輝く赤、母の血の色
お披露目で一番多く言われたのは、「母上によく似ておいでで」、その次は「母上の分まで頑張れ」。祖父のつけた家庭教師は有能だったようで、覚えたセリフを使いまわすだけでお披露目は終盤を迎えた。
祖父のそばを離れないこと、教えられた言葉以外は話さないこと、そして笑みを絶やさないこと。その3つの言いつけを守ればよい、これくらい守れなければ竜騎士など務まらない。そう言いつけられた。
ふっとあいさつの人が途切れ、会場を見渡す。お客が食べているのを見ると途端におなかがすいてくる。ごくん、とつばを飲み込み、耐える。見るでもなく見つめていると、ひときわ体格のよい男性がこちらに向かってきた。歩幅が大きいのか、優雅だが、速い。
「ご無沙汰しております、ホワイトアウト伯爵、そしてシャオ君。10歳のお披露目、おめでとうございます。」
予想以上に大きい人だ。目を見開いて見上げる。
「ありがとうございます。あなた様は…」
言いよどむと、大きな手を頭に当てて失敬、と言いながら豪快に笑った。
「私は竜騎士団の第3隊長、オズ・セスルムニルと申します。母上とは旧知の間柄でして。」
オズ!知っている名前に思わず瞬きしながらも、覚えた言葉を言う。
「セスルムニル隊長、私のためにお越しいただき、ありがたく存じます。」
「オズ隊長とお呼びください。それにしても、」
母上は残念だった…オズ隊長が話し始めた途端、祖父が竜騎士養成学校の話をし始めたので、その話をうなずきながら聞いていた。もう少しで母の話が聞けそうだったのに。
オズ・セスルムニルは母の日記の中にあった。確か、母のお披露目の時に出会ってから養成学校に入って同級生になったことが書かれていたな。母の日記から読み取った限りでは、オズのことをかなり気に入っていたようだ。日記は残念ながら途中までしか読めなかったが。
お披露目の会はお開きになり、お客たちは帰っていった。一息つく間もなく、祖父の部屋に呼ばれた。今日はよくやったと一言俺を褒めて、母の部屋にあったものと同じ机から腰を上げた。
祖父はおそらく60歳を超えているだろうが、その動きは軽やかだ。今は白髪だが、昔はきっと母や俺と同じ深い紅だっただろう。
ゆったりと歩み、ティーテーブルに置いてあった仰々しい箱を開けた。箱をのぞき込むと、母の遺骨の中に混じって輝いていたものが、変わらずキラキラとその存在を示していた。
こうして間近で見ると、魚の鱗を大きくした形で、根元から扇形に広がっている。全体的に宝石のようにきらめき、赤く見えるが、虹色に輝いている。
「今日をもって正式にホワイトアウト家の息子だ。そして、その証に“龍衣”を与えよう。」
祖父は鱗を一つ摘み上げ、俺の目の高さに合わせて見せた。そして、“龍衣”の説明を始めた。
要するに、龍からはぎとった鱗が目の前にあるもので、“龍鱗”という。その中でも、人に移植して皮膚に癒着させることで鎧のように使うものを“龍衣”というらしい。
龍衣として移植できるのは、龍鱗の中でもごく一部で、非常に貴重である。龍衣となる龍鱗は貴族の家で代々受け継がれることが多く、持ち主が死ぬとその子孫に受け継がれる。移植した者が多ければ多いほど癒着しやすいようだ。
「お前の両足に龍衣を授ける。先祖代々受け継いできたもので、もちろん、お前の母の血も通っていた。はじめは痛いだろうが、3日間は不用意に触れるなよ。」
「母の血…」
まさしく目の前の龍鱗は血の色だが、“母の血”と言われて背筋がざわりとした。たくさんの血を吸って、こんな色になったのだろうか。
「ズボンを膝までまくりカウチにうつぶせになれ。」
祖父は低く唸るような声で話す。その声に俺は逆らわない。いくぞ、と声をかけられ、覚悟を決める。
「!!!いっつ…うぁ…」
膝裏の肉が痛みと熱さとでぐちゃぐちゃになった感覚。冷汗が出る。思わず触れようとしたら動くな、と怒鳴られた。そしてもう片方。両足を龍鱗で刺され、痛みにうめく中、祖父は黙々と包帯を巻き、落ち着いたら自分の部屋に帰れ、と言い放ち、部屋を出ていった。
「いたあ…母さんも同じ痛みを味わったのか。本当にこれで龍衣になるのかな?」
翌日、たいして眠れなかった俺のぼんやりした目に入ったのは、鏡に映った龍鱗。膝裏の皮膚に刺さった輝く赤、母の血の色。皮膚に刺さって、より一層輝くコイン大の小さな鱗に戦慄した。