第22話 好物の名前を出したら何度でも引っ掛かる三馬鹿トリオ
「まったく、先程から城の前でサルのようにギャーギャーと…………なっ!? その青い服装……まさか貴様がボク様の愛妹であるセクリナータを誑かした張本人か!?」
長身長髪のシスコンキザ王子は露骨に嫌そうな視線を俺に飛ばしてくる。
「お…………王子!! この者はいったい誰なんですかピョン!?」
弟門番のテヌーバが語尾通りにピョンピョコ跳ねながら強めの口調で質問する。
その外見と異なる軽快な身のこなしに面食らったのか、バカ王子は半歩後退しつつ俺を指差した。
「そっ……その者はセクリナータの知り合いであり、パパ様に勇者に任命されるべく訪れた無礼者だ! その名も…………ネモロ=ペッポラ!!」
一文字も合ってないです。
「誰がネモロ=ペッポラだバカロン毛。俺の名前はサカギリ ヨシハルなんだわ」
「ほほう…………それは失礼した! サカギリ ヨシハルか、良い名前だな!! ヌゥゥゥゥハッハッハ!!」
無礼者なのに名前褒めてくれた。ばかだなぁこのおにいちゃん。
バカロン毛呼ばわりとタメ口は特に気にしないんだな。
やっぱり変なアニキは二周目でも変なアニキのままか……厄介なのに捕まっちまった。
「とにかく、貴様ごときがこの城に立ち入ろうなど言語道断だ!! 身の程を知れ! そのような珍妙な格好で!!」
てめえの服もいい勝負だろ。
「貴様のようなヘナチョコ男が勇者となり、セクリナータと共に魔王討伐を行おうとは……笑わせるな!! 貴様にボク様のセクリナータはやらぬ! 絶対にな!!」
こういう面倒なヤツを説得させるために俺は一晩待機したんだけどなぁ。セクリちゃん後でお説教せなアカンな。
「あの、もう分かったからセクリに会わせてくれねえか? 全員のキャラが強烈すぎて胸焼けが収まらんのだわ」
「なにおう!? ボク様のどこが強烈だと言うのだ!!」
「そうだピョン! あたち達はみんな、常識的で普通ド真ん中の性格だピョン!!」
一人称がもれなくアブノーマルなの自覚してねえのか?
どうでもいいけどさっきからネコさんが喋ってないんだが。死んだの?
「なんだか頭がかゆいニャン」
さっさと掻けや!!
何でさっきから仁王立ちで痒がってんだよ! 手の説明書読まないと掻き方わかんねえのか!!
あぁもうっ、マジでめんどくせえ!!
結局のところ話が通じねえヤツが一人増えただけじゃねえか! この城にはこんなのしかいないのか!?
せめてメリカを連れてくるべきだった。ボケとツッコミが3対1じゃとても捌き切れねえよ。俺だって純粋なツッコミ担当じゃないのに!!
仕方ない……言って分からねえんなら強行突破だ!!
「あっ、セクリがニンジンとマタタビ持ってあそこに立ってる」
「なんだとっ!?」
「なんだピョンッ!?」
「なんだか頭がかゆいニャンッ!?」
おばか三人衆はそれぞれが自らの大好きな単語に過剰に反応し、俺が指差した明後日の方向へ首をグリュンと動かした。
そのスキにヨシハルくんは思い切り地面を蹴って門に飛びつき、木登りの要領で上へ上へと体を運んでいく。
語尾がウサギとネコだからって好みも同じだ……という確証はなかったが、どうやらヤマが当たったようだ。
にしても全員引っ掛かるのは予想外だったけど。
アホ過ぎて涙腺が熱くなってきた。後で白湯でも恵んでやろう。
数メートルある門を登り切り、危なげなく地面に着地。
あの三人は未だに俺が消え失せたことに気付いていない。
奴等がありもしない好物に気を取られている間に、正門という難所を悠然と突破して入城。
敏腕スパイがハンデで自分の両目潰したくなるレベルのセキュリティだろこの建物。
ヘベレケ板前の握り寿司みてえなボロッボロの防犯システムに濃い溜め息が出る。
仮にも国のトップを大事に保管しておく箱にしちゃあ、色々と甘すぎやしないかね?
最初に俺を出迎えたのは……当たり前だがエントランスホール。
ゴージャスさの象徴であるレッドカーペットの上にはホコリ一つ落ちておらず、使用人の徹底した仕事ぶりが一目で確認できる。
大きく大きく首を傾けて高い天井を見上げると、ウン百万もしそうな迫力のあるシャンデリアが、気分良さげにぶら下がっていた。
本来なら俺のような平民は暮らすどころか視界に入れることも叶わぬような、豪華絢爛な空間に意識を奪われる。
「貴様ああああああああああ!!!!」
後ろから近付いてくるバカ王子たちの乱れた足音と絶叫で、数秒間の心地よい放心状態が終わりを告げた。
「よくもボク様たちを騙したな!! ニンジンとマタタビを持ったセクリナータなんていないではないか!!」
チッ、騙されたことは理解できるのか! 誤算だった!!
「気が付いたら貴様が城に入ろうとしていたから、驚きで腎臓が耳から飛び出るところだったぞ!!」
臓器も出口も間違ってますよ。
「あたち達の好きな物の名前を出してハメるなんてズルいピョン!! 特にマヌーバおにいちゃんはマタタビが本当に大好きなんだピョン! ほら……今もショックのあまりこんなに悲しんでるピョン!!」
「不審人物をこの城に入れるわけにはいかないニャン!!」
俺には通常運転に見えるけど。
『城に入れるわけにはいかないニャン』って城の中で言ってるのユーモラス通り越して狂気だろ。
「言ったはずだ………貴様のような腰抜けにセクリナータはやらぬと!! さあ、分かったら大人しく家に帰」
「あっ、セクリがニンジンとマタタビ持ってあそこに立ってる」
「なんだとっ!?」
「なんだピョンッ!?」
「不審人物をこの城に入れるわけにはいかないニャンッ!?」
お前ら脳ミソ断捨離したのか?
呆れる猶予も与えられぬまま、俺はホールを突っ切って長い廊下に出た。
何度目になるか分からないヨシハルくんの逃走劇が始まる。
「なっ……また同じ手を!! 誰か来てくれ、この城に曲者が侵入したぞおおおおおお!!」
さすがにさっきよりかはバレるのが早く、バカ王子のムダによく通る美声が城内に響き渡る。
門番ブラザーズが槍を豪快に振り回しながら後ろをピッタリ追跡してくる。
「ひいいいいっ!!」
怖い怖い!! 黙ってたらすげえ怖いよあの門番さん!
そうだよな、声帯以外は豪傑だもんなアンタら!!
「そっ、そんな顔で追っ掛けられたら足が震えて上手く走れねえ! なんか喋ってくれよ頼むから!!」
「ピョンピョンピョンピョンピョン!!!」
「ニャンニャンニャンニャンニャン!!!」
ありがとう恐怖が全部ぶっ飛んでったわ!! サービス精神が旺盛なのね!!
つっても捕まったらヤベエ! どっかに隠れねえと…………!!
長い一本道の廊下が終わり、突き当たりに差し掛かる。
体を精一杯にひねって角をドリフトした、その時。
「ふんふふんふうん…………………えっ?」
恐らくレッカの曲をリズミカルな鼻唄で再現しながら反対方向から歩いてきたセクリと、ガッツリ目が合った。
「あぎゃあああああ!! 避けろセクリイイイイイイイ!!」
「は、はああ!? ちょ……ヨシハルあんた、何でまたそんな走って…………いやああああ!! こっち来んなああああああ!!」
気付いたときにはもう遅い。
車と同じく、人間も急には止まれない。
俺とセクリは真っ正面から鈍い音を立てて衝突した。
この城だいっきらい。




