼を更に細めて俺をジッと観察する。
「いんや、愚問ですね……あんたみたいな面白い顔をした知り合いはウチにはいません。今回ウチを蹴り落としやがったことは大目に見てやりますから、早く帰ってもらえます? そんじゃお達者で~」
スライムのせいでボッコボコになった俺の顔を呆れたように見つめたあとで、1つ大きなアクビをして再び木によじ登っていくクムン。
「メリカ、やれ」
「了解!! くらええええおにーさあああん!!」
クムンが大木の中間地点くらいまで達したところで、俺の号令を受けたメリカが二度目の回し蹴りを披露。掛け声がひどい。
「ごげえええ!!!」
クムンが猛スピードで落下し、再び背中からゼロ点の着地を決める。
「ふにゃぁ…………」
今度は打ち所が悪かったらしく、目玉をグルグルと回して気絶してしまった。
口から泡出てる。カニになった夢でも見てるのかな。
カエルになったりカニになったり楽しそうね。
「よしメリカ、お前は足を持ってくれ。今のうちに草原まで運ぶゾリュンザッッッッ!!!」
少女の頭を持とうとした瞬間、鼻っ柱に強烈な頭突きを食らう。
「ヒトが大人しくしてりゃあ、ずいぶんとコケにしてくれやがるじゃないですか…………カス共が…………!!」
一瞬で蘇生したクムンちゃんが、ご立腹の様子で俺に再度、弓矢を構える。
「ウチは睡眠を邪魔されんのが何よりもキライでねぇ…………ホントなら一回目の時点で殺してやりたいほどキレてましたが、特別に逃がしてやったんですよ。それなのに…………」
強く強く噛みしめられた薄い下唇が真っ白に染まっている。
これアカンやつや。
「ままま、待ってくれ!! 俺の話を聞いてくんねえか!? 俺たちは敵じゃねえ! さっきも言ったが、お前に一緒に来てほしいだけなんだ!!」
「確かに、話も聞かずに一方的に突っぱねたウチにも責任はありますケド…………はーあ…………めんどくせえなぁコイツら……」
頭をボリボリと掻くと、乱れた銀髪が余計にとっ散らかる。
「眠いんで手短にお願いします。話の内容によっては、マジであんたの風通し良くしますからね」
弓をビヨンビヨンとちらつかせて脅迫するクムンちゃん。
穴が増えるのはゴメンなので、過不足なくお話ししよう。
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「ははあ…………なるほど」
芸人の十八番おもしろトーク並みに何度も話した一周目と二周目のエピソード。
前の時間軸では自分が俺の仲間であったという事実を聞いたクムンは、立て膝の上で頬杖をつき、ふんふんと頷きながら俺の話を聞いていた。
そして、俺が話し終わってしばらくすると、ゆっくりと顔を上げた。
「信じますよ、その話」
「なっ……ホントか!?」
コイツはセクリほど難しい性格をしていないからある程度の自信はあったが、こうもすんなり受け入れられると驚いてしまう。
「ウチは昔っから他人のウソを見破るのが得意でね。使ってる武器が武器なもんで、相手の顔や体の動きを事細かに観察するのがクセになっちまってるんです」
確かに、弓矢なんて扱いにくい武器を上手く命中させるには、並々ならぬ観察力が必要なのかも。
「ボッコボコで判別しにくいですが、あんたの顔からして全部ホントのことだってのは分かります。現実味のない話ではありますが」
「じゃあ……」
「た、だ、し。ウチはあんたがたに同行する気はありません」
クムンは俺の鼻の前に人差し指をもって来て発言を遮る。
「自他共に認める面倒くさがりやのウチが、どうして一周目とやらではあんたのパーティーに加わったのか知りませんが…………今のウチは魔王討伐だなんてクソかったるいこと、したいと思わないんでね」
うん、分かってた。
コイツの口から『魔王!? 倒す倒す!!』なんてオイシイ返事が飛び出てくるとも思ってない。
だが、俺にとっちゃクムンも大事な仲間の一人だ。
ハーピー退治に必要だから……なんて理由じゃない。
俺はあのパーティーで、一周目と同じパーティーで今度こそ、魔王を倒してみせるって決めたんだ。
「どうするの、おにーさん?」
すっかり空気だったメリカが不安そうに俺に問い掛けてくる。
「心配すんな。クムンのことは俺が誰よりもよく知ってるから」
「諦めてくれませんか…………ったく、しょうがねえお客さんだ」
クムンが巧みな指捌きで矢をクルクルと回し、そのまま弓にセッティング。
俺を見つめて、静かに口角を上げる。
「口で言ってわかんねえなら、体に教え込んであげましょうかね」
「な、何をする気だ!?」
「そんなに身構えないでくださいよ。今からウチとゲームをしましょう」
「ゲーム、だと……?」
いきなり何を言い出しやがるんだ、このグータラアーチャーは?
「ルールは簡単。ウチが今からあんたに向けて矢を撃ちまくるんで、あんたはそれを全部避けてください。ステージはこの森全体。制限時間は………」
一呼吸だけ置き、クムンがボソリと呟いた。
「制限時間は…………設けません」
ぽよ?
「…………なんでやねんっっ!!」
俺の関西弁が森にコダマしまくる。
「おいおいおいテメエ! せっかく今まで真面目に話が進んでたのに急にボケるんじゃねえよ!! ツッコミが遅延した上にすっげえありきたりなワードになっちまっただろうが!!」
「ボケてないですよ。時間は無制限。いや……ウチの矢がなくなるまでです」
「はあ!? それじゃあテメエに有利すぎるだろうが殺すぞちっぱい!! メリカの方がまだデカいんじゃねえの!?」
「ほんと!? やったあ、戦闘でも胸囲でも初勝利だぁ!!」
「テメエら人をバカにすんのも大概にしとけよ? はあ……安心していいですよ。あんたも言った通り、今のままじゃウチに有利すぎますからね。あんたにも良い条件つけてあげます」
クムンが自分の上着をしっかりと着始める。胸のこと言われたの気にしとんのね。
「『ウチの矢を避け続けろ』とは言いましたが、別に当たってもいいですよ?」
「え、マジ?」
「ウチが負ける条件は全ての矢がなくなること。そして、あんたが負ける条件は…………痛さのあまりウチに降参することです」
「つまり……おにーさんをコンソメスープ、クムンさんをオニオンスープとすると、味が濃い方が勝ちってこと?」
「いきなり割り込んで来て摩訶不思議な比喩で話ややこしくしないでくれます? 合法でクスリやってんですかその女?」
話になかなか入れずにウズウズしていたメリカが強引に挟み込んだボケを、完璧に捌いてくれるクムンちゃん。
「クムンのツッコミ久々に聞いたけど、やっぱイイよなぁ……」
「あんたがた、何でそんなに緊張感ないんですか……? のんびりしてる場合じゃねえでしょうに」
「『のんびりヨシハルくん』第1巻好評発売中だぜ!」
「……話を戻しますが、ウチの矢が何発当たろうが、あんたの心さえ折れなきゃ勝負は続行。ホントにウチを仲間にしたけりゃ、ウチの矢が尽きるまで耐え抜いてみてくださいよ」
完璧にスルーされた。
だが、ルールは分かった。
「要は『ぼくのまけです~!』って白旗パタパタせずに我慢し続けりゃいいんだろ? 上等だ…………たとえ全身がウニみてえになっても、ぜってえお前を仲間にしてやるからな!!」
「どうぞご自由に。我慢できれば……の話ですがね。ウチの昼寝を邪魔した罰、じっくり味わってください」
「それじゃあ、ゲームスタート!! 頑張ってねおにーさん!」
お前が始めんのかよ。




