複雑に色入り混じる
トランクを一つ持って入寮した。
王宮の西の片隅に、ひっそりと竜騎士養成学校はある。学校と一体になっている寮は簡素な作りながらも王宮と同じ建築様式で、ありがたいことに床も壁も堅そうな石加工材でできている。さらにありがたいことに一人一室で、共同なのは便所と食堂と大浴場くらいだ。
階段を上った4階のつきあたりが俺の部屋だった。西日がまぶしそうだ。
荷物を置いたら食堂で待つように、とメモがあったので、荷物の開封もそこそこに、1階の食堂で待つことにする。
食堂につき、しばらく待つと、背の高い黒髪が入ってきた。黒髪とは珍しい。
チラ、と俺を見て、つかつかと俺の方に向かってきた。身なりも動きもパリッとしている。一見して貴族と分かる振る舞いだ。近くに来たので、俺も座っていた椅子から立ち上がる。
「初めまして。へルモス・クロフと申します。クロフ家の三男です。どうぞよろしく。」
「初めまして。シャオ・ホワイトアウトです。こちらこそよろしく!」
平民ならここで握手するのだが、貴族は胸に手を当てるだけだ。
隣に座ってよいかを聞かれ、どうぞ、と答える。立ち姿だけでなく貴族的な立ち居振る舞いも完璧だ。
……
沈黙に耐えかねて、俺は話しかけてみる。本当は黙って待っていなければならないだろうが、話しかけたくて我慢できなくなってしまった。
「クロフ殿。確か、ご領地は北方の海沿いだったと存じますが、ここまで長旅だったのではないですか?」
彼はびっくりしたよう…に見せたのだろう。驚いた顔をしてから笑みを深めて俺の言葉を肯定した。
「よくご存じで。領地からは2ヵ月ほどかかりました。それから、私とあなたはおそらく同輩になるでしょう。ヘルモスとお呼びいただいて結構です。」
ヘルモスだから、エルモって呼びたい。けれど貴族的にはマナー違反だな。
「そうでしたか。ヘルモス。私のこともシャオと呼んでください。」
早くも敬語を使うのがめんどうくさくなってきた。
「新入りが椅子に座っていていいと思っているのか?」
ガタガタ!!
「…今年の新入りは素直で反射神経もよいな。」
入り口から入ってきた初老の男性は呟き、大きな口をあけて笑った。勘弁してくれよ。
「わっはっは、冗談だよ。座ってくれ。わしは毎年これをやるのが楽しみでな。悪く思わんでくれ。」
どこかの傭兵のような話し方だが、身なりからすると、教師のようだ。エルモとともにあいさつをすると、なんと校長だった。
今年はあと3人新入生がいるらしい。最大5年間在籍できるこの学校で、現在の竜騎士候補生は20人ほど。毎年5人前後入学するが、在学中に候補生から外れることもある、と校長は言う。だいたい事前に知らされていた通りだが、新入生の数が事前に聞いていた人数よりも1人多い。追加されたのか。
「君たちの…」
校長が話しかけた途端、入り口にまた人が現れた。キラキラした金髪の長髪男だ。
「皆様ごきげんよう。お早いですね。わたくしはゴールドバーグ家のヘルモス!お見知りおきを!」
ぷっ…名前、かぶったな。
エルモもまずい料理を出されたがまずいと言えなくて困っている顔をしている。
「ヘルモス!何たる偶然!わっはっは!いいぞ!ゴールドバーグ弟!わっはっは!」
…笑いすぎだよ。
俺が笑いをこらえているところに、さらに2人現れた。
「こんにちは。校長先生、みなさん。モード・グンドベル・イェンセンです。新入生です。どうぞよろしく。」
「皆様ごきげんよう。同じく新入生のジェンシン・スルーズでございます。」
モードはどうやらエルモの知り合いらしく、ヘーゼルナッツ色の髪を飾りのついた耳に引っ掛けてやあ、とあいさつをし、エルモの隣に座った。俺もあいさつをしたが、流された。どうやら人見知りらしい。それともあいさつが馴れ馴れしかったかな。
モードはさらりと落ちる髪を耳に引っ掛ける癖があるらしく、しきりに耳元を気にしていた。耳飾りがそんなに気になるのか。
…耳飾りなんかじゃない。
目を奪われた。飾りかと思ったのは、龍鱗だった。初めて自分の龍鱗以外のそれを見た。
耳の周辺に光を反射して輝いて、エメラルド色を主色に複雑に色入り混じる、美しい龍衣がそこにあった。
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