第19話 時間を戻されたら絆を再構築する少年少女 ☆
数回の深呼吸の後、セクリは俺たちを見渡し、話し始めた。
「もう知ってるかと思うけど、私はミナレッカ=マフィーパのファンよ。あの子の躍りを見るために、お父さんとお母さん……バカ兄貴にもムリを言って城を抜け出して、その華麗なダンスを見に行ってたわ」
バカ兄貴…………あの長髪シスコン男か。よくお許しが出たもんだな。
「でも……最近になって急に、レッカちゃんが踊らなくなってしまった。私の唯一と言っていいほどの楽しみだったのに…………どんな大変な理由があったかは知らないけど、一大事だと思ったわ」
ヘドをマーライオンみたいに出し続けたくなるほどのクソみてぇな理由だったけどな。
「そこで町にいるオタク達に話を聞いたの。そしたらあんた達がレッカちゃんの家に向かった……なんて言うじゃない。レッカちゃんの家なんて、私でも知らないのに!」
悔しそうに歯ぎしりするセクリ。
知らない方がいいこともあるんだぞお嬢ちゃん。
「私はオタク達に大体の方向を聞いて、あんた達を探したわ。見付けてからは遠くからコッソリ尾行してたけど、気付かなかったでしょ?」
まったく気付かんかった。こんなにハイヒール赤いのに。
「で、レッカちゃんの家にあんた達が入っていくのを見て、私は窓の外から聞き耳を立てていたわ。いきなり窓が開いたかと思ったら、白い煙みたいなものが大量に流れ出て来て死にそうになったけど……何なのあれ、毒ガス?」
テメエの推しが口から吐いた煙だよ。
「…………で、あんた達がレッカちゃんの家から出てきたあと、何か胸騒ぎがしたの。だから私は家に入るのをやめて、あんた達を追いかけることに決めた」
良かったな、バカウケゾネスのナワバリに入らなくて。
「そしたらあんた達の前に突然、ワキ臭そうなジジイとピンク髪のジメジメキモ女、そんで緑色の脳筋ゴリラが現れたから、私は急いで助けを呼びに行ったの」
そうか、困ってる人を放っておけないのがコイツの性分だもんな。
魔王がワキ臭そうっていうイメージは昔から変わってないのね。
「私の知ってる中で一番強いのはヒューサ先生だったわ。先生のおかげで、私は多くの人を守れる魔法を習得できたんだから」
そういやコイツ、一周目の時も『先生』『先生』ってやたらと言ってたような気がするな。
それがこのヒューサさんだったなんて、すげえ巡り合わせだ。
「十年ほど前の話でしょうか……多少は有名な魔導師として実力を買われたワタシは、バッシャル王に命じられ、幼いセクリナータ様に魔法を教えるために、たびたび城へ訪れていました。そこでしばらくの間、セクリナータ様に色んな魔法を伝授したんですよ」
セクリのルーツはこの人だったのか。
ヒューサさんの存在がここまで貴重なものだったとは思わなんだ。
「すごいっすねヒューサさん……見直しました」
「セクリナータ様はあの頃から本当に可憐で美しかったです。パイオツがペッタンコなのもポイントが高かったですね。今の膨らみかけの美乳も充分に魅力的ですが」
「あ、見直したの気のせいでした」
…………で、セクリはヒューサさんに頼んで俺たちを助けに来てくれた、と。
俺にだけ態度が厳しかったのもそのせいか。
外見で、メリカはヒューサさんの娘だって分かったんだろうな。十数前ならちょっとは顔も合わせてるだろうし。
ようやく色んなことが納得できた。
「さてと…………話が一本に繋がったところで、いよいよ交渉タイムといきましょうか」
ヒューサさんが俺に目配せをしてくる。
お膳立ては済んだからあとはキミ次第だ…………そう言っている気がした。
「ふぇ……? ちょ、ちょっと母さん! 何するのさ!? 離してよおっ!!」
ヒューサさんは暴れるメリカの手を引き、そそくさと歩いていく。
静かな山道で、俺とセクリが二人っきりに。
今思うと、コイツとこうしてサシで話をするなんていつぶりだろうか。
もう失敗も悪ふざけもしねえ。今度こそ、小細工抜きで全部伝えるんだ。
「セクリ…………色々と変なことしてすまなかった!! それもこれも全部、どうしてもお前を仲間にしたい理由があったからで…………」
「知ってる。ここに来る途中でヒューサ先生から聞いた……から」
深々と頭を下げる俺に、セクリが小さな声で答えた。
今までの素っ気ない態度とは全く違う。
しっかりと俺の話を……俺の思いを全て聞き入れてくれる、そんな様子だった。
「信じられないけど、あんたの言う『一周目』では、私はあんたの仲間として、魔王城まで辿り着いたんでしょ?」
「あぁ…………」
「そこで卑怯な手を使って、あんたは魔王に……べたのろ? だかなんだかを掛けられ、時間を冒険の最初まで戻された…………で、合ってるわよね?」
「その通りだ。こんなメチャクチャな話、信じてくれるとは思ってねえけどさ。でも…………」
そこまで言って、言葉が詰まる。
魔王城での記憶がつい数秒前の出来事のようにフラッシュバックする。
「でも…………これだけは言わせてくれ」
地面を見つめ、心を充分に落ち着けてから、ゆっくりと口を開く。
「俺が魔王の炎で死にそうになってた時、お前は涙を流して俺の名前を何度も、何度も呼びながら、魔法を掛けてくれた。ヒューサ『先生』から教わった、自慢の回復魔法をな」
「っ……………」
「俺もお前のそんな姿を見て、それまでの思い出が次から次へと脳裏をよぎって、涙が出そうになった。お前と離れるのが辛くて悲しくて仕方なかった。そういう仲『だった』んだよ…………俺たちは」
セクリは何も言わず、素早くそっぽを向いた。
俺は異変に気付いて頭を上げ、セクリの後ろ姿を見つめた。
「…………なんで泣いてんだ、お前」
気丈な少女の体が小さく震え、綺麗な水滴をポタポタと、絶え間なく落としている。
「だって……」
それらはたちまち乾いた地面を濡らし、じんわりと力なく広がっていく。
「だってその話が本当なら……………そんなの、辛すぎるじゃないっ!!」
喉が裂けてしまいそうな悲痛の叫びが俺の心に突き刺さる。
「仲間と過ごした大事な思い出が自分以外の全員から消え去るなんて、私なら耐えられないわよ!! 私だけじゃないわ! 普通の人なら心が折れて、立ち直れなくなるに決まってる!!」
「セクリ…………」
「なのに、どうして!?」
セクリが涙でグシャグシャになった顔で俺を見つめる。
「何であんたはそうやって、ふざけて、笑って、前に進もうと思えるのよ…………!?」
はあ……イヤだねぇ、こういう湿っぽい空気は。
脳内お花畑のおっちゃんには肌に合わなさすぎてシリアスアレルギーが出ちまいそうだ。
セクリは俺の言うことを信じてくれている。
だからこそ、人一倍に心優しい彼女は俺の置かれた境遇に対して誰よりも……俺よりも強く感情移入をして、こうして泣き崩れている。
「俺だって諦めそうになったよ。あんなに絶望することは後にも先にもないと思う。だけど…………こんなにクドいアタックを受けちゃあさすがにお気付きかと思うが、俺は自分でも呆れるほど諦めが悪い男なもんでな」
セクリに向かって重い足を一歩、また一歩と近付ける。
泣いてる女の慰め方なんざ心得ちゃいないが、この状況で棒立ち決め込めるほど性根腐ってないからな。
「そんでもって、誰よりもポジティブシンキングの持ち主なんだわ。『時間を戻されたぐらいじゃあ、仲間との絆は消えやしねえ』っていうクサい考えを、テコでも曲げられない美青年なのよ」
ぎこちない手付きで、その小さな頭を上からポンポンと撫でてやる。
それに押し出されるように、少女の青い瞳から大粒の涙が更に流れ出てくる。
「そんできっと、そんな俺のしゃらくせえ考えは正しい。だってさ、俺が偶然出会った女の子の母親と、お前の恩師が同一人物なんだぞ? これってさ、すげえ確率だと思わねえか?」
セクリは返事をせず、ただ泣きじゃくったまま。
だが、俺の言うことに時折小さく首を縦に動かしてくれているのは、きっと見間違いじゃないはずだ。
「俺はまた、お前と冒険がしたい。いや、お前ナシの冒険なんて考えらんねえんだわ。だから……改めて頼む。俺の仲間になって『もう一度』…………魔王をぶっ倒すのに協力しちゃあくれねえか?」
数十秒の沈黙は、息が詰まって死んでしまいそうなほどに苦しかった。
永遠にも感じられた待ち時間を突き破り、セクリが掠れた声で語り始める。
「こっちも改めて言うけど……私はあんたのこと、全然知らないし、あんたとの記憶なんて変なアダ名つけられたり、至近距離で嘔吐されたり、オタク達を使って言葉攻めされたり…………たった数日間のロクでもない記憶しかないわ」
「それは本当にすみません」
「でも……うまく言えないんだけどね? さっきあんたがゴリラみたいな魔物からメリカちゃんを、丸腰で体を張って守ってたとき、心臓がビクッて跳ね上がったの。それからこう…………じんわりと、心が温かくなっていくのが分かったわ」
「温かく?」
「簡単に言うなら……そうね、懐かしいものを見たときみたいな気持ち…………かしら。何でかは分からないけどね」
セクリが口角を僅かに上げた。俺がゲロ吐いた時の黒笑いとは真逆の、優しい笑顔だった。
「何度も言うけど、私はあんたについての記憶が全くない。でも、あんたがウソを言っているとも思わない。あんたにとって『前の私』が……『前の私』にとってあんたが、どんな存在だったのか、今なら何となく分かるから」
「セクリ…………」
「だから、まあ………………わよ………」
「なんですと? 声ちっちゃくて聞こえねえんだけど。メガホン持ってこようか?」
「ここまで来て茶化してんじゃないわよ………ほんっっっと仕方ないわね、あんたは……!」
セクリは笑顔で涙を流したまま、俺の方へ一歩踏み出した。
「仲間になってあげるって言ってんの! 散々グダグダやってたんだから、最後くらいビシッと決めなさいよ…………ヨシハル!」
俺の顔からも、自然と笑みがこぼれた。
その言葉を聞くためだけに、俺はどれだけ苦労しただろう。
肩の荷が一気に降りた心地よさにしばらく酔いしれた後、俺は華麗にワンターンを決め、震える少女の頭にもう一度、優しく手を置いた。
キメ台詞は、もちろんこれ。
「シャルウィーダンス?」
「……………ばーか」
その時セクリが見せた涙と笑顔は、今までこの目で見てきたどんなものよりも美しかった。
俺の不屈の努力がついにこの笑顔の花を咲かせたんだ。
うん、最高の気分だな。
こうしてヨシハルくんのパーティーは、時空を越えた完全復活への大きな一歩を踏み出したのでありました。
イラスト ばにら。様




