パンを入れる直前の窯のような
はじめは、取れかけのかさぶたのようなかゆみだった。そして、消えかけの暖炉のそばに立っている時のような熱を感じ始める。膝下、特に龍鱗を移植したあたりを中心に暖かな違和感。いやでもその存在を感じる日々を送って約2か月。その違和感にも慣れてきた。輝く赤は、移植した日と変わらず一枚だけそこにある。
15歳で入学する王立竜騎士養成学校の学科のための基礎学習、基礎体力向上のための運動、剣術練習。決まった日課に飽き飽きしてきたとふと日付を見ると、母の死からすでに1年経とうとしていた。今日は母の命日だった。
これまで屋敷の敷地内から一人で出たことはなかったが、今日は祖父もおらず、教師も来ていない。母の墓まで行こう、と思い立った。
竜騎士の墓地に母の墓はあるはずだ。屋敷から敷地を出るまでしばらくかかるが、そこからは馬車で30分もかからない。走れば日没までには余裕で帰ってこられる。いてもたってもいられず、小遣いと菓子をいくつか訓練着のポケットに詰め、屋敷を出た。
「確か、城を左に見て、下町の方角だったよな。」
方向を確認して、俺は走り出した。景色が疾風のように過ぎていく。だだっ広い屋敷の庭を走っていた時にはあまり気にしなかったが、走る力はかなりついてきたらしい。馬車を追い越し、新しく作られた汽車の線路を横切る。すれちがうたびに人々は振り向く。
「ここか。」
竜騎士墓地は、シン、と静まり返っていて、いつか母が語った戦士の行くという死後の世界のようだった。
竜騎士はみな火葬されるから、普通の墓地とは雰囲気が違うのかもしれない。季節外れのオルタンシアが咲いていた。
同じ規格の墓がずらりと並ぶ墓地の中を、記憶を頼りに母の墓を探す。あれだ、見つけた。
真新しい花が供えられていた。真っ赤なカーネーションと母が好きだったくるみのパン。誰が来たかは一目瞭然だった。
「父さん…」
ここに来る途中で買った花を供え、母の墓の前に立ち尽くす。図らずも、俺は母の背中を追いかけ、母のたどったのと同じ道をなぞっていくことになるのだ。母さん、と口の中で呟いてみる。
「俺、竜騎士になるよ。母さんの血と鎧を受け継いで、竜騎士になる。」
母の龍鱗が、じんわりと温かくなった。
墓から離れ歩き始める。
「おかしいな…」
龍鱗だけでなく、膝から下が脈打って、熱い。
じりじりと焼けるような熱さが、パンを入れる直前の窯のような。
たまらなくなって、俺は走り出した。