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龍衣~竜騎士になった俺は白い少女と旅をする~  作者: 千 譚恵
第1章 竜騎士見習い編
5/10

枠組みから逃げられる最後の日

 あっという間に屋敷についた。熱波にやられて頭がぼうっとなった時のような、思考停止状態で屋敷の門をくぐり、自室に戻ろうとした時だった。



「どこへ行っていた。」



 ハッとして目を挙げると、外出中のはずの祖父がいた。

「あ…エ…と」

口がうまく回らない。脳味噌まで熱病にかかったようだ。肩で息をし、何を話せばいいのかわからない。


「来い。」


 腕をつかまれて、祖父の部屋に連れてこられた。頭と体がつながらない。見ているのに、見ていない。歩いているのに、歩いていない。


「足を見せろ。」


言われるまま、足を見せる。


「!!!」

「おお…」


驚いた。一気に思考が戻った。

 

 ひとひらだった龍鱗の周囲に、薄く紅色をした龍鱗が花開いていた。


「こんなに早く龍衣になり始めるとは…。まれに龍鱗のまま5年以上龍衣にならない者もいるらしい。一般的に、これからは龍衣が増えていくはずだ。鍛錬を怠るなよ。」



 その日の夕食は、いつもよりちょっぴり豪華だった。





 その日から龍衣は増え続け、王立竜騎士養成学校に入学する15歳になるころには、膝から下をすべて覆うようになっていた。

 きれいに生えそろった龍衣は常に外気に触れることを好み、スラックスより膝までのパンツを履くようになった。それに加え、靴も窮屈になり、無理をして履いては、いくら削ってもとがる爪によってあっという間にぼろきれのようになってしまった。とうとう諦めて、今はずっと裸足だ。気をつけて歩かないと、床を傷つけてしまう。


「えーと、持ち物は、ここに書いてあるだけか。へえ、制服は白いシャツにタイ、あとは自由。よかったあ~スラックスなんてはいてらんないもんな。」


「そちらに書かれているものはすべてこちらのトランクに用意しておきました。」

執事のノートマンだ。さすが準備が早い。頼んでいないのに先回りして支度をしてくれる彼は、すごいがたまにすごすぎて怖くなる時がある。よって、彼にだけは常に敬語である。


「ありがとうございます、ノートマン。あとは自分でやりますので…」


「よい心がけでございます。ですが、貴族は自分の手を動かさずに使用人を上手に使ってなさりたいことをなさるものですよ。」

温かな笑みとともにこの5年間で何度も行ったであろう言葉を繰り返す。


「養成学校に行かれても、貴族としての心構えをお忘れなきよう。名実ともに、あなた様はホワイトアウト家の跡取りですから。」



 この5年間、貴族として過ごしたが、平民で過ごした10年間は俺の中で消えず、“貴族的”な俺は出来上がったが、平民の気分は抜けず、全くもって中途半端な貴族が出来上がった。

 今日は、今年に入って何度目かのパーティがある。懇意にしている貴族のウィルダー家が自分の娘のデビュタント以降初パーティと俺の養成学校入学祝いを兼ねるという何ともとんでもなくこじつけたようなパーティである。

 暇と金を持て余した貴族は、何かにつけてパーティを開きたがる。招待を受けると、招待を返さないといけないという見栄もあるのだが。

 


 5年前は、世の中にこんなにカネがあふれているなんて、思ってもみなかった。平民の労働がカネになって、俺たちの生活を作っている。学校に行くにあたって「小遣い」と渡された分だけで、きっと平民の家族3人が1ヶ月は暮らしていける。今着ている服を売るだけでも…と考えてしまうのはきっと俺が“貴族”ではないからだ。

 一夜のパーティで取り繕うことはできる。だが、これからは今までとは違い、一日中“貴族”でいなければならない。


 夕刻、馬車に乗ってパーティへ向かう。さすがに夜会服を着、靴もちゃんと履いた。直前に爪を削ったから何とかなるだろう。




 パーティはウィルダー家の本宅で行われる。思った以上に盛大な様子だ。主催のウィルダー夫妻にあいさつしてから、華々しく王宮でのデビュタントを終えたウィルダー家の末娘、フノースにあいさつをする。

 17歳とは思えないほど堂々とした佇まいに、知的な緑の瞳。美しいとか素敵だとかそういった言葉よりも、貫禄がある、という言葉が似あう。こんな姉がいたら頼もしくも恐ろしい。

 一人っ子でよかった。



「シャオ君、フノースの相手をお願いしてよろしいかな?」

げえっ、やっぱり。またかよ。ウィルダー卿から頼まれたら断れない。

「光栄でございます。喜んでお相手させていただきます。」

笑顔で答える。



 フノースの隣に並び、招待客のあいさつを受ける。これじゃまるで首に縄をつけられたみたいだ。

「シャオ様、改めて、養成学校ご入学おめでとうございます。明日、入寮だそうですわね。」

「はい。このパァチィ(・・・・)もウィルダー家のご招待でなければお断りしていました。」

 来ていただかなくてもよかったのですわ、とフノースは呟く。ハッとして彼女の方を向くと、落ち着いて聞いて、と正面を向き、笑みを深めた顔をして言った。


「竜騎士になれば、“貴族”という枠組みから自由に生きることができる可能性がなくなるのですから。今日は、その枠組みから逃げられる最後の日だったのよ。」


 頭の悪い俺には、その言葉の本当の意味がよくわからなかった。ただ、“もう、戻れない”ということは、じんわりと熱い龍衣が俺に教えてくれるようだった。

 だらしなく表情を崩して真顔になった俺を、笑顔ですよ、とたしなめた後、フノースはさらに、


「このパァチィ(・・・・)で、私の両親とあなたのおじい様は私たちの婚約を発表するつもりですのよ。」

俺の茶化しをそのまま返してとんでもないことを言った。勘弁してくれよ。

「本当に勘弁してほしいですわね。」

お前はエスパーか。

「エスパーではございません。」

体調不良で帰りたい。

「帰らないでくださいましね。」


 パァチィ(・・・・)では、フノースの予言通り、婚約が発表された。

 フノースのおかげで突然の婚約発表に動揺せずに済んだ。本人同士に知らされないままってどういうことなのだ。貴族では普通なのか。

 貴族になったらこんな茶番に付き合わせられ続けるのか、そう思ったら、明日の入寮に向けて膨らんでいた期待がしぼんでいった。


お読みいただきありがとうございます!

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