火に焼かれてなお
母が火葬になる。俺は耳を疑った。なぜ母なんかが火葬になるのか、わからなかった。母が死んだのだってわけがわからないのに、なぜ火葬になるかということまで頭が回らない。
母は、父と毎日パンを焼いていた。レンガの家が立ち並ぶ王都の中心部に近い場所に構えた店兼住居には、毎日大勢のお客が来て、その客をさばきながら愛想よく店を切り盛りする姿は息子の俺から見ても素敵な母だった。
皆が憧れる竜騎士も仕事終わりに立ち寄り、立ち話をして宿舎に戻っていく。俺も竜騎士にはかわいがってもらっていた。
今日の葬儀には、なじみの竜騎士の客も来てくれている。ほとんどが貴族である竜騎士だけではなく、明らかに高価な服を着ている人物まで来ている。庶民のパン屋の、しかも女性の葬儀とは思えない面子だ。
10歳の俺には、母が死んでしまったことの悲しみももちろんあったが、思考の半分以上は母の葬儀の違和感に支配されていた。母が一瞬にして知らない人になってしまったようで、ぼうっとしている間に母はあっという間に灰になってしまった。一番に母の遺骨の前に通されると、涙が再びあふれてきた。
涙でにじむ灰白色の母を見る。顔を挙げると、赤くキラキラしたものが目に入る。涙で何かが反射したのかと思い、目をこすって再び母を見る。見間違いではない。赤く光るものが、母の遺骨の間に妙な存在感を放っていた。
「父さん…」
父を見上げると、父は静かに俺に語り掛けた。
「シャオ、お母さんは竜騎士だったんだ。結婚して竜騎士をやめたけれど、膝下には龍衣が、」
「どけ」
父の灰色の目が見開かれ、俺との間に割り込んできた人物を見た。どけ、と冷たい声で割り込んできたのは、いかにも貴族、といういでたちの黒衣に身を包んだじいさんだった。
「これは私のものだ。」
俺は“これ”の意味が分からず、黒衣のじいさんを見、なるべく丁寧につぶやいた。
「どなたですか?“これ”とは…?」
黒衣のじいさんは俺を一瞥し、ふうむ、と息を吐いた後、言った。
「お前、竜騎士になりたくは、ないか?」
驚いた俺を見て、満足したように続けた。
「私はお前の母、フレイヤの父、ロウレン・ホワイトアウト伯爵だ。もう一度聞く。竜騎士になりたくはないか?」
なりたかった。店に出入りする竜騎士を見て育った俺は、竜騎士にあこがれ、こっそり竜騎士の兄ちゃんたちに剣術を教わっていた。母に見つかって叱られたけれど。まさか本当になれるなんて。
「なりたいです。」
思わず声が出た。
「ホワイトアウト伯爵!お約束いたしましたよね?」
普段は温厚な父が血相を変えて黒衣のじいさんに詰め寄った。
「この話は持ち帰り、正式に手続きをとるとしよう。とりあえず、龍衣はこちらで管理させてもらう。」
突然目の前に開けた可能性と、それに飛びついてしまった自分自身に驚き、カッと熱くなった心と体を持て余したまま、葬儀が終わった。
シャオの様子を見た彼の父、パシュトール・ボックスは悟った。この子の運命は、すでに動き出したのだ。
成長すればするほど、フレイヤにそっくりになっていく息子をほほえましく思っていたが、同じくらい恐れてもいた。フレイヤと同じ運命をたどるのではないか、自分の手を離れて、どこかに行ってしまうのではないか。その恐れは、確信に変わった。
火に焼かれてなお、美しく輝くそれを見つめる息子を見た瞬間に。