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お前と共に死んだのに  作者: てんてん
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 私は幼少期より、捻くれた餓鬼でした。

 なぜ、捻くれていたかというと、学がなかったからだと思います。しかし、馬鹿だったのですが、考える事は好きでした。

 しかしどれだけ考えても、結局は馬鹿の考える程度の戯れです。あまり意義のあるものではありませんでした。


 その当時の私は、いつも、人はなぜ争うのか。そればかりを考えていました。資本主義が原因のような気がしましたが、そんなことはありませんでした。

 なぜ争い、ひいては戦争になるのか。漠然と答えが出たのは、小学校一年生の時でした。


 クラスメイトのA君と取っ組み合いの喧嘩をしたのです。A君は私の何が気に食わなかったのか、暴力を振るってきました。そしたら私もやり返します。殴り、髪を引っ張り、蹴り、そんな些細な喧嘩、大人から見れば微笑ましいような喧嘩でしたが、私にとってそれは、戦争なのでした。


 全ての尊厳をかけ、握り拳に力を込めました。A君もそうであったでしょう。

 喧嘩が終わった後、一番痛い場所は、殴られ、蹴られた場所ではありません。人を殴ってしまった拳が、一番痛むのです。じんじんと骨から響くような痛みを、今でも鈍く思い出せます。

 結論を言うと、戦争に意味なんてものはなく、ただただ空しく虚栄のようなものでした。原因だって、特にありません。子供の癇癪とさして変わりません。



 学年が上がり、二年生になった頃の話です。

 私は、九九ができませんでした。何度言っても、書いても、聞いても、理解することができませんでした。算数の授業で、一人ずつ九九を発表するのですが、私はいつも、四の段で数字が出てこなくなるのでした。

 言葉が詰まると、クラスの中では笑いが起こり、それに反して先生は顔を真っ赤にして、鬼のような形相で私を叱るのでした。

 一番ショックなのは、覚える気がないから覚えられないのだと、あたかも私にやる気がないからできないのだと言い張ることでした。

 違います。このクラスの中でも、最も九九を覚えようとしたのはぼくです。その必死の主張は受け入れられず、こっぴどく怒られて、教室の中でえんえんと泣いてしまったのです。


 南無妙法蓮華経を唱えるように、九九を唱えました。なんとか九九を覚えられましたが、九九が九九たる理由を、算数の観点からというと、全く私は甚だ理解の及ばないものだと決めつけてしまったのです。


 歌を歌わされる授業でも、楽器を演奏させる授業でも、絵を描かせる授業でも、英語を練習する授業でも、国語教科書を音読する授業でも、度々同じよう、晒し首にされるのでした。


 唯一、体育だけは得意でした。それでも体が小さかったので、先天性による才能はなく、周りの少年たちと同じように、野球選手にだとか、サッカー選手にだとか、そんな大志は抱けなかったのです。

 ある日、跳び箱の授業で、忌々しい事件が起こりました。


 隣の席のB子さんは、跳び箱が苦手のようでした。私は高い跳び箱をひょいひょいと飛び上がり、そのB子さんを眺めていました。

 B子さんが必死に踏み切りますが、こてんと跳び箱の上に座ってしまうだけでした。そのたびに皆は笑います。私は笑いこそしなかったものの、安堵感を得ていました。


 体育の授業だけは、晒し首にならずに済むと。

 その時に思ったのです。

 B子さんは、あの恥辱の渦の中にいる。どうしようもない劣悪な環境。精神の全てを削ぎ落とされるような渦の中に。

 それを知っていた上で安堵している自分に、嫌悪感を覚えました。人間の誰にでもある、下を覗いて安堵する醜い感情が、私だけのものだと思えて仕方がなかったのです。


 B子さんに跳び箱を教えました。手のつき方、走り方、飛び方、B子さんはあっという間に跳び箱を飛べるようになったのです。

 私とは違う人間だと、深く絶望したのを覚えています。喜びを露わにしているB子さんを前に、私は絶望をひた隠しにしてヘラヘラと笑い、共に喜んだようにみせました。

 自分が孤独なのだと、その時にハッキリと感じました。


 「ねえ、ポケモンをやっている?」B子さんに言われたのは、それから一週間も経たないうちでした。私は兄のお下がりのゲームボーイを持っていたので頷きました。ポケモンもなぜか、クリスマスのプレゼントに買ってもらっていたのです。

 「今度ポケモンを交換しましょう、ふふ、〇〇レジデンスにお越しくださいな」それは、ここいらで有名な高級マンションでした。近所の人間なら、誰でも名前は知っています。マンションの下には公園があり、みなそこで遊ぶのです。


 その約束の日付を決めてから、私はポケモンを再開しました。私にとってポケモンは、勉学と同等くらいに難しく思われました。クラスで恥を晒されないだけ、幾分かましではあったでしょう。


 しまってあったゲームボーイを取り出して、電源をつけました。せっかく買ったのだからと、しばらくは遊んでいましたが、結局進め方が分からずに放置してしまったのです。

 一番最初の街で、最初に貰ったポケモンが手持ちにいるだけでした。私は、遊び方が分からずに、最初の街で、ひたすらポケモンと戦っていたのです。ポケモンが弱いと馬鹿にされるのではないか、そんな不安が脳裏を過り、その作業を繰り返すのでした。


 約束の日、私は走って家に帰り、徐にゲームボーイを取り出しました。ゲームボーイを両手で抱え、マンションの公園へと走ります。

 ベンチだけが置いてある後は何も無い公園に、B子さんは既に座って待っていました。


 私は早速その隣に座って、ゲームボーイの電源を入れると「まだ一つもバッヂを持っていないのですね」B子さんは笑いました。

「バッヂ? なんだいそりゃあ」と、聞き返したらバッヂの入手方法を教えてくれました。


 二人で、日が暮れるまでゲームをして遊びました。私はその時にやっと、ポケモンの遊び方が分かったのです。

 しかしその日以降、ゲームの電源を入れることはありませんでした。


 B子さんの私に対する興味というのは、それこそ、自然の摂理とも言うべきでしょうか。季節が変わるようにスッと消えていってしまいました。


 小学校三年生にもなると、恥をかくことに慣れてきてしまいました。しかし大衆の前で笑われるのは、そりゃあ気持ちの良いものではありません。

 クラスで人気者のC君は、いつも道化を演じて笑われていました。私はなんとなく親近感に似た感情を覚えましたが、すぐに違うと感じました。

 彼は周りを楽しませて笑わせていまいしたが、私はただの笑い者なのでした。親近感を感じていたC君が、自分とは一番遠い者だと理解したのです。



 私の恥の上塗り生活は、死ぬまで永遠に続くのでしたが、そのくだらない人生の中にも転機は訪れるのです。

 中学校一年の四月です。

 朝、部活動の練習をしているサッカー部の連中は、登校してくる陰気な生徒にボールをぶつける遊びをしていました。彼らのサッカーのルールは、ゴールに入れれば一点、顔に当てれば百点。幼稚なスポーツです。


 私にもボールは飛んでくるのですが、避けながら進みました。しかし、目の前の上級生の頭に当たり、ふわりと倒れてしまったのです。

 私は駆け寄って、大丈夫かと声をかけました。


 その少年は、日光に肌を晒したことがないのかと思うほど、病的なまでに白い肌をしていました。

「ああ、大丈夫だよ。ああ、大丈夫」顔を押さえながら、しばらくは蹲ったままでいました。男にしては艶のある真っ直ぐな黒髪を、顔の周りに漂わせていました。

 ようやく痛みがひいたのか、顔を上げて私を見ました。

「ああ、ありがとう」全く感情のこもってない、淡白な言葉を吐かれました。


 私は衝撃でした。その男の顔は、私が今まで見てきた中で、一番美しかったのです。憂いを纏わせた表情と、鋭い瞳に睨まれ、背筋にゾクゾクと薄く撫でられるような快楽が走り、首の付け根から流れてきた衝撃は股間にも。私は勃起してしまったのです。


 それが、私の人生で唯一の友人と呼べる、杉原との邂逅の瞬間でした。

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