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第11話 オフになったら煙に囲まれる人気の踊り子


「任されたのはいいものの……あのオタクさんたちでも居場所が掴めない人をどうやって見付けたらいいの?」


「安心しろ、場所は分かってる」


 ズンズンと一直線に足を進める俺の後ろで、はぐれないように必死についてくるメリカ。


「ふぇ……? そ、そうなの!?」


「あの女とは一周目にも少しだけ絡んだことがあるからな」


 俺が知らなかったのは、セクリがレッカの熱狂的ファンであるということだけ。


 それ以外は全て理解している。


 レッカが踊らない理由も、アイツの秘密も。


「ほら、到着だ」


 都市の中心部から少しだけ離れた、ごく普通の木造の一軒家までメリカを案内する。


「ここがレッカさんの家? ホントだ、名前書いてある! すごいすごい!」


 壁に小綺麗に掘られた文字を確認して、メリカが嬉しそうにぴょんぴょこ跳び跳ねる。


「そんなに喜ぶことか?」


「そりゃ、レッカさんはこの辺りじゃ知らない人がいないくらいの有名人だよ!? あたしはそんな、毎回ダンスを見に行くようなキモオタじゃないけど、それでもやっぱり直接話せるとなったらテンション上がるよ!」


 何気にセクリもキモオタ扱いされてる。


「おにーさんは前の時間でもレッカさんと喋ったんだよね? ねえねえ、どんな人だった?」


「…………とりあえず開けてみろ。カギは掛かってねえはずだから」


「えっ、勝手に入っちゃっていいの?」


「いいんだよ。アイツはそういうの気にしないから」


 ふと、俺の方を妙な面持ちで見つめてくるメリカ。何かを言いたくてウズウズしている様子。


「ん? なに見てんだ?」


「ずっと気になってたんだけど…………なんか今日おにーさんテンション低くない? 全体的にクールというか大人しいというか……。ボケとかツッコミも静かだし。どうかしたの?」



「あぁ、タマが痛すぎて大声出せねえんだよ」



「すっっっごいバカみたいな理由だった!! 心配して損したよ!! もういいから入っちゃうよ! 早くレッカさんに会いたいんだから!」


 俺の一言でガクリと肩を落とした後、ウキウキ顔で扉に手を掛けるメリカ。感情豊かだなぁ。


 そっか、コイツはなにも知らないもんな。


「一応心の準備はしとけよ。あとなるべく呼吸止めとけ」


「あっはは、なにそれ? 心の準備とか呼吸とか! まあいいや、ごめんくださーい!」


 忠告をムシして、メリカはウキウキ顔で扉に手を掛け、ゆっくりと押し開けた。


 俺は一歩後ろに下がり、腕で自分の鼻と口を覆い隠す。



「うっ…………ゲホゲホゲホ!! ゴホゴホ!! ゲッホゲッホ!!」



 揚々と足を踏み入れたメリカが勢いよく咳き込む。


「ほれ、言わんこっちゃない。人の忠告ムシして勢いに任せて突っ走るからだ。若いっていいな」


「えっ……ゲホゲホ!! それゴホッ、責めてるのかゴホホッ、褒めてるゲホゲホのか、どっちゲホゴホゲホ!?」


 セキ止まってから突っ込めばいいのに。


 部屋の中はネズミ色の煙で覆われ、濃霧が掛かっているかのようにほとんど何も見えない。


 メリカも苦しそうなので、すぐにズカズカと中に入り、全てのマドを開け放つ。


「ケホッ…………おにーさん、なんなのこの家……? ていうかレッカさんは?」


「そこにいるぞ」


 有害な煙がみるみるうちに外へ逃がされていくにつれて視界が開け、だんだんと部屋の全貌が明らかになってくる。


 酒瓶や生ゴミが散乱し、ホコリやハエが舞いに舞っている薄汚い部屋の奥。


 そこに置かれたビリビリのソファの上にだらしなく寝そべり、家の持ち主は部屋の電気もつけず、不機嫌そうに葉巻を(くゆ)らせていた。


 まさかまた、コイツに頼らなきゃいけねえ時が来るとはな。



「ちょっとォ!! なにいきなりあーしの家に入って来て、勝手に換気してくれちゃってんのさァ!? マジでありえねえんですけどォ! アリエンティ夫人ってカンジィ! つーか腹いてェ。完全にベンピッピだわコレェ……」



 こちらがホントに便秘だったみんなのアイドル、ミナレッカ=マフィーパちゃんである。


 右手の親指と人差し指で挟んだ葉巻をスパスパ吹かせるその少女は、気だるそうに俺に向かって煙を吐きかけてきました。殺したいですね。


「あーし、葉巻の煙に包まれてる時間が一番ハッピッピなのにさァ、それブチ壊してくるとかガチでありえねえわ。アリエンティーヌ伯爵だわ。ベンピッピによるアンハッピッピと邪魔ピッピによるアンハッピッピの相乗効果で病みピッピだわァ」


 ピッピピッピうるさピッピなんですけど。


「おにーさん、それでレッカさんはどこにいるの?」


「仕切り直そうとすんな。目の前でさんざん喋ってんだろ? これがレッカだ。レッカさんだ。ミナレッカ=マフィーパだ。踊り子だ。町の人気者だ。お前が会いたがってたヤツだ」


 虚ろな表情で尋ねるメリカに、釘をガンガンと打ち付けるように何度もこの女を紹介し、無理矢理に現実を押し付ける。



「いやいやいやいやいや!! おにーさんウソはよくないよ! ステージで踊ってるときと全然ちがうじゃん! 売春婦やんけこんなもん!!」



「こらメリカちゃん、言葉遣いが汚いわよ」


 かくいう俺も初見の時は腰抜かすほどビビったし、息切れするほど突っ込んださ。だから混乱のあまりメリカがキャラ崩壊しちゃう気持ちも充分に分かる。


 そんで誰だこんな小娘に『売春婦』なんて言葉教えたヒューサは。


 さてさて改めて、これが踊り子レッカの本当の姿。


 ステージ上ではヘアゴムでキレイにまとめあげられていた金色のロングヘアーは、一本一本があっちへ向いたりこっちへ向いたりとまるで統率が取れておらず乱れきっている。


 一応、最低限の部分だけは隠せるよう、白いレースのブラとパンツのみを体に貼りつけ、他のほぼ全ての肌を露出させている、何ともあられもない状態。本人は全く気にしていないようで。


「もう服装がラフを通り越して裸婦って感じだな」


「あはははっ! なにそれバカウケェ!!」


「ウケないよ!! 歴戦のアマゾネスでもNG申請出すコスチュームですよそれ!?」


「あはははは、それもバカウケェ!! 歴戦のバカウケゾネス!」


「歴戦のバカウケゾネス!?」


 メリカがひたすらに突っ込み続けている。


 人気アイドルのこんな実態を目の当たりにして、冷静でいられる方がどうかしてるわな。


 だがまあこのレッカちゃん、確かに振る舞いや服装、住んでる部屋はアイドルのそれとは程遠い。


 だが、さすがに多くの人間が虜になるだけあって、今のようなスッピンのオフ状態でも、その美貌とスタイルは一級品である。


 吸い込まれそうなほど美しい真っ赤なクリクリの瞳に少しぷっくりした唇、純白のスベスベお肌。男心をくすぐるような多少のあざとさを感じる、なんとも完成度の高い顔立ちである。


 一方、出るところが出て、腰周りはちゃんと引き締まった満点のボディバランスや、理想的な脚線美。まるで一つの芸術作品を見ているようだ。


 こんなゴミ部屋に住んでいることを差し引いても尚、充分に魅力的に見えてしまうのが困りものだ。


 でも俺はコイツの外見に魅了されたり、この無防備な姿に発情したりなんてしない。



 ミナレッカ=マフィーパという人間の腐敗しきった人格を、よく知っているから。



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