第14話 ボスがしくじったら尻拭いをさせられる天才科学者
「うぐあああ……いきなり何をするか貴様ぁぁぁ…………!!」
「バカだなぁ……お前の魔力がないこと、ヨシハルくん完全に忘れてたのに」
「えっ、そうなの!? ま、まあいい…………そんなこと今は関係ナッシングだ」
「大アッリングだわ」
あれ? なんかデジャブなやり取り。
「今のお前は普通の人間と同じ……………つまり」
俺はたまたま近くに落ちていた太く尖った木の棒を拾い上げ、魔王さんに人懐っこい笑みを浮かべて近付いた。
「コイツでテメエの喉元やら心臓やらブチ抜いて完膚なきまでに惨殺すりゃあ、晴れてハッピーエンドってことですよね?」
魔王の顔が一瞬にして汗でビッショビショになる。
そしてそのままクルリと後ろを向く。
「ワシ、習い事のポールダンスの時間だから帰リュヴァヌスッッッッッ!!!」
俺の投げた丸太のような木が、魔王の後頭部に激突する。
ジジイのポールダンスとか誰が得するんだよ。ポールが可哀想だわ。
地面に倒れた魔王に覆い被さり、木の棒を振りかぶる。
「イヤじゃああああああああ!! 魔王城でもないこんな場所で、勇者でもないこんなヤツに、勇者の剣でもないこんな武器で殺されるのはイヤじゃああああっ!!」
が、魔王は号泣しながら俺の腕を掴んで必死に抵抗してくる。
「うっせえ暴れんな、大人しくしろ!! おらメリカ、ボケッとしてねえでとっとと火ぃ起こしやがれチビ!! 心臓と喉元を貫いたあとで骨になるまで燃やして、骨をゴリゴリに砕いて、できた灰で薬とか作ってボロ儲けしようぜ! 魔王の灰なんて滅多に手に入らねえ高級品だ、利用しない手はねえだろ! 高値で売りゃあ、バカな国民どもが食いついてアホ面で買い取ってくれる! そうすりゃ俺たちゃ一生遊んで暮らせるぜ、ゲーヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
「全ての文でクズなことしか言ってない!! お主ほんとに一周目で勇者になる許可下りたのか!?」
「了解したよおにーさん!」
「了解すんなよ!! お主らせめてどっちかは最低限の道徳持っとけよ!!」
メリカが枯れ葉や枝を寄せ集めて着火を行っている間にトドメを刺そうとするが、粘り強い魔王がなかなか諦めてくれない。
「やめろお!! 殺さないでくれえ!!」
「だあああ!! めんどくせえ! つーかテメエ、魔力ないのにどうやってこんな遠くまで来られたんだよ!!」
「ボクが連れてきたのさ」
ねっとりとした暗い女の声が、俺たち全員の動きを止めた。
ソイツはメリカが作っていた焚き火セットをグシャリと迷いなく踏み潰した。
「うわああん! 苦労して集めたのに!」
ショックで泣き崩れるメリカに見向きもせずに、俺と魔王に一歩一歩、近付いてくる。
細身な体型を白衣で包んだ、メリカよりも更に小柄な女。
ピンク色の髪の毛を短く切り揃え、パッツン前髪の下に並んだ両目にはくっきりとクマが刻まれており、左側に赤い片眼鏡を掛けている。
肌は少し気味悪さを感じるほどに真っ白だ。
日の光に当たらない生活を送っている『科学者』らしい容姿だ。
「そうか、魔王をここまで連れてきたのはお前か…………アタラポルト!!」
名前を呼ばれたそのチビ女は、少し目を丸くした後で、すぐに不気味な笑みを貼りつけた。
「おや、ボクのことをご存知とは……まあ当然か。ボクの記憶にはないが、キミにとっては二度目の対面だものね。はじめまして…………いや、キミと同じ目線に立つならば『久しぶり』が正しいかな?」
「相変わらずくだらねえことをベラベラと喋る野郎だな、根暗女が」
アタラポルトは顔を上気させながら熱い溜め息をつき、体をビクビクと震わせている。
「あはっ、いいね……初対面の人物に嫌悪感を抱かれるのはなかなかに興奮する。どうやら『前のボク』が、よほどキミの怒りを買うような、失礼な振る舞いをしたようだね? 覚えていないから償いようがないけれど」
「一周目のことなんざ関係ねえよ。今のテメエの気持ち悪い言動も、人を小バカにしたような笑顔も、俺の怒りゲージをガンガンに上げてるからな」
「ククク……それは何より。おっと、知っているとは思うが、礼儀だから名乗っておこうか。魔王様の配下……アタラポルト=ケミミダル。一応、研究者のようなことをやっている。よろしくね、ヨシハルくん」
アタラポルトはポケットから両手を出して、軽く会釈をしてみせる。それから地面に手を伸ばし、何かを拾い上げた。
「困った子だ……ボクの作った超小型監視用魔物を、こんなに簡単に潰してくれちゃって」
それ一回一回ぜんぶ言うのめんどくさくない? 名前つけりゃいいのに。
「まあいい。魔王様がヘマをすることなんて想定の範囲内だからね」
配下にヘマの想定されてる魔王。
「こんなこともあろうかと……もう一匹連れてきたのさ。今度はそう簡単に壊せやしないよ」
「どういうこった?」
「人間は自分の脳ミソから遠くにある部位ほど、注意が向きにくくなる。だから今回はキミの足元のみを飛び回り、監視を行う魔物を開発したのさ。もちろん、透明化の機能も搭載してね」
「さっ、さすがだアタラポルト!」
俺に馬乗りにされている魔王が瞳を輝かせて称賛の言葉を投げ掛ける。
配下ならまずこの状態なんとかしてやれよ。ボスが木の棒で殺されそうになってんだぞ?
「この魔物の名前は…………獲得的セルフハンディキャッピング!! キミみたいなサルには、壊すどころか見付けることすらできないだろうね……ククククク…………」
お前それテストやら書類提出やらの前日の追い込まれてる時に限って部屋の掃除とかしたくなる現象の名前じゃねえか。
関係ないじゃん。完全に響きのカッコよさだけで採用しただろ。
「ふーん、で? それは今どこら辺を飛んでるの?」
「はははっ、ボクが魔王様と同じ手を食らうと思うかい?」
くっ……さすが科学者だけあって、魔王ほどバカじゃねえな……!
「フハハハハ!! やめておけ、先程の魔物の進化形だ! 貴様のような小童にどうこうでき」
「うるせえ黙ってろバカ!!」
「ちょっ……ワシ魔王……」
「くっ、その獲得的なんちゃらの寿命が来るまで待つしかないのか……! そんだけ高性能なら短命に決まってる!」
俺の言葉を先読みしていたかのように、アタラポルトは一歩踏み出し、得意気に片眼鏡をクイッと持ち上げた。
「ムダだ! 獲得的セルフハンディキャッピングは枯れ葉を食べて生きるため、半永久的に命が尽きることはない!」
「なんだと…………そんなエコな!!」
「これでキミはずっとずっとボクらに監視されたままで、冒険を続けることになるのさ! あはっ、あははははは」
「あれ? なんかこの枯れ葉、虫食いがどんどん広がってる…………えいっ」
パキッ。
「獲得的セルフハンディキャッピングウウウウウウウウウウウウ!!!」
メリカが枯れ葉を踏み潰したことで、またしても乾いた音が発生し、燃料補給中だった獲得的なんちゃらの絶命を知らせた。
アタラポルトが聞いたこともないような悲痛の叫びを吐き出す。
バカしかいないよ敵サイド。




