第31話 罰ゲームを設けたら白熱するしりとりゲーム
「ふんふふんふふーん……」
ダガーヒから離れた俺たちの周囲からは人の気配がすっかりなくなり、途方もない大地を埋め尽くす草花をガサガサと踏みしめる音だけが、その場を支配していた。
………………ら、良かったのだが。
「さっきから鼻唄うるせえわよ、メリカちゃん」
数歩前を歩く白ワンピ女が、顔の真ん中にちょんと置かれた小さな楽器をかき鳴らし、先程から同じようなメロディーを繰り返し奏でている。
そして時に体を半回転して俺の方に向き直っては、ニカッと白い歯を見せて笑いかけてくるのだ。
その表情からは、これからスライム…………異形の物と戦闘を繰り広げることに対する恐怖などは微塵も感じられず、ピクニックではしゃぐ幼児のような爛々とした輝きだけが、丸っこい両目にべっちゃりとへばりついている。
「おめえよぉ……遊びじゃねえって言ったべ?」
溜め息交じりに漏れた俺の言葉を聞いて、メリカがピタッとスキップを止めて、首だけをこちらに向けた。
「えー? だってワクワクするじゃん、こういうの! 今までロクに冒険っぽいことしてこなかったけど、ようやくファンタジーが始まったって感じでさ! おにーさんも勇者になれたことだし!」
俺と一年前後しか年齢変わらんクセに、なんなんだこの全身から滲み出るエネルギッシュさは。
神様がイタズラ心で血液じゃなくてエナドリ注ぎ込んだんじゃねえの?
いまアイツの腕を切ったら黄色い液体がドバドバ流れ出てきたりして……ひええ、やだやだ。
「ねーねーおにーさん!」
「あい?」
中身のない考え事をしてる最中に名前を呼ばれ、声が裏返る。
「ヒマだからゲームでもやろっか!」
あれ? ピクニックに予定変更になったの?
この子、完全にテンションがおかしくなっちまってる。ウキウキ気分が常識や理性をモシャモシャと侵食してる。
「ヒマってお前なぁ……いくら最弱モンスターのスライムとはいえ、いつ出てくるかわかんねえんだぞ? それに俺もベタノロの発動が怖ぇし、そんな余裕ねえっての」
「余裕がないからこそ気晴らしがあった方がいいでしょ? おにーさんさっきからカチコチで全然おもしろくないんだもん!」
「たりめえだろ。ベタノロがどんなもんか、未だに分かってねえんだから。くだらねえこと言ってねえでとっとと歩きなさい」
「そんなにあたしとしりとりで遊びたいの? 仕方ないなぁ、付き合ってあげるよ!」
コイツの脳内変換ソフトいくらなんでも自己中すぎない?
この強引モードに入ったら折れてくれないからなぁメリカちゃんは。
確かに今のままじゃ緊張でまともに戦えそうにないし、気分転換が必要だって気持ちは確かにある。
「はあ……しゃあねえな、一回だけだぞ?」
「やったぁ! じゃああたしが負けたらビスケット奢ってあげる! おにーさんが負けたら心臓と別行動ね!」
「すなわち死去じゃねえかそれ。おまえ俺の心臓とビスケット乗せたら天秤が真っ直ぐになると思ってんの?」
なんてアンフェアな条件なのでしょうか。
常識的に見えて、唐突に危険な発言を捩じ込んできやがる。
ある意味で一番の要注意人物かもしれねえこの子。
「罰ゲームは公平にしないとダメだろ? 俺が勝ったらビナさんの高級料理トップ3、俺にぜんぶ奢ってもらうぜ」
「あたしが勝ったら?」
「くっ……仕方ねえ、ビナさんの高級料理トップ3、俺にぜんぶ奢らせてやるよ」
「同義!! 勝っても負けてもおにーさんの胃袋が満たされるだけじゃん!! この塵!!」
「ちょっと冗談言っただけなのにそこまで罵ることねえだろ。涙って意外と簡単に出るんだぞ?」
目頭が熱くなってきたので、さっさと決めさせてもらおう。
「はあ……もうラチ明かねえから、負けた方はすっごい真面目な場面で好きな異性の部位を全力で叫ぶってのはどうだ?」
「うわ、それ地味にイヤかも……じゃあそれで決定ね! よし、ルールも決まったことだし始めよっか!」
メリカは勝つ気マンマンだが、正直言って時間のムダだ。
俺はしりとりでは無敗も無敗。
勝利の美酒の高尚な風味しか知らんのだから。
『る攻め』や『ぬ攻め』などの基礎的な戦術はもちろん、その他にも相手を追い詰める数々の手札を保持している。
罰ゲームだって適当に決めた。どうせ俺が背負い込むことはないから。
「当然ながら『ん』がついたら負けな。回答の制限時間は一回15秒。先攻は譲ってやるよ。好きなように始めていいぜ?」
「ほんと? じゃあ遠慮なく!」
こうして静かにゲームの火蓋が切られた。
「『始めようか、しりとりを』…………はい『を』ね、おにーさん!」
まって。ひどい。
「おいおいおい『を』は反則だろ!! 倒置法で火蓋切ってくるとか聞いてねえんだけど! 単語でもねえし!!」
「だっておにーさん『好きなように始めていいぜ?』って言ってたじゃん!『ん』がついたら負けとしか聞いてないし、反則じゃないもーん! えへへへーん!」
このガキ、最初から『を攻め』狙いで……!!
「あ、ちなみに『を』と『うぉ』は違うからウォーターとかナシね!」
詰みやんけハゲ。
こうしてタイムリミットが訪れ、勝負は僅か半ターンで決着した。
俺のフェチズム公開への片道切符が強制的に手渡される。
「わーい! おにーさんよわーい!」
「釈然としねえわ!! こんなもん仕切り直しだ仕切り直し!! すぐに二回戦を始め────」
その時だった。
背後からガサガサと何かが近寄ってくる音が聞こえる。
いや……何か、なんて勿体つけるのはやめよう。
間違いねえ、アイツは…………!
「プニーーー!!」
俺らの標的の一つ、スライムちゃんだ!
黄緑色のフニャフニャボディが球体の形に留まっており、体長は20~30センチと非常に小さい。
「プニ! プニイイイイ!!」
だが、中央に貼り付いた巨大な一つ目は非常に厳つく、弱い自分を少しでも強く見せようという気持ちからか、絶えず俺らにギロギロとキツめの視線を送り続けている。
口もねえのにどこからプニプニ甲高い声を出してんのか知らないが、わざわざヒノ様のシワ取りのために出てきてくれるなんてありがたいね。
「探す手間が省けたってもんだ。悪いがあと二体控えてるもんでな。さっさとてめえの体液、頂戴するぜ!」
鞘に手を掛け、ゆっくりと剣を引き抜く。
「おにーさん、いよいよ真面目に戦うんだね! 勇者ヨシハルの初陣なんだから、カッコよく決めてよ?」
「あたぼうよ。ゴリラ・ゴリラ・ゴリラの時は不甲斐ない姿を見せちまったが、今度は大丈夫だ。あっという間に白星もぎ取ってきてやるから、そこで待っときな!!」
メリカの前に立ち、スライムに剣先を向ける。
弱点なんて探すまでもねえ。
第一戦目の相手がスライムだなんて、異世界ファンタジーものでは定番中の定番だからな。
それくらいの雑魚ってことよ、この一つ目野郎は。
動きも遅けりゃ防御力も貧弱。攻撃だって体当たりしかない。
パパッと間合いを詰めて一刀両断。それで終わりだ。
間合いを詰めて……………。
間合いを、詰め…………て……………?
突如として不自然に挟まれた暫しの沈黙に、メリカが眉を寄せる。
「…………ん? どしたのおにーさん? 微動だにしないけど」
自分の体の異変に、ヨシハルくんは気付いていた。
顔から冷や汗をジャブジャブと流しながらその場に立ち尽くしたまま、俺はか細い声でメリカに己の状況を伝えた。
「ねえメリカちゃん……おにーさんさ…………体シビれて1ミリも動けねえんだけど」
「…………ふえ?」
 




