第29話 勇者になったらスタートするベタの呪い
「うっ……うっ…………ワガハイは感動したヨー……! 自分の危険を顧みずに初対面の女を助けるなんざ、粋な男じゃネェか……!」
バッシャル王のボッコボコ顔面から大粒の涙が滴り落ちる。
そりゃ騙すつもりで話したけども、まさかここまで心が動いてくれるなんて思わなんだ。
涙を拭ったバッシャル王は玉座にドッカリと座り、俺をビシッと指差した。
「決めたぜヨシチャン! ワガハイはユーを正式に勇者に任命するヨー!!」
「はあああああああああ!?」
俺より先にリアクションを取ったのはヒノ様。
すかさず大股で階段を駆け上がり、バッシャル王に詰め寄る。
「ちょっとアンタ! 何をアホなこと言うとんの! 今のコイツの話なんか、全文字ウソっぱちやねんぞ!!」
「いいや、ワガハイは信じるヨー! 今の話で確信したのサ! ヨシチャンからは勇者の素質をビンビンに感じるゼッ!!」
「なっ、何やのんそれ…………」
恐らくバッシャル王は、俺がウソ話を始めた頃にちょうど目を覚ましたのだろう。
だから俺の虚構回想にまんまと感動しちまったんだ。
ここに来て味方が出来たのは嬉しい。
ヒノ様はというと、旦那のいつになく強い口調にたじろぎ、すっかり言葉を失っている。
大逆転だ。
ついに来たんだ……勇者になる時が!!
バッシャル王が数回の手拍子をすると、舞台袖からメイドの格好に身を包んだ清楚な女性たちが、宝箱のようなものをうんしょうんしょと運んできた。
こういうのこそあの屈強な男たちにやらせりゃいいのに。14人いるんだろ?
「改めて……サカギリ ヨシハル! バッシャル=シルベラは貴公に勇者の資格が充分にあると判断した! よってこの品々を贈呈する!! さあ、ここまで上がってくるがよい!」
急にめっちゃ普通に喋る。
「あ、ありがとうございます!」
これまでの苦労を振り返りながら、一段一段を踏みしめ、上へ上へと登っていく。
長かったが、ようやくスタートラインだ。
壇上に到着し、並べられた宝箱を順に開けていく。
そこには、一周目で俺が身に付けていた装備が、そっくりそのまま入っていた。
防御力と機動力の両方に優れた青と銀の鎧に、これまた銀色に輝くブーツ状の靴。
そして金色の柄が特徴的な勇者の剣。
二度目ながら、その一つ一つが放つ凄みに腰が抜けそうになる。
生唾を体の奥へと追いやり、剣に手を掛けようとした、その時。
「ちょっと待ったああああああ!!!」
下から久々に耳に入れる声が。
またしても入れられた横槍にうんざりしつつ、声のする方に首を向ける。
そこには、ずっと空気だったセクリの兄……バカ王子が、フラフラになりながら俺を睨みつけていた。
「すっかり存在忘れてたわ。そんで? どしたんバカ王子?」
「ツッコミタイミングを完全に逃したが、ボク様はバカ王子ではない!! ボク様の名はヴァカ=シルベラ!! だからボク様のことはヴァカ王子と呼べ!! しっかり下唇を噛め凡人が!!」
そうなんだよなぁ、コイツすっげえ面倒くさくて可哀想な名前なんよね。
「わかったよ、んでどしたのアホ王子」
「そうなったら完全に悪口なのだが!! 少なくともバカからは離陸するなよ!! はあ…………いいか、よく聞け!」
ヴァカ王子が深いため息をつき、壇上にいる俺を見据える。
「不満は残るが、他でもないパパ様の御言葉だ。貴様を勇者にするという決定事項を今から覆そうなどという気は毛頭ない。しかし……どうしても貴様にセクリナータを預けるのが不安で仕方がないのだ!!」
「同感やな。アンタみたいないい加減なヤツに、うちの大事な娘の命は託せへんわ」
「じ……じゃあどうすりゃ良いってんですか! セクリは諦めて、一人で冒険しろとでも言うんですか!?」
「うちも出来ればそうしてもらいたいんやけどな……アンタと同じく、セクリナータも難儀な性分しとんのよ」
ヒノ様が困ったようにセクリをチラ見する。
俺も同様に彼女の方に目を向けると、何やら物言いたげな表情でモジモジしている。
普通ならおかしな話だ。
ただ『カッコいいから』という理由で勇者になった俺に、どうして一周目のセクリは仲間としてついてきてくれたのか。
普通なら、メシを奢ってもらう目当てで自分に声を掛けるようなロクデナシに同伴しようなんて思わないはず。
だが、理由は単純明快。
モジモジセクリちゃんは震える唇を動かして、小さくこう言った。
「わ、私もあんな話を聞いたら断るべきなんだろうけど…………いざ剣とか装備とか見たら……冒険するのすっごい楽しそう…………!」
この子、超がつくほどのアウトドア派なんですよね。
こんなドレスにくるまっているもんで、なかなか想像できないが、コイツも俺と同じくファンタジーとか救世とかそういう類に憧れる、根っからのマンガ脳なんだ。
どれだけ俺に幻滅しようとも、魔王討伐の大冒険なんて聞いた日にゃ、体が疼いて仕方がないようで。
一周目でもイヤイヤ俺を城まで連れていってメシを振る舞ってくれたのだが、俺が勇者になると決まった途端、一気にフレンドリーに接してきた。
自分も一緒に連れていってほしいという理由で。
高貴な身分などそっちのけな程のアグレッシブさを持つ女、それがセクリナータ=シルベラなのだ。
今も壇上にスタスタと上がって来ては、宝箱に入った俺の装備たちを、上気した顔で眺めている。
ガラスケースに入ったトランペットを見つめる子どものように無邪気な顔のセクリを見て、ヒノ様がやれやれと首を振る。
「ちゅうわけや。娘にこないな顔されたら逆らえへんのが親の辛いところやな。せやけど心配なんは変わらへん。そこで……アンタに一つ、条件を出す」
「条件?」
「うちの『修行』に耐えきることができたら、アンタを正真正銘の勇者と認めて、セクリナータを一緒に連れて行かせたる」
き、来た…………『ヒノ修行』だ!!
一周目で俺を追い詰めた、ヒノ修行がまた始まるんだ!!
「どした? ビビッたか? 棄権してもええけど、その場合セクリナータは渡せへんで」
「誰がビビッてんすか!! やりますよ! やってやろうじゃないですか!! 昼寝だろうとお菓子の早食いだろうと、耐え抜いてみせますよ!」
「開始ゴングと同時にリタイアしそうやなアンタ……。さあ、ほなさっさとこれ身に付けえ」
ヒノ様に促され、防具を装着する。
「ふん……見た目だけはサマになっとるやないの」
ヒノ様の褒め言葉が気持ち良い。
うん、やっぱりコレだな。自分の体の一部みてえに馴染む。
後はこの剣だ…………。
緊張で微振動する両手を上手くコントロールして、金色に光る柄を掴んだ。
その時。
「いだだだだだだだだだだっっっっっっ!!!!」
突如、激しい頭痛が襲いかかる。
内側から殴りつけられているかのような衝撃が絶え間なく続き、たまらず地面をのたうち回る。
「ちょっ……ヨシハル!? どうしたのよあんた!!」
「な、何がどうなっとるんや!? しっかりせえ!!」
セクリとヒノ様が俺に駆け寄り、驚愕の表情を浮かべた。
そこでようやく頭痛が収まる。
一体なんだってんだよ今のは………!
「ヨ、ヨシハルあんた…………その額…………!!」
上ずった声でそう言いながら、俺を指差すセクリ。
「額の非対応」
「何であの苦しみようの直後にダジャレが言えるの!? いいからこれ見なさい!」
セクリは急いで手鏡を取り出して、俺に手渡した。
鏡に移った自分の顔を見て、魔王の言葉がフラッシュバックする。
『ベタの呪いというのは冒険の始まり……つまり貴様が勇者になってからじゃないと発動せぬのだ!』
その額には、悪魔の翼のような、真っ黒で邪悪なオーラを放つ模様がくっきりと刻まれていた。
そうだ、俺は勇者になったんだ。
ということは…………!
「発動しやがったんだ……………ベタノロが!!」




