第20話 店主が奇行を働いたら閑古鳥が悲鳴をあげる絶品食堂
「どうやら話は上手くいったようで」
ヒューサさんがメリカの首根っこを掴んで再登場した。
メリカの方に目を向けると、何やら思い切り口を尖らせている。
「ど、どしたんだメリカ?」
「あたしもおにーさんにたくさん協力したのに……クソが…………爆ぜ滅べ…………」
メリカちゃんマジギレ。聞いたことない命令形使ってくる。
どうやら、自分がさんざん力を入れてきた『セクリちゃん仲間にしよう計画』成功の瞬間が見られなかったことに激怒しているようで。
「おい、落ち着けって…………」
「うるさいよおにーさん。あたしたちの惑星からこれ以上酸素を奪わないで」
死ねと?
ていうか何で俺が怒られてんの? 強制退場させたのはヒューサさんなのに。
なんかやたらとヒューサさんの尻拭いをさせられている気がするんだけども。
「そりゃ、あたしは一周目に関係ないし、おにーさんとセクリナータ様が主役だってのは分かってるけどさ……あたしもすっごく頑張ったし、おにーさんのアシストだって、いっぱいしたのに…………」
ほんと、仕方ねえなコイツは。
ブツブツと恨み言をこぼすメリカのボサボサヘアーをワシャワシャと撫でてやる。
「悪かった悪かった。でも、お前にもすっげえ感謝してるんだぞ?」
「感謝…………?」
「お前が助けてくれなけりゃ、俺は今頃ビナさんに殺されてたかもしれんからな。メリカ=テレットは俺の命の恩人だ」
「ほんと!? じゃあ許したげる!」
にへら、とすぐさま無邪気な笑顔を取り戻すメリカ。いとチョロし。
「さてと……そんじゃ、こうしてても始まらねえし、早速お城に連れてってもらおうか、セクリ」
「そうね。でもまずは、お父さんとお母さんに話を通しておかないと。今日はもう中途半端な時間だから、明日の朝になったらお城に来てくれるかしら?」
「うーむ……それもそうだな。よし分かった。そんじゃ頼んだぞセクリちゃん」
セクリはハイヒールを素早く動かして、遠くに見える自宅…………城の方へと去っていった。
いよいよ俺も勇者になるときが来るのか。随分と苦労させられたなぁおい。
「やり残したことって言われてもなぁ……あっ、レッカにダンスの必要なくなったって報告しに行くか?」
「ええ…………ムリなんだけど…………」
メリカの嫌悪感がすげえ。『もう会いたくない』って顔中に書いてある。
つってもセクリが仲間になったし、もう踊ってもらわなくていいんだよなぁ。
こういう時にスマホとか、連絡手段がないのが不便だ。
「せっかくアポが取れたのですから、このままダンスショーを見せてあげてはどうです? セクリナータ様も仲間になったことですし、サプライズパーティー的な感じで」
「なるほど……めっちゃくちゃいい考えじゃないすかそれ! ヒューサさんセクハラ以外の発言コマンド持ってたんすね!」
ヒューサさんは俺の言葉に軽く頬を膨らませる。初めて見せるリアクションだ。
「むっ……つくづく失礼な子ですね! ワタシだってその気になればパイオツという単語抜きで話すことだってできますからね!? ふざけたこと言ってたらパイオツ揉みしだきますよ!!」
「まだ舌の根ずぶ濡れっすよヒューサさん。ていうか俺は男なんですが……」
「パイオツに性別や人種の境界はありません……男の子のたくましい胸板も……ジュルリ…………余裕でストライクゾーンのド真ん中ですよ…………ウヘヘヘヘヘ…………」
「なんか一段落したら腹減ってきたな。どっかで飯食おうぜメリカ」
グローバル破廉恥はシカトするに限る。
貞操の危機を感じた俺はメリカの手を取り、逃げるように城下町へ向かった。
*****
「ちわーす! どうもビナさん、元気してるぅ!?」
「ぎゃああああ!! 食い逃げ野郎が再来した!!」
バトルやら何やらをしている間に、すっかり夕方に。
安心感から空腹が一気に押し寄せた俺とメリカが立ち寄ったのは、お馴染みビナさんの食堂。
「アアアアア、アンタ!! あんな目に遭っといて良くもまあそんな常連客ヅラして入って来れたね!? ホンモノのイカレなのかい!?」
ビナさんは二度と会うことがないだろうと思っていた俺たちの来店に、顔面蒼白で立ち尽くしている。
「いやあ、どうしてもあの味が忘れられなくてね! 今日もとびっきりおいしいの頼みますよ、店主さん!」
「いくら気に入ったからって、自分を殺しかけた女がいる店でモノ食らおうと思うかね……肝っタマ何百個ついてるんだいアンタ……」
「まあまあ、もうお金のことは解決したんですし気にしない気にしない!」
口と手癖は悪いが、ビナさんの料理の腕は確かだ。
願わくばあの三品をもう一度食べたいところだが……。
今回はメリカの奢りだから、そんなに高いものは頼めない。
「なにこれ!!『シナレア鳥のゴールデンチキンカツサンド』!?『ナザナザの刺身』に『ハレバ山の五種キノコの特製バターライス』まで!? すごいすごい! ぜんぶおいしそう! 食べたい食べたい! おにーさんもコレでいいよね? すみませーん! いま言ったの、二人前ずつくっださいなー!」
えっ、イケメン。
ヒューサさん、だいぶ稼げてるんだろうな。家もなかなか大きかったし。
あと一応お前もこの人に命を狙われてたのに何の恐怖もないのね。
「……今度は二人でトンズラする気かい?」
すっげえ疑われてる。あたかも俺に前科があるかのような言い方と視線だ。
「だだだ、大丈夫っすよ! この子すっげえお金持ってるんで! たぶん!」
「絵に描いたようなヒモ男じゃねえの…………まあ、こんだけ頼んでくれるのはありがたいけどね」
「なんかあったんすか? もう夕ご飯の時間だってのに客が全然いませんけど」
神妙な面持ちのビナさんは、げんなりとした面持ちで店内を見渡す。
「なんかもなにも、昨日アタシが包丁持って町を走り回る……なんてしちまったせいで、客がバッタリ寄り付かなくなったのさ。『あの店の店主は危ない』ってウワサがあっという間に広まってね」
ははあ、やっぱり。あんなもん一度見たら忘れられないもんな。
「もともと評判はそんなに良くなかったのさ。ダンナがダンナだからね」
確かに、カタギじゃねえもんな。
でもそれを差し引いてもお料理は絶品なんだけどなぁ、もったいない。
「…………いややっぱりウメエなこれ!! プロの腕前っすよビナさん!!」
「んんっ、ホントにおいひい! しあわせ~!」
「はは、そうかい……あんがとよ」
運ばれてきた品々に舌鼓を打つ俺とメリカを、片肘をついて儚げな笑顔で眺めるビナさん。
まあいくら食い逃げされたとはいえ、刃物持って暴走してたらイメージダウンするのは当たり前だわな。
……………およ?
ということはそれって、元を辿れば俺のせいなんじゃないですか?
「今日も朝から開店してるんだが、アンタたちが初めての客だよ。このままじゃ商売あがったりだ。今の注文があったおかげで少しは助かったけどね」
うん、気にしないでおこう。
しかしほんとに世知辛い話だ。
こんなに料理が旨いのに、ここまでガラガラじゃまるで貸切状態…………。
「…………………あ」
頭の中でグッドアイディアが産声をあげる。
メリカも同時に同じようなことを考え付いたらしく、お互いに顔を見合わせハイタッチする。
「「いい場所、みつけた!」」




