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龍衣~竜騎士になった俺は白い少女と旅をする~  作者: 千 譚恵
第1章 竜騎士見習い編
8/10

足の爪を切っておけ

 じいっと見つめる俺にモードは大きい目をややいぶかしげに細めた。

 しまった、とごまかし笑いをして目をそらす。そういえば、もう一人は女の子だったな。モードの陰になってよく見えなかったけれど、どこに行ったのだろう。


 俺がにわか貴族丸出しでそわそわしていると、さらにもう一人入ってきた。



「新入りが椅子に座っていていいと思っているのかぁっ!?」



 先ほども聞いたセリフだが、その語気の荒さに思わず同じように立ち上がる。反射的に扉の方を見ると、細身だが、しっかりとした体つきの男が立っていた。俺たちと同じような服装だ。


「座っていた新入り、全員この寮の自分の部屋まで行って帰ってこい。2分を越えたら、どうなるか分かっているな!」


 分かるか―い!!っていうか早っ!!ヘルモス弟早っ!

 俺の部屋が多分一番遠い。よっしゃっ!飛ばすぞ!


 この5年間で俺の龍衣は驚くほど俺の体になじみ、膝上からつま先にかけて広がった母の形見は、近年実用化されたという蒸気機関のように爆発的な力をくれる。

 エルモとモード、ヘルモス弟も追い越し、階段を3段飛ばしで駆けあがる。寮の部屋のドアにタッチして食堂に戻る。階段は必殺、全段飛ばし!

 

 階段の踊り場から飛び、斜めに傾く階段の天井部分に軽く手をかけ、体をひねって壁を蹴る。下の階の踊り場に着地し、食堂の扉が見えてきた。一気に開いている扉めがけてジャンプする。自然に顔が緩む。


「一番乗り!」


 食堂内に着地し、踏ん張って勢いを殺す。


 その場にいた全員が目を見開いて俺を見た。してやったり。いい気分だ。


「バカ一号、30秒。」


 俺のことか…バカ呼ばわりされてる…。見回すと、指示を出した男が時計を持ち、校長は何かをメモしている。


 新入りで最後に入ってきた女の子は、涼しい顔をして壁際に立っていた。さっきは顔がよく見えなかったが、うねりの強い茶髪に縁どられた丸顔に、長いまつげが影を落としていた。

 彼女だけ走らされず、そこにいた。こうなるとわかっていたのだろうか?いや、偶然だろう。



“バカ二号”のヘルモス弟が到着し、その後でモードとエルモが帰ってきた。モードたちは“バカ”呼ばわりされなかった。解せぬ。


 

 全員そろったな、と指示を出した男が話し始めた。

「座っていたバカ一号に聞く。なぜ俺の言葉を聞いて走り出した?」

 バカ一号…


「寮の部屋まで行って帰って来い、と言われたからです!」


「お前は誰だかわからない者の命令を聞くのか⁉」

うわあ~なんか面倒な展開になってきた…

「…校長先生も何も言わなかったので、その通りにした方がいいと勝手に解釈しました…あとすごい剣幕だったので…」

本当はその場にいるのに飽きていて走りたかった、というのが半分、ヘルモス弟につられたのが半分、つまり、その場の勢いだ。

「だからお前はバカ一号なのだ!」

とほほ…その通りです。それからしばらくは俺たちの行動のダメ出し大会だった。



 その後、俺を叱り飛ばした男は学生のマグニ・グンベルト、監督生だと校長に紹介された。校長は、続けて皆に対し、こんな話をした。



 竜騎士は、普通の騎士や兵とは違う。畏怖の対象である龍の鱗を身にまとい、戦闘から諜報まで幅広く陰日向から国を支える者だ。竜騎士になるために必要な資質はただ一つ。何事にも目を背けずに向き合い、考えるのをやめないことだ。


 

 何も考えず、状況を自分のいいように解釈して動いてしまう。そんな自分の精神の単純さを見透かされたようで、カッと頬が熱くなった。焼成した鉄を水の中に入れたように、さっきまでの龍衣の熱がいっぺんに冷めていく。


「入学は明後日からだ。寮では監督生のいうことをよく聞くんだぞ?」


 校長はそう言って、皆を解散させた。



 退出する校長は俺のそばを通り、


「シャオ、龍は火の中から生まれるという。火の粉爆ぜる炎のような龍衣を制御できるまで…」

俺はいつになく神妙な顔で真面目に聞く。


「ちゃんと足の爪を切っておけ。わっはっは!穴、埋めておけよ!」

 はじめに冗談を言って笑った時と同じ顔で、大声で言わなくていいことを言ってくれた。…ん、爪?穴?


 !!!よく見ると、食堂の床には爪痕、そして新調したばかりの靴にはいつの間にか穴が数か所、鋭い爪が飛び出し、ボロボロになっていた。

 うわああっ!じいさんにまた怒られる…養成学校って、靴をはかなくても許されるかなあ…


 


 たった一人の女子、ジェンシンは、深い紅の髪をした少年を見ていた。食堂を飛び出し、30秒で3階の一番奥の部屋まで往復し、軽やかに食堂に飛び込んできた。その動きは、まさしくジェンシンの想像の中の龍の動きだった。衝動的で、頭はあまりよくなさそうだが、この場にいる誰にもないものが彼の中にはある、と感じていた。

 彼の赤茶の瞳と明るい顔には、寂しさや悲壮感、無力感など、およそ翳となるようなものが見当たらない。彼自身もそのうち気づくだろう。

表向きは祝われて養成学校に入った者の顔には皆、どこかしら翳がある。

 シャオ、と校長に呼ばれ、話しかけられるのを小耳にはさむ。校長の言葉の裏の意味を理解していないようだ。大げさに自分の靴と食堂の床の状態に驚き、皆の笑いを誘っている。ふ、と少し笑ってしまう。

 龍衣は、まさしく“火の粉爆ぜる炎”だ。うまく扱うことができれば力になるが、気を抜くとすぐに延焼し、その火の粉がもとになって自身まで焼くことになる。火傷と火ぶくれを重ねても、風向き一つで消えたり多くのものを傷つけたりする。龍衣に詳しいものが使う、成長途中の龍衣の危うさを指す言葉だ。

 そして、“足の爪を切っておけ”は、古い慣用句で、自分の足元や土台、基礎を固めるようにとの忠告だ。貴族の大人が使う言葉はたいてい意味深長で困る、とジェンシンは小さなため息を一つついた。


お読みいただきありがとうございます!

シャオ主観でストーリーが進むので、思考が追い付かない部分はちょくちょくほかの登場人物に出てきてもらいます…

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