盲目の鬼
上
ここは天上の国、神や、それに連なる天使供の楽園である。
永遠とも言える時を生き、そこに罪も、間違いも存在し得なかった。今日この日までは。
黒髪、長髪、ヒゲを蓄え、天使という装いから、大きく外れているこの男は、天使長である。その所以はただ、力が強かったから、だけではなく、世界をよりよくしたいという、真っ直ぐすぎるほどの、愚直な思いからだった。
それは、疑問を持ち続け、何万という時を生き過ごした、だが、今日この日、ついに神へ疑問を投げかけてしまった。
「神よ、なぜ人を優遇する?野蛮で卑屈で、奪い合い、殺しあうだけの奴らを。」
私はこの神とやらが、間違いをしていると確信している。人などを優遇しているからこそ、地上が荒れているのだ、騙くらかし合う事でしか、自らの生きる場を作ることのできない下賎な人間供を優遇するなどあり得てはならないからだ。
その神とやらは、目はなく、鼻もなく、耳もない、だが、声を発し、歌を愛し、自然の匂いを好むのだ。
「愛おしいからだ。」
慈しむべきでなく、むしろ憎み、蔑まれるべき人供を愛おしいと、この神は言い放ったのだ。私はそれが理解できない、いや、理解してはならないのだ。
「意味がわからない、他を優遇してもいいだろう。」
他とは人以外の存在すべての事だ、犬や豚から、魚や虫けらに至るまで全てだ、これらは自らの至福を肥やすためでなく、自らの生きるための信念によって動いているのだ。なればこそ、優遇され、神からの寵愛を受けるべきは彼ら人以外であると私は考える。
「獣も、奪い合い殺しあうではないか?」
こいつは人供の所為で、どれだけの生物が、生活圏を奪われ、人に蔑まれているのか考えていない、だからこそこんなことを言えるのだ。断じて許してはならない。憤り、言葉が荒れるが、もはやそんなことは関係ない。
「食べるためだろう。自らの利のためだけではない。」
神が相手だろうと、誰が相手だろうとしても、私はもはや引くことはできるはずもない。このままでは、人以外が地上から姿を消すのは時間の問題だろう。
「ならば、全て平等にすればいいではないか?」
そうだ、言ってしまえば楽になる。このまま怒りに身を任せ、心の内をすべてさらけ出してしまおう。感情的になるのはいつ振りだろうか。だが、心地よくもある。これは相手が神だから、私が日々感情を隠し、神に盲信する天使供の一人だからだろうか。
「ほう、それでは貴様が神になると?」
その言葉を聞いた時、私は、自らが神と成り代わり、死に行く人間供を正しい方向に導くことを、天使供から崇め奉られ、盲信される事を想像し、
鳥肌が立ったのだ。これは、背信的な考えからか、武者震いか、怖気か、寒気、どれも違う、例えるならそれは、絶頂だろう。
「私の信念のためならば、どうとでもしよう。」
私は、意気揚々と、それでいて威風堂々と、神を目指したものの信念として、矜持としてだ。
「ならば堕ちろ。下界に落ちて学べばいい。」
「下界に?堕ちるだと?この天使長を人間供と同じ暮らしをしろと言うのか?ふざけるのも大概にしろ。」
神は一拍おいて、裁可を下す。
「…もう決まったのだ。」
私が、人間と暮らす?そんな屈辱的な話あってはならない、なぜそのような事を神は言うのだ?駄目だ、駄目だ、駄目だ。
野蛮で、脆く卑しく、奪い、殺し合い、人間供は世の中の中心でいるような顔をしているではないか、より世界をよくしていこうなどとのたまうではないか。人間供がいなければそうなるではないか。そうか、そういうことだったのか。
「神よ、貴様の思いはわかった。御心のままに。」
私の体は、幾万と生きてきた中で始めて、重力を感じた。今まで地面と同義に扱ってきたはずの、雲を突き抜けて、天界から地上に落とされた。
落ち行く中で私は大きく叫んだ。
「さぁ、学ばせてみろ、殺してみろ、世を平和にしてやろう。」
私の行いにより浄化される世界を思い、笑みがこぼれた。
翼を持ち、神々しくも、荒々しいそれは、人からすれば悪魔に等しいだろう。
この世の概念に地獄が、追記された瞬間であった。しかし、それは死んだ後に行く場所でなく、この世の中に生まれる事であった。




